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言葉はいらない

作者: 岡本晴
掲載日:2026/03/13

言葉が浮かばない。

何も他のことを考えられない。

しばらく波の音だけが聞こえた。

ただ悲しい。

僕には彼女の悲しみの全てを理解することが、できないのだ。

ただ悲しい。

なぜだろう。

彼女がふと僕を横目に見て、また水平線に視線を戻した。

彼女の気持ち。

今の彼女の気持ち。

あの綺麗に光が揺れるひとみは、悲しみだけには見えないけれど、僕はただ悲しいと感じる。

悲しい。

寂しかっただろう。

泣きたい。

悔しい。

どうして。

なぜ。

後悔。

どれにもあてはまって、そのどれでも満たされない。

着地点のない答えを求めてしまうことが、どれほど辛いことなのか僕は想像できない。

すごい。

君はすごい。

その華奢で僕より小さい体で、どれほどの感情を抱えて今ここにいるのだろう。

どうして僕にその気持ちを伝えてくれたのだろう。

悲しい。

嬉しい。

気づけば僕は涙が流れていた。

すぐに拭く。

鼻が出て、すするしかない。

また彼女がちらりと僕を見た。

泣いてしまうことが申し訳なかった。

何か言わないと。

何を言えばいい。

僕は彼女の悲しみの全てはわからない。

つらかったね。

そんな空虚な言葉は絶対に間違っている。

もっと何か。

大きくて。

このたぎる彼女への気持ちは、なんというのだろう。

想像もつかない。

ただ、彼女の彼への想いは一生無くならない。

乗り越える、乗り越えない、という話でもない。

彼が彼女を助けた理由。

目の前で大切な人が、亡くなったこと。

その事実は今、これから、何をどうしても変わらない。

僕は彼女を見た。

彼女が僕を見た。

視線があう。

なにも言葉は出てこない。

僕は彼女が好きだ。

彼女もきっと僕に好意がある。

彼女が彼に罪悪感を抱いていることもわかっている。

そして、いま揺れていることもわかっている。

「僕は、」

自然と言葉が出た。何も考えていなかった。

「僕は、そのままの有栖さんが、好きです。」

彼女は一瞬俯いた。耳が赤い。

照れではないと僕は思う。

彼女はすぐに水平線を見つめ直して、またすぐに僕を見た。

「私も、雅人くんが、好きです。」

僕は衝動的に彼女を抱きしめた。

涙が止まらなかった。嬉しいのではない。

それ以上に悲しくて、悔しくて、入り混じったぐちゃぐちゃの感情を、心の箱にぎゅうぎゅうに押し込んだような。

それから嬉しさが込み上げた。

嗚咽の代わりに息を吐くと体が震えた。

彼女も僕の肩で静かに泣いている。

「一緒に歩きたい。砂だらけになっても、心のあるままに、有栖さんと歩きたい。」

返事をする代わりに彼女は僕をきつく抱きしめた。

打ち寄せる波の音は、ずっと同じ音を届けている。

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