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第一話 スフレの過去、アインの思惑

「…………は?」


一瞬スフレの頭がフリーズした。


世界を救う?誰が?どうやって?


頭の中を疑問符が駆け巡る。


「……君、大丈夫?」


目の前の少女の思考は正常に機能しているのか、ちょっと心配になった。


「もう、失礼だなっ!こっちはまじめに言っているのに」


「それがおかしい。よく考えてみてよ。君はいきなり『世界を救って!』と言われてまともに相手にする?」


彼の指摘に彼女は黙り込む。ようやく分かってくれたか。


彼女はそっか、と言うとポケットの中から何かを取り出す。見たところ、ノートの切れ端のようだ。


「私はアイン。とある人に頼まれて君を探していたんだ」


彼女はほら、と見せる。子供の落書きのような似顔絵が描かれていた。


更によく見ると達筆な字で『スフレ』と書いてある。


どうやら依頼主が彼を描いたものらしい。


改めて絵を見ると、致命的なまでに下手ではあるものの青い目、白髪に前髪だけ黒が混じっている所など主だった特徴は掴んでいた。


「……ロシェか?もしかしてロシェに頼まれたのか?」


両親以外で彼のことをよく知っている人物となると彼しか思いうかばない。


なぜ直接頼みに来ないのか、という疑問は残るが、忙しいと言われれば納得だ。


彼は困っている人を放っておけない性格だから。


「うーん、君は知らないと思うなぁ」


微かな期待があっただけに残念だった。


「……違うなら、どうやって僕のことを知ったんだ?」


彼の問いにアインと名乗る少女は苦笑いを浮かべる。


「いやぁー、それはちょっと……。企業秘密ってことで」


これ以上は押し問答になるだけだろう。


スフレははぁ、と短く息を吐いて気持ちを落ち着けた。


「何がなんだかさっぱりわからないんだけど……・とりあえず僕の事を知ってて、用があって訪ねてきた。そういう認識で良いんだよね?」


「うん」


「で、その内容が僕に世界を救って欲しい、と」


こくり、と彼女が頷く。


「色々と突っ込みどころはあるけど、……なんで僕?」


一番分からないのはそこだった。


もし言っていることが本当だとしても、自分だけは有り得ない、という変な自信がある。


「勿論、君じゃなきゃ駄目だったからさ」


だからこそ、彼女のセリフには驚いた。理由を聞いてなお、意味が分からない。


「世界を救うには君が持っている鍵が必要不可欠なんだ」


アインの言葉を聞いて何を指しているかはすぐに分かった。


自分の部屋に向かい、机の中をまさぐると木でできた小箱を取り出す。


箱を開けると、緑のビロードに包まれて小さな金色の鍵が入っていた。


「鍵ってこれ?」


リビングに戻ると彼は手に持った鍵を見せる。


「うん。……君は当たり前のように掴んでいるけど、普通は見ることも出来ない筈なんだ」


「ふうん。君も例外ってこと?」


掴んでいる、という表現を用いるなら見えていると考えるのが妥当だろう。


案の定アインは「私も関係者だからね」と否定しなかった。


「どういう事なのか説明してくれる?」


彼女の話を聞く限り、自分も『関係者』なのではないか。


「うーん、説明って言ってもね。願いを叶える魔法の鍵、って言えば分かりやすい?」


彼は願いを叶える魔法の鍵、と繰り返すと、鍵をまじまじと見つめる。


どう見てもただの鍵だ。


「あはは、信じられない、って顔をしてるね。その通り、鍵単体では力は発揮しない。本来の力を発揮するのには幾つかの条件を満たす必要があるんだ。君にはその手伝いをしてもらいたい。……頼む、君にしか出来ないことなんだよ」


アインが縋るようにスフレを見る。


参ったな、と頬をぽりぽりと掻く。


「……事情は何となく分かった。けど、簡単にはい、とは言えないよ。僕の選択に皆の命が掛かってるって言うんだろう?」


失敗したら取返しがつかないのだから、軽い気持ちで引き受けていいことではない。。


かといって悠長にしていたら、世界が終わってしまう。


困った事態になったもんだ、とスフレは他人事のように考えた。


事実、実感が湧かなかったのだ。


自分の選択一つで世界が滅ぶ、なんて大それたことを言われては。


「……少し考えさせてくれない?」


迷った末に彼が出したのは結論を先延ばしにすることだった。


しかし、当然彼女が許容する筈もなく。


「いやいや、そう言う訳にはいかないよ!……申し訳ないけど、最初から君に選択肢は無いんだ、どうか受け入れて欲しい」


理不尽だ、と頭を抱えても罰は当たらないだろう。何というか、ものすごく一方的で勝手なお願いだ。


「……僕はもう全てがどうでもいいんだ。後のことなんて知ったことか」


全部放りだしたくなって投げやりに言い放つ。


「それは君の今の境遇からかな?」


彼はなんで、という顔で彼女をじっと見る。


スフレの外見を知っていたことも驚きだが、まさか状況までとは!


突如現れた謎の少女に全てを見透かされているような恐怖。


じわり、と背中が汗で湿るのが分かった。


「……キミは。君は、一体」


何者なんだ、と問おうとしても、声が出ない。


ずり、と一歩下がる。


彼女の表情はわからない、というより今のスフレにそんな余裕は無かった。


「……もしかしたら、変えられるかもしれない」


逃げ出したい衝動に駆られる彼を彼女の言葉が強引にその場に留まらせる。


彼女は答えずに続けた。


「君の今を」


「…………なんだって?」


静止する時間。いや、時間が止まったのではない。


スフレがそう感じただけだ。


願いを叶える鍵は過ぎた過去も変えられるのか?


もし本当なら、聞き逃せない、否聞き逃してはならない話だった。


「……嘘だろ?」


彼女の瞳を覗き込んでも、穏やかな琥珀が見えるだけで、真相は分かりそうもない。


「それを確かめる方法は一つしかないんじゃない?」


「…………。」


考える。このままだと彼女のペースに乗せられてしまいそうだったから。


そんな都合のいい話があるわけない、という諦めと、もしかしたらと湧き上がる期待。


「…………。」


「…………。」


お互い、一言も喋らない。


彼は迷っていた。


彼女はきっと、スフレの返事を待っているのだ。






「…………はぁ、分かったよ」


とうとう、スフレが折れた。

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