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5.猛獣の殺戮

 5.猛獣の殺戮


 そして今。

 カサネ国境最寄りの、鼻をつままれるまでわからない深夜の、ゲントホテルの裏の塀。

 リスが通った有刺鉄線の切れ目。

 ピーコはヒロアキの肩に乗って塀の上に登った。

 鉄線で服が少し破れた。

 ロープを鉄線の支柱に結びつけて下に垂らす。

 すぐにヒロアキの獰猛な顔が上ってきた。

 ピーコとヒロアキが庭に飛び降りると、キュータも上がってきて庭に飛び降りる。

「静かにしろ。裏口は開いてるだろうな」

「開いてます」

 感情を押し殺しても震える声でピーコはやっと答えた。

 あたりは闇に包まれている。三人はそれぞれの携帯電話灯モバイル・トーチツールで足下を照らしながら裏口へと忍び足で歩いた。

 頭上の二階の窓から弱々しいデスクライトの明かりが漏れている。

「よし。居やがるな、あの野郎」

「さっき言ったでしょ。あのひと猫がいるからあんまり外出しないのよ」

「さっき言うとったね、クロアシネコ居るって」


 ピーコはヒロアキとキュータの待つラストエデンに戻ったとき、一部始終をふたりに報告したのだ。

 もちろん書き置きの話はしなかったが、それをつい口走りそうになって、クロアシネコの話で誤魔化したのだ。

 キュータは感心したようだった。

「あのひとクロアシネコ飼うとるんや」

 キュータも人並み以上のネコマニアだったため、世界一小さい、そして世界一恐ろしいといわれているクロアシネコについて知っていた。

「なんだそのクロアシネコってのは」

 ヒロアキがだるそうに聞いたものだ。

「知らへんのですかヒロさん。めちゃくちゃ小さくて、でも凶暴で、キリンなんかも食い殺すっていう猫ですよ」

「なんだ子猫かよ。子猫がキリンを殺すだって? そんな馬鹿な話があるか」

 かつがれたんだよ、とヒロアキは鼻で笑った。


 ヒロアキはピーコを先頭に立て、裏口からゲントホテルに入った。月明かりも昏く、ホテルの一階は真っ暗だ。

 ピーコとヒロアキはホテルの一階の間取りをだいたい知っているが、客は誰も二階に上がったことはなく、ゲントがクロアシネコを飼っているということを多くの客は知らなかった。ピーコが今朝ククリと対面したのは珍しい出来事の部類に入る。

 ヒロアキさえも、この宿に長く「沈没」していたのに、ククリの存在を気にもとめなかったのだ。

 せいぜい、ネコが居るな、と思ったくらいだろう。


 ヒロアキはピーコを肩で押し出すように階段へと向かわせる。

「押さないで」

「黙れ。お前が先に行け」

「わかったわよ」

 ピーコは急で滑りやすい階段を、光を押さえた電灯ツールで照らしながら登ってゆく。

 階段の途中に、自分が置いた置き手紙が無くなっていたので、ピーコは少しだけホッとした。

 ゲントは何か対策があるのだろうか。


 三人は足を滑らさないように、かつ音を立てないように注意深く二階へと上がった。そのまま正面がゲントの部屋である。

 もはや無言でヒロアキはピーコの肩を押した。

 祈るような気持ちで、ピーコは部屋のドアをノックした。

「ゲントさん、ピーコです」

 乾いた声でピーコが言うと、はたしてドアの内側からゲントの声が帰ってきた。

「ピーコさん? 帰ってきちゃったの? 」

「はい。それで、ゲントさんにちょっとお話が」

「ドア、開いてるよ。入って」


 ピーコはドアを開けた。部屋に入ってもLEDデスクライトの光は弱々しい。

 ゲントの部屋は広かった。クローゼットと本棚と小さなデスク、それにダブルベッドとネコ用トイレが四隅に調度され、真ん中は四人が入ってもやや余裕のある広さといえた。

 正面に、先ほど明かりを確認した窓があり、鉄格子がはまっているが涼をとるためか窓は開いていた。


 そしてゲントはデスクに向かって読書をしていたようだった。

 肩に小さな猫を乗せて。

「あ。ドア閉めて。ピーコさん、どうしたの。何か用事かい? 」

 ピーコは後ろ手にドアを閉めた。

 ククリのためだ。

「はい。…実は私、クレジットカードを紛失してしまって、帰りの航空券が買えなくなったんです」

 ゲントは置き手紙を読んだのだろうか? 読んでいたとしても後ろに居るヒロアキにそれを悟られないために一部始終を話す必要がある。

 ゲントは頷いて言った。

「後ろに…誰かいるね?」

「はい、あの、キュータくんって私の友達が」

「入ってもらっていいよ。すぐドアを閉めて」

 その声が聞こえたのか、キュータもドアを開けて部屋に入り、すぐまたドアを閉める。

 廊下にはヒロアキが残っているが、息をひそめているのか、無音だ。

「ども、はじめまして。僕キュータって言います」

「ピーコさんが言ってた友達だね。こんな夜中に無断で入ってくるなんて、いきなり銃で撃たれても文句言えないところだよ」

 驚くじゃないか、と言いながら、裏腹にゲントは落ち着いていた。

 手紙を読んでくれたんだ、とピーコはさとった。

「要件を聞くよ。キュータ君、君もクレカを停められたのかい? 」

 ゲントはゆっくりとゲーミングチェアを回してふたりに向き合った。ククリはバランスを乱さずゲントの肩におとなしく止まっている。

 ゲントが一緒に居れば安心、と顔に書いてあるようだ。

 かしこい子だわ、とピーコは心の中につぶやいた。

「僕のクレカは大丈夫で。ひとりなら僕は帰れるんですが、ピーコの分までは航空券が買えないんです」

「んー。それで、同じ日本人ならお金を貸してくれるかも、って僕のところに来たわけか」

『はい』ふたりは消えいるような声で言った。

 ゲントはため息をついた。

「残念だけど、ここにはお金はそんなにないよ。手持ちのお金なんか最小限に越したことはない。安全のためにもね」

「…そうなんですか」

「日本までの航空券なら、ざっと1000ドルくらいってことだよね。…もちろん、そんなに現金は持ち合わせていない」

 沈黙するふたりに、ゲントはまたため息をつきながら言う。

「だから、日本大使館に陳情に行くんだ。クレカ停められて航空券が買えない、このままでは帰れないって」

「日本大使館行ったら、お金を貸してくれますか? 」

 キュータの問いに、ゲントは首を横に振った。

「いや、日本大使館でも、航空券を買うようなまとまった額は貸してはくれない」

「そうですよね」

「だから、大使館職員の口座に、日本の家族か友人から、お金を振り込んでもらうんだ」

 つまり、送金だよ。とゲントは片頬で笑って肩を揺らす。

「あ」

「その手があるやん! 」

 簡単なことだった。ふたりとも場に呑まれてパニックに陥っていたのだ。

 クレジットカードを停められてどうしようと思っていたときに、ヒロアキに声をかけられ、彼のペースに巻き込まれてしまって、そこまで頭が回らなかったのである。

「なんなら大使館職員の手を煩わさなくても、送金会社を経由してナミビア銀行の口座に振り込んでもらう手もある。現地通貨でしか引き出せないから、レートは面の皮を剥かれるくらい悪いし、手数料もバカ高いが、死ぬわけじゃない。これも勉強だとあきらめることだ」

「はい」

「わかりました! やったピーコちゃん、僕ら帰れるやん」

 キュータが快哉の声を上げたとき。

 バン!

 爆発するような勢いでドアが開いた。

「おい! そんなケチなこと言わずに金くらい貸してやったらどうだ! 」

 喚きながら飛び込んできたのは、もちろんヒロアキである。

 室内の三人はそろってため息をついた。

「ヒロアキさん、もう大丈夫なんですよ」

「うん。僕ら家族にお金を振り込んでもらう…いや、航空券を買ってもらうから、ゲントさんからお金借りるのやめときます」

 キュータが晴れやかに言うと、ゲントも笑いながら手を叩いた。

「おっ。それはいい手だ。手持ちにお金が残ってるなら、電子航空券だけ買ってもらうのが手数料かからなくていい。手間がかかるけどこれも勉強だ」

 いや、これで一件落着、とゲントはこの場合にひさしぶりに大笑いした。

 このとき、ピーコの頭の中にあった、さまざまなどうしようのクラウドに。

 ぼやけた対物に視点がピントを結ぶように、ひとつの答えが見えた。

「ありがとう、みんな。でも、私、帰らない」

「ん? 」

「え」

「な、なんだと」

 三様の男たちの驚きの声に、ピーコは小さく頭を下げて、謝意を示した。

「私、この国で生きてみる。ボランティア団体に加入できるように調べます」

「ピーコ、なんで急にそんなこと。一緒に帰るんじゃなかったの」

 あわてて大声を上げるキュータを、やさしい目でピーコは見返した。

「いろいろ助けてくれてありがとう。キュータといると楽しかったよ。でも今の話を聞いて、私、親とか家族とかに頼りたくなくなったの」

「家族に頼りたないって」

 キュータに頷いてみせながら、無意識にピーコは片手で下腹をさする。

「――親離れ、よ」

「親離れ、か」ゲントはまじめな顔で言った「やれるだけやってみるといい。楽な道じゃないけれど」

「この国の平均年収って250ドルくらいなんですよね。私はまだ600ドルくらい手持ちがあるから、ボランティア団体に加入してしばらくはやっていけると思う。それで、できたらお店をはじめて」


「ふざけるな! 」


 ヒロアキはドシンと床を踏み鳴らして吠えた。

「ワオ」ククリが目を丸くするが、それでも肩から降りない。

「おい! ここまで俺を引き回して勝手にユメ語ってんじゃねえよ! それよりゲント、金を出せよ」

「金払う必要ないと思いますが」

 キュータがちょっとウケながらツッコむ。

「あー、それよりヒロアキさん。あんたは出禁にしたんだけど? 僕の権限だ、出ていってもらうよ」

 それとも何か? あんたもお金が無いのかい、とゲントが続けると、

「ゲントよお。お前も義侠心ってものがあるならこいつらに金を貸してやれよ」

「だからもうその必要は無いんですって」キュータがホッとしたのかぱたぱたと手を振ってみせる。

「ふざけるな、ダイヤ持ってるんだろ。出せよ」

 ドシンドシンと床を踏み鳴らしてウォーッとわめく。

 猛獣の威嚇のようだった。

「ダイヤ」

「えっダイヤ」

 キュータとピーコは目を丸くした。

「そうかあんたそれが目当てだったのか。どこで聞いたか知らないが、僕のダイヤモンドを巻き上げようとしてたんだねえ」

 ゲントはため息をついた。

 だから人類は嫌なんだ。

「僕のダイヤモンドは、海で掘ったものだよ。あんまりたくさんは無い」

「どこだ、どこにあるんだ」

「あんたも欲しいなら海で掘ったらどうだろう。海図と土地勘と根気があれば、10日でひとつくらい取れるかもしれないよ」

 ナミビアは、実は世界有数のダイヤモンドの産出国である。それは鉱山で採掘するものではなく、その95%までは海で採れるものだ。

 これはザンビアの渓谷から押し流されたダイヤモンド鉱が、チョベ川の河川から土砂とともに押し流されて、大西洋の堆洲の泥の下に堆積したものであるためだ。

 海図、勘、根気があれば、素人でもある程度の結果は出せるという。

 ゲントはたまにそうやってビーチに宝探しに行き、コツコツと小粒のダイヤモンドを拾い集めて生活費に替えているのだ。

 ひと嫌いで孤独で寡黙な作業を好むゲントにとって、まるで天職のような作業だった。

「そんな…そんな時間かけてダイヤ掘りなんかできるか! 俺はすぐにカネが欲しいんだ」

「ヒロさん、そんなの無理ですよ。この国の平均年収知ってます? 」

 キュータがまぜっ返したとき、ヒロアキの目の色が変わった。

「キュータてめえ」

「そうだ、ヒロアキさんも家族に送金してもらったらどうですか」

「俺にカネ貸すやつなんか居ねえんだよーッ! 」

 叫びざまに、いきなりピーコの腕をつかんで、ゲントの方に突き飛ばした!

「ククリ、逃げろ! 」

「ワオ」ゲントが手を窓の方に伸ばすと、ククリは腕を伝って窓に飛び移った。その小躯を生かして、ククリは鉄格子をすり抜けて、外へ――

 一方で、ゲントはピーコの身体を浴びせられてそれ以上動けなかった。

 ヒロアキは腰の後ろから頑丈なナイフを抜いて、もつれ合うように倒れたふたりに飛びかかった!

 ゲントはピーコの身体を押し退けたが、そのせいで脇腹ががら空きになった。

「俺はお前らみたいな連中が一番嫌いなんだッ」

 喚きながらヒロアキはゲントの脇腹にナイフを突き立て、憎しみを込めてねじり回した。

 体をくの字に折り曲げて痙攣をはじめたゲントの、着流しの裾から、際限もなく血液が流れ出す。

 ヒロアキがナイフを抜いて立ち上がったとき、ゲントの痙攣は、しだいに弱まっていった――


 息を乱して立ち上がったヒロアキは、完全に正気を失った凶眼でキュータを睨みつけると

「キュータ。ピーコ連れて廊下に出てろ。お前らにも分け前はくれてやるからよ」

 歪んだ笑いで言った。

 ピーコはもちろんキュータも、腰が抜けて動けなかったし、言うことを聞かなければ何をされるかわからないので、ひいひいと泣きながら廊下に這いずり出た。

「カネだ。金はどこだ」

 異国で一人暮らしをするような者は、必ず現金や金目のものを身近に置いて管理するものだと、ヒロアキは悪党の直感で知っていた。

 まずクローゼットを開けてその一番上の物入れを引きずり出す。

 物入れの中から安っぽいフェルト製の財布を見つけてチャックを引き開けると、大量の領収書と共に札束が出てきた。

 宿泊客が支払った宿代だろう。ヒロアキは金額を数えたが、それは実際200ドルにも満たなかった。

「ち。たったの200ドルかよっ」

「200ドルって。僕の手持ちより少ないじゃない」

 キュータのおびえたつぶやきを聞いて、ヒロアキは彼を冷たい目で見返した。

 その視線だけで、なに見てるんだ、と言ってからヒロアキはさらに捜索する。

『人殺してでこれじゃア、割に合わねえ』

 ダイヤ。ダイヤはどこだ。

 同じ物入れの中から茶色い小さな巾着袋が出てきたので、それを振ってみるとずしっとした重みでジャラリと音をたてた。

『こいつだ』

 ヒロアキが袋をあけると、そこにはデスクランプの弱々しい光すら跳ね返してきらめく、氷の破片のような光の塊がごろごろと入っていた。

「あった。あったぞ! 」

 思わず声に出して後ろを振り返ると、ドアの向こうからおびえたふたりの目が覗いていた。

「お前ら見るんじゃねえ! 見せ物じゃねえぞコラあ」

 ヒロアキが叫んだとき。


 デスクライトが不意に消えた。

 ――リチウム電池が切れたのだ。

 あたりは真の闇に包まれた。

 闇の中、2、3秒。

「ぐあっ」

 上がった悲鳴は、ヒロアキのものだった!


 ピーコが手にした携帯電話の電灯ツールで悲鳴の上がった方を照らすと、ヒロアキが片目を手で覆って立っていた。

 その手の下は血でどろりと染まっていた。

「くそっ、あのドラ猫」ヒロアキはうめいた「とんだ鍋島騒動だ」

 鍋島騒動とは、有名な化け猫の物語で、主人の仇を討つために化けた猫の怪異物語のことである。

「ククリ…! 」ピーコがつぶやいた。電灯ツールの光がブレる「あなた、やったのね」

「くそ。あのバカ猫! 」ヒロアキは喚いた「どこだ、どこにいる! 」

「ククリ! ヒロアキはここよ! 」ピーコはふたたび電灯ツールを取り直すとヒロアキに向けた「やっつけて! あいつを殺して! 」

 そのとき、ピーコは携帯電話をもつ腕に激しい痛みを感じ、それを取り落とした。

「携帯電話を消せ! あいつはその光を狙ってくるぞ! 」

 ヒロアキの叫びが闇の中で聞こえた。

 手首から流れる血の感触を覚えながら、ピーコは泣いた。

「そんな。私まで」闇の中ピーコは愕然と言う「私じゃない、ゲントさんを殺したのは私じゃないのに」

 そうつぶやいたとき、ピーコの頸動脈は鋭いやいばのようなものに切断された。

「ククリ、どうして」

 疑問に、無意識が回答した。

『親離れ――あなた、血の味を覚えたのね。これは贖罪なんだわ。私の、――私たちの』

「ピーコ! 」

 キュータが電灯ツールを声の方に向けた。揺れる光の中に、首筋からシャワーのように血を噴き出してくず折れるピーコの姿があった。

「キュータ。私たちはみんなククリに殺される」

 それをみてそれを聞いたキュータはあわてて電灯ツールをオフにする。

 あいつは光を狙ってくる?


「ピーコ」キュータはうめいた。

 そのとき彼を携帯電話の電灯ツールの灯が照らした。

「なんで」

 殺意の接近に一歩対応が遅れた。

 次の瞬間、キュータの首筋からも血煙が上がった。

「バカのドミノ倒しだな」

 キュータのすぐそばから、ヒロアキの落ち着いた声が聞こえた。

 ヒロアキは手のひらを顔からはなしていた。彼の顔は血まみれだったが、そこに傷口はなかった!

「これでコロシの帳尻が合った。キュータが200にピーコが600、ゲントの200とダイヤ。はっはは! 」

 ヒロアキは笑って、携帯電話で足元を照らす。キュータとピーコ、若いふたりが血だるまになっている。

 そしてヒロアキはキュータのポケットを探りはじめた――


「ワオ」


 そのとき

 ヒロアキの首筋に、小さく温かな、小動物が踊りかかった!

「なに! 」

 色の抜けたアロハと、その下のスーパーマンのシャツを貫通して、ナイフより鋭い爪がヒロアキの背中を突き刺しながら一気に背中に駆け上がる!

 そしてヒロアキの耳たぶが、獣の牙に食いちぎられた!

 闇の中に悲鳴が轟き渡った。

「バカな! なんで」

 ヒロアキは携帯電話を取り落として廊下に転がり出た。

「うそだ、ウソなのに! 」

 ナイフを振り回して小動物を払い落とそうとしたが、かえってそのナイフは自分の肩や首筋を切りつけた。

「なぜだ! なぜ」

 小動物の攻撃は続いた。顔に絡みつくように動き回り、髪を、こめかみを、そして目や耳を。獰猛な爪と牙が執拗に襲った。

 ヒロアキはナイフをあきらめて廊下の壁に小動物ごと体当たりしようとした。

 ――しかし、その方向に壁はなかった!

 彼の首から小動物は飛んで闇に消えた。ヒロアキはそのまま急な階段を転がり落ちてゆく。


 その途中で、彼自身のナイフが、彼の脇腹を貫いた。

 ゲントホテルの玄関ロビーに、ヒロアキの身体が血まみれに転がった。

 携帯電話の灯が切れた。

 ――そして誰も、いなくなった。


 数分後、ゲントホテル二階の、真の闇の中、ぴちゃぴちゃと、何かを舐める音がして――


 翌朝未明

 14/02/202X APF通信速報

 ナミビア共和国カサネ市カズングラ国境橋のイミグレーションで、10名が猛獣に襲われて重傷を負った。うち3名が死亡。

 地元ハンター組織が猛獣を追ったが害獣のゆくえは杳として知れない。

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