配られた重さ
その世界では、理想の未来は最初から配られていた。
生まれた日に、白い紙が一枚、手の中に残る。
文字は書いていないのに、誰もがそれを自分の理想の未来だと知っていた。
折ると軽く、伸ばすと少し重い。
その重さだけが内容だった。
人々は紙をなくさないように生きた。
雨の日は胸にしまい、眠るときは枕の下に置いた。
仕事も遊びも、紙が濡れない形に自然と整っていった。
紙を見せ合うことはなかった。
見せなくても、同じものを持っていると皆が思っていたからだ。
彼もその一人だった。
紙は破れていない。角も丸まっていない。
それだけで十分だと思っていた。
未来は守られている。そういう手触りがあった。
ある日、彼は紙を折り直そうとして、うまく折れないことに気づいた。
指が滑る。
折り目が逃げる。
紙が紙であることをやめたようだった。
理由は分からない。
誰に聞いても、そんなことは起きないと言われた。
その瞬間だけ、世界の重さが逆になった。
歩くと軽く、立ち止まると沈んだ。
彼は紙を落とした。
床に落ちたはずなのに、音がしなかった。
拾おうとしたが、紙は床から離れず、床の方が彼の手から離れた。
次の瞬間には元に戻っていた。
歩けば重く、止まれば軽い。紙はまた紙だった。
誰も気づいていない。
彼自身も、気づいたと言えるほどの確信はなかった。
それから彼は、紙を守ることをやめた。
しまわず、折らず、濡れても乾かさなかった。
紙は変わらなかった。重さも同じだった。
理想の未来は減りもしなかったし、増えもしなかった。
ただ一度、夜に目が覚めたとき、枕の下に何もなかった。
紙は消えていた。
慌てる気持ちは出てこなかった。
代わりに、手のひらに、あの重さだけが残っていた。
形はない。白さもない。
ただ重さだけが、どこにも置けずに残っていた。
朝になると、紙は元に戻っていた。
いつもの白い一枚だ。
彼はそれを見ていない。
見る必要がないと、なぜか分かっていた。
街では今日も、人々が紙を守って歩いている。
落とさないように、濡らさないように。
彼はその間を通り抜ける。
手のひらには、まだ重さがある。紙は軽い。
どちらが未来なのかは、確かめていない。
確かめる場所が、この世界にはなかった。




