世界を見てくる 第一歩はSOHOから
JFK空港に降り立った瞬間、甚八の頬を冷たい風が切った。1978年4月8日。巨大なターミナルのざわめきが、彼の鼓動をさらに速くする。
両替所の窓口で帯封の100万円が七千六百ドルに変わる。紙幣を受け取る手が、わずかに震えていた。
イエローキャブのドアが勢いよく閉まる。
「ここに行きたいんです」
メモを差し出すと、運転手は眉をひそめた。
「Why? …Why there?」
バックミラー越しの視線が不穏だ。
車はマンハッタンの中心を抜け、やがて荒れた倉庫街へと入っていく。鉄の鎖で閉ざされた門、落書きだらけの壁、風に舞うゴミ。
「…ここ?」
甚八は思わずつぶやいた。
木札に書かれた「→こっち」。その先に、白い外壁の建物がぽつんと明かりを灯していた。“office Chris” の文字が浮かぶ。
中をのぞき込んでいると、背後から突然声がした。
「君が甚八くんかい?」
日本語だった。
振り返ると、小柄な東洋人の男。その隣に、影のように立つ巨体。二メートルを超える毛むくじゃらの男が、無言でこちらを見下ろしていた。
「は、はい…」
東洋人の男は笑った。
「私は浜田春雄。こっちはディック。見た目は怖いが紳士だよ」
春雄は歩きながら続ける。
「君の就労ビザは、うちの会社の従業員として申請しておいた。ここが君の部屋だ。“Dawn of Art House”。新人アーティストが集まる場所さ」
シェアハウスの扉を開けると、薄暗いキッチンに “じんぱち君へ” と書かれた皿が置かれていた。
(母さんの知り合い…? どういう繋がりなんだ)
疑問が渦巻くが、疲れが勝った。シャワーを浴び、ソファに倒れ込むと、すぐに眠りに落ちた。
午前4時30分。
レストルームへ向かう途中、金髪の女性とすれ違う。目だけが異様に強い。
「ハーイ、あなた誰?」
言葉が出ない甚八を見て、彼女は “OK, OK” と笑って去った。
外に出ると、薄明の街に春雄とディックの影が伸びていた。
「おはよう、甚八くん。まずは朝食だ。ついてきなさい」
二人の背中を追いながら、甚八は胸の奥で何かが静かに動き始めるのを感じていた。
この街で、自分の人生が変わる。
そんな予感だけが、確かにあった。
画像が目に浮かぶようにに意識して書いてみました。ご意見ご感想お待ちしてます。
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