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クライシス・ゾーン~翡翠の悪魔~  作者: 河野 る宇
◆第三章-ままならない旅路-
11/30

*嫉妬、所構わず

「二十五で不死となり、およそ百二十年ほど経つ」

 その言葉にリュートは絶句した。

 人間が造り出した人というだけでなく、不老不死ですらあるのか。だから、あんな闘い方が出来た。

 不死だからこその戦法だが、力を持たない故の捨て身の戦法でもある。

 出来れば、やりたくはなかった方法なのだろう。俺たちに知られたくないというより、痛みを無くすことが出来ないからだと思う。

 闘わなければ痛い思いをする事はないというのに、こいつの世界の事はまったく解らないが、それでも戦士であり続ける理由が、こいつにはあるんだろう。

「それ以外は、さしたる事柄はない」

 ベリルは言って、焼けただれたようになった服を広げて溜息を吐く。咄嗟のこととはいえ、丁寧に縫われた良い服だったのにと残念でならない。

「あんたの世界では、珍しくないのか」

 リュートは固まっているティリスを横目に問いかける。

「生憎、成功したのは私だけでね」

 これが知られるのは問題なのだが、ここなら話しても構わないだろう。

 そう語るベリルの瞳からは不安の色は感じられない。言えなかった事を、誰かに話せたという嬉しさも見て取れない。

 隠す必要もないから話した──ただそれだけなのか。

「さながらホムンクルスといったところか」

「なんだそれは」

「おや。お前たちの世界ではフラスコの小人も存在しないのか」

 或いは、概念が異なっているために伝わらないのか。

「錬金術という手法を用いて造られる生命体の事だよ」

 解らなくともなんら問題はないのだから、面倒な説明はこれ以上はやめておこう。

「いや、しかし。ホムンクルスはそんなに長生きは出来ませんよ」

 真面目にシャノフが返答した。

「もちろんそうだ。私がフラスコに入るように見えるか」

「……見えませんね」

 問われてシャノフは複雑な表情を浮かべた。

「そもそも、あれは疑似生命であって数日の寿命でしかない」

 しかし人工生命体という意味では、似たようなものだ。

 シャノフがホムンクルスに対して疑問も持たず答えたということは、錬金術が存在するという事か。

 ホムンクルスだけで言うなら、この世界では成功している可能性が高い。魔力マナという特異な要素だけでなく、それに連なる魔法というものがあるのだから。

 私がいる世界では解釈違いで幾つかの説が残されている。今シャノフと話した事は一例に過ぎない。

 ふと、リュートとテリィスを置いてけぼりにしている事に気付いて意識を切り替える。

「とにかく、目的はまだ果たされていない」

 先に進むべくベリルは立ち上がると、妙にそわそわしているレキナとラトナをいぶかしげな面持ちで見やった。

 二人の視線の先に目を移し、なるほどと小さく笑んだ。ベリルは二人の頭を掴み、しゃがみ込む。

「どうした」

「え。いえ、その」

「勇者なのだから、ひと癖もふた癖もあるのは当然だ」

 何も取って食う訳でもあるまいに、それらしい素振りでもしていたかね。

「い、いいえ!」

「ならば恐れる必要がどこにある」

「は、はい」

 そうは言われても一度、芽生えた感情はそう簡単には拭えない。

「よく見ると良い。彼はただの助平だ」

 小声から、聞こえるように声を張った。

「スケベイとはなんだ」

 また知らない言葉が出たとリュートは眉を寄せる。

「色事を好むこと。また、そういう人やそのさま。好き者」

 真面目な顔で説明されてがくりとうなだれる。

 そんなリュートの反応に、わざわざ日本語の方を教えてやったというのにとベリルは不満げな顔をした。

 また、ベリルはレキナたちに向き直る。

「ティリスはとても優しいだろう」

 粗暴なだけの男に、彼女が想いを寄せると思うかね。

「そう。そうですよね」

 ぱっと表情を明るくする。

「ティリス様は聡明でお優しい方だ」

 晴れたような顔つきでシャノフは応える。三人は恐れてしまった手前、それを拭い去るきっかけが欲しかったのだろう。

「さあ行きましょう」

 喜びで笑顔になり、荷馬車に飛び乗った。



 ──そうしてレキナたちは二日をかけて岩山を越え、傾きかけた太陽を確認して眼前の森に入る。

 木々が広い間隔で立ち並んでいるため、荷馬車も余裕で通る事が出来た。

 とはいえ、真っ直ぐに伸びる高い木々の根が地面をうねり、進みやすいと言えば嘘になる。

「この森は精霊に護られています。安心して抜けられますよ」

 そう説明されたからなのか、とても落ち着いた気配が感じられた。

「ここでひと晩、過ごしましょう」とレキナ。

「精霊はウィロクルと言って、男の精霊です。美しい女性を見つけると口説くそうですよ」

 それに、リュートの顔が険しくなる。

「ほう? それは少女も対象なのか」

「さあ。そこまでは解りません」

 シャノフはベリルの問いにリュートを一瞥し、まずいことを言ったのかと乾いた笑みを貼り付けた。

「で、でも。無理強いはしないはずです。断られたら素直に引き下がりますよ」

 なんたって善き精霊ですから!

 あまりフォローになっているとは思えないし、これだけ男がいる所に現れるほど愚かでもないだろう。

 何より、あれだけ殺気を振りまく奴がいて近づこうと思う者がどこにいるのか。ベリルはリュートに呆れつつも口角を吊り上げた。

 森を取り巻く神聖な空気に、心なしかティリスの表情は明るい。

 神官戦士である彼女はもちろん、神に仕えているからこそ、その力を使う事が出来る。

 この世界においてそれが可能なのかと尋ねると、弱くはなっているものの使えるようだと答えた。

 召喚されたときに次元が裂けたままで、彼女たちの世界と未だ通じているのかもしれない。

 弱まっているという事は、裂け目が小さいのだろう。流れてくる道が狭く、彼女の力を制限している。

 戦士というだけあって、剣の技にも長けている。

 訓練にと手合わせをしたところ、並大抵の腕ではなかった。真剣にやり合えば私が負ける可能性が高い。

 これほど強くなったのは、よほどの志があったのだろうか。



 ──魚の干物を夕食に、その夜はベリルが火の番をする。

 時折、虫の声と夜の鳥が鳴く静かな森の暗闇は、不安というよりも何かに護られている安心感がある。

 パチパチと耳をくすぐる焚き火の音に、ベリルは目を閉じた。

 森の精霊──それは、この場所が聖なる力に満ちているという証だ。よって、邪悪イヴィルの性質を持つモンスターは立ち入る事が出来ない。

 それが、落ち着いた領域を作りだしている。

 とはいえ、イレギュラーである我々にそれがどこまで適用されるのか疑わしい。警戒を怠らぬようにせねば。

 ふいにティリスが隣に腰掛けた。物憂げな面持ちが炎に照らされて、ベリルも問いかけるでもなく無言の時間がしばらく続く。

 にわかに、

「あたしね。リュートが好き」

 目を合わせず、小さく笑ってすぐに表情を曇らせる。

「あたしたちの世界じゃ、魔族は人間の敵なの。リュートは半分、人間だけど」

 続く言葉が心にひしめきあって固まり、喉を詰まらせる。

 募る想いを誰かに話せたならと巡り来た機会に感情がいていた。

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