3.通過儀礼の夜
3.通過儀礼の夜
薄寒くなりはじめたナミビアの夜が彼らを包みはじめた。
ウイントフック中央通り、キャット&マウスゲストハウス談話室。
しばらく彼らをさらなる深みに引き摺り込むことを考えていたヒロアキは、彼らが飛びつきそうなエサの存在を思いついた。
にんまり笑ってポケットのタバコの包みから、一本のとっておきの太巻きを取り出す。
「まあ、こういうときは落ち着きが肝心だ。キメようぜ」
「えっ」
キュータは怪訝な顔をしながらも期待のような光を目にやどらせてその手巻きの『タバコ』を見つめた。
「タバコ。僕たちタバコ吸わないんで」
「ばーか。タバコじゃねえよ。バンギに決まってるだろ」
うひひひひ、と笑う。
バンギとはアフリカ諸国共通の隠語で、つまりある種の麻薬効果のある雑草のことである。
「あっ」キュータもニヤニヤ笑いはじめた「いいっすねえ」
ピーコは目を丸くして驚いた。
「キュータくんこんなのやってるの」
「ちょくちょくやってたよ。こんなのフツーだよ」
キュータはわけ知り顔でピーコに微笑みかける。
「そうだ」ヒロアキもここぞと言いつのった「きみたちもバックパッカーだろ。世界のいろんなもん見て回るために旅してるんだろ」
指でつまんだヤバそうなタバコを振りながら演説をはじめた。
「キュータくんは知ってるだろうが、こいつには常習性もないし酒やタバコより健康にいい。世界中で合法化が進んでる。日本では違法で、しかも重罪だがバカバカしいことだ」
「いやあまったくです。ピーコちゃんやったことないんだ」
「ないないない、そんなもの。ヤバいもん」
「えー、そんなイメージなんだ」キュータは意外そうな顔をしたが、その目はヒロアキの手の太巻きに吸い付けられている「ヒロアキさんこれどこで買ったの」
「宿の主人さ。バンギあるかって言ったらすぐ持ってきてくれたぜ」
「えっ知らなかった」
「思ったより上物だよ。シンセミナだ」
「僕も明日買いますわ。なんぼでした? 」
「5ドルだったぞ。沈没させたいから格安で売ったんだろ」
「えっ、やっす」
ヒロアキとキュータがふたりで盛り上がっているのでピーコはすこし嫉妬した。自分が置いてきぼりだ。私はクレカ止まって帰れないのに。
その表情をヒロアキは見てとってピーコに水を向ける。
「まア、こんなときには落ち着きが肝心って言ったろ。それにこれもアフリカの『味』だ」太巻きを唇の端に当てる「やろうぜ」
「私は」
かまわずヒロアキは吸いつけたそれをキュータに回す。喜色満面に受け取ったキュータは、吸い口を小指で挟んで親指側から吸い込んだ。
「こうしたら唾液が接触しないんだよ」
思い切り吸い込んで、息を詰めながらキュータはピーコに回そうとする。
ヒロアキはおもしろそうに見ている。
二人の視線を受けて、思い切ってピーコは太巻きを手に取った。
キュータの真似をして吸い込む。
むせこむかと思ったが、煙は意外にも甘く柔らかく、ピーコの肺をポレポレと満たした。
肺に煙をためながら、キュータが気持ちよさそうに息をひそめて目を閉じているのを見て、ピーコもその真似をする。
「できるだけ楽しいことを思い出すねん。そうしたら飛べるから」
「ピーターパンね」
ピーコは笑った。
「そーら、体がだんだん浮いてくるぞお」ヒロアキがはやし立てる。
「きゃははは」
「わははは」
場の空気を壊さないために楽しいフリをして、いい加減なところで引き上げようと思っていたピーコだったが、幸か不幸かそれは体質に合ったらしく、ピーコはその体験を楽しむことができた。
男たちの些細なジョークにケラケラ笑っているうちに、ピーコは、きっとうまくいく、ちゃんと家にも帰れるんだ、と楽天的な気分になってきた。
キュータはキュータなりにピーコのことを深く気にかけて疲れていた。彼はピーコの明るくなった表情をみて、いくぶんホッとした。
「よかった、ピーコが明るくなってくれて。ははは。僕なんかもう眠くなってきましたわ」
言いながらキュータは談話室のテーブルに突っ伏した。
キュータはピーコと行動を共にするようになってから、彼女がソフトドラッグどころかタバコも吸わないのを知って、自分も禁煙していた。そのためヒロアキの差し出したバンギをことのほか深く愉しんでしまったのだ。
「私もさっきから眠いんだけど立てないの」
「だ。大丈夫? 気分悪くない? 」
ピーコはふざけてニヤァっと笑った。
「サイコーにハイって奴よ」
「わははは」
ヒロアキも頃合いを見計らって立ち上がってみせた。
「あした出発ならそろそろ寝たほうがいいな。キュータくんなんとか立ってみてよ」
「あー。はーい」
キュータはテーブルに手をついてフラフラと立つ。ヒロアキがその脇に手を回して補助した。
「部屋まで運んでやるよ」
「あ、私も手伝います」
ピーコもヨタヨタと立ち、キュータを支えた。
「お嬢ちゃんもフラフラじゃねえか。俺にまかせろ」
ヒロアキはいって趣味の悪いアロハを脱いだ。下は青いシャツに、真ん中に赤く大きなSが描かれていた。
「俺はスーパーマンだからな」
ピーコは爆笑した。キュータも朦朧としながらゲラゲラ笑う。
「すげーヒロアキさんスーパーマンなんや」
「知らなかったのか」ヒロアキはふたりの間に入って両方に肩を貸した「部屋はどこだ」
「談話室のすぐ脇のツインです」
「個室か」
贅沢な学生どもだ。と、廊下のベッドに安く泊まっているヒロアキは、心中悪態をつく。
三人は奇妙なヤッコ凧みたいにふらつきながら部屋に向かう。
ドアを開けるとヒロアキはベッドにキュータを投げ出した。たちまちバタンキューといってしまうキュータを見る余裕もなく、ピーコはベッドに倒れ込んだが、そのとき。
――背後からスーパーマンに襲い掛かられた。
ピーコは抵抗できなかった。深いバングの酩酊で、いろいろな情報が頭の中を回る。
スリル、背徳感、スーパーマンの確かなテクニック、バングの酔い心地に、徐々にピーコの中の野生が揺すぶり起こされた。
いい
ローターより
センパイより
キュータより
いい
これがセックスだったのか。あの貧弱なキュータとのまぐわいは、この強烈な刺激に比べると小川にゆらめく笹舟だ。
そしてこれが新しい発見であり体験であること、そして一種もっとも正しいことであることを、自分の内心が告げているようだった。
これは通過儀礼なんだ。ピーコは確信し、その大波に心を委ねた。
キュータの高いびきと砂漠の夜寒を背景音に、獣になった二人はアクメに達した。




