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序章 闇の中、君を想う

 闇を司る精霊の王、翳りの女帝・イリヨナは、140センチという身長の低い、少女の面立ちの女性だ。クルクルと巻いたツインテールと、レースをふんだんに使ったミニスカートという出で立ちも問題なのだろうが、これでも、精霊的年齢27才のレディなのだ。

彼女は、不老不死で、森羅万象の力の化身として目覚めるという産まれ方をする精霊という種族の中で、精霊を両親に持つ希有な存在だ。そうした、母親の腹を借りて産まれてくる精霊を、純血二世といい、12年の幼少期を経て、成人の精霊となる。

12年の過ごし方で、性格、容姿、精霊的年齢までをも決定されるため、運命の12年目の誕生日に、前日とはまったく異なる姿となる者もいる。

イリヨナは、まさにそんな精霊だった。

12年もの間、イリヨナは4、5才の童女の姿をしていたのだ。

翳りの女帝として産まれたイリヨナは、物心ついたとき、精霊では大半が産まれて1、2日で物心ついてしまうのだが、そのときから、立派な闇を統べる王となるべく教育が始まった。初代翳りの女帝から仕えてくれている腹心、影法師の精霊・ルッカサンが先生となってくれたが、彼は柔和な中年男性の姿に似合わないスパルタッぷりだった。

 そんなルッカサンの鬼の指導にも、なぜ、めげずについてこられたのか。

それは、共に学ぶ友の存在があったからだ。

花の十兄妹が末弟、ミモザの精霊・アシュデル。

ほぼ同じ時期に産まれた花の王の息子だ。

花の王と、イリヨナの父である15代目風の王・リティルは親交があり、同じ時期に純血二世が産まれる事など後にも先にもないだろうと、イリヨナとアシュデルは、イリヨナの住まう、闇の城で会うようになった。初めは、勉強の息抜きの為に連れてこられていたアシュデルだったが、一緒に勉強すると言い出して、学ぶ内容は違ったが、肩を並べて学ぶ学友となった。アシュデルは魔法の飲み込みが早く、両親と兄妹達のいる風の城に居候している、大賢者と名高い時の魔道書・ゾナに師事するようになり、力の化身という、属性の枠にガッチリ囚われた精霊という種でありながら、様々な属性の魔法を扱える魔導士へと成長を遂げた。

そんなアシュデルに触発され、イリヨナもまた、ルッカサンが太鼓判を押す、どこへ出しても恥ずかしくない3代目翳りの女帝への道を駆け上がった。

 しかし、すべては12年目の誕生日に崩れてしまう。

イリヨナは自身が、無能と言われクーデターで殺された、初代翳りの女帝の欠片から産み出された娘だと知った。しかも初代は、2代目――イリヨナの母にあたる花の姫・シェラと風の王・リティルの仲を一時裂く事案にも関与していた。

風の王妃・シェラが討ち、翳りの女帝の証を奪い取っていなければ、風の城と全面戦争になっていたくらいの事態だったという。しかしその為に、イシュラース1仲睦まじい夫婦といわれていた風の王夫妻は、離婚を余儀なくされ、離れ離れとなってしまった。2代目翳りの女帝となったシェラを、花の姫に戻し、風の王・リティルのもとへ返す為、イリヨナは産み出された娘だったのだ。

しかしながら、両親の愛、イリヨナと血の繋がった風の王夫妻の長兄である副官、雷帝・インファ以下、風四天王の補佐官、煌帝・インジュ、執事、旋律の精霊・ラスなど、風の城に住まう、風一家に概ね愛され、自分を見失うことはなかった。

だが、アシュデルは、成人を迎えてから一度も会いに来てはくれず、そのまま行方すらくらましてしまった。イリヨナの知ってる彼は、イリヨナと同じ幼い子供で、今の彼の姿はまったくわからない。アシュデルがなぜ、何も言わずに去ったのか、今どこにいるのかわからないまま、時は流れた。


 闇の城は、太陽の支配する、昼の国・セクルースにあるが、すべてが薄墨をかぶったかのように翳っている、特異な場所だ。

イリヨナは、アシュデルと共に毎日のように来てくれていた彼の兄、牡丹の精霊・ペオニサの訪問を受けた。

「ペオニサ、ご機嫌麗しゅうですの」

「あっはは。久しぶり、イリヨナちゃん」

ペオニサは、花の精霊特有の緑の髪に、司る花である牡丹を、両耳の上に一輪ずつ咲かせた、身長190センチもある、がたいのいい、とても華やかな容姿の男性だ。幼少期から見上げていたが、成人し、精霊的年齢24のペオニサよりも年上となっても、彼を見上げなければならないことは変わらない。

「元気?」

「はい!私、絶好調ですの!」

いつもニコニコ元気なイリヨナを見て、ペオニサは明るく微笑んだ。

「ペオニサはどうなのですの?風の城の非戦闘員、ちゃんとやっていますの?」

イリヨナの父である風の王は、四大元素という自然界の基本的な力を司る以外に、世界の刃として、異形のモノや世界に仇なす事象の解決を行う、戦う事を運命づけられた精霊だ。

故に短命で、風の王は、現在15代目だ。

その15代目風の王・リティルの率いる風の城には、風以外の精霊も暮らし、風の仕事を担っており、風一家とも呼ばれている。ペオニサは、その一員なのだが、戦ってばかりの風一家の中で、唯一の非戦闘員なのだった。風の王の娘とはいえ、闇の王であるイリヨナはなぜペオニサが非戦闘員なのかよくわかっていない。なぜならペオニサは、イリヨナの剣の師匠で、十分戦う事ができる精霊だからだ。しかしながら、何か事情があるのだろうなと察するだけだ。

他の属性のことに、あまり首を突っ込むのはよくないことだ。それをある意味許されている世界の刃である風の王である父が「オレも協力要請はするけどな、極力触れねーようにしてるぜ?」と言っていたからだ。故に、翳りの女帝の父親であっても、闇の中核に関わることを、風の王・リティルは知らないのだ。

「イリヨナちゃん……非戦闘員はちゃんとやるモノじゃないと思うよ。じゃなくて、治癒師。オレ、治癒要員なんだよ」

イリヨナは、バラの庭園が見えるサンルームへペオニサを案内した。丸いテーブルには、すでにタワーのようにケーキやクッキーなどのお菓子が積み上げられ、紅茶の用意が調えられていた。

「あの噂はどうなったのですの?インファ兄様の寵愛を受けているとかいう、ふしだらな噂ですの!」

「いや、あれ、オレのせいじゃなくて!インファが愛してますとか言っちゃうし、リティル様達も手出したら後悔させてやるとか言うから、オレが違うって言うわけにはいかないでしょ!」

牡丹の精霊・ペオニサは雷帝・インファのモノなので、ちょっかいをかけると雷帝・インファの怒りはもとより、風の王、煌帝、旋律の精霊の怒りも買う。という噂だ。

それを耳にしたイリヨナはレディーらしからぬ、口をあんぐり開けて固まり、ルッカサンに「女王陛下、お顔が大変崩壊しております」と笑われた。ペオニサは男性で、がたいも身長も可愛さの欠片はないが、れっきとした花の精霊だ。花の精霊が司るモノは、花を咲かせて実を結ぶ命を産み出す営みだ。性的魅了の力を持ち、グロウタースに恋を運ぶ仕事をしている。

そして、花を散らす風とは浅からぬ縁があるという。

風の王は、ペオニサを一家に加えたものの、非戦闘員という位置に置き、風の通常業務である狩りを、決して行わせない。何の為に一家に加えたのかと、邪推されたようだった。

初めは沈黙していた風の城だったが、ペオニサのことを揶揄われた雷帝・インファが、ニッコリ笑って「愛していますよ?」と言ったことを皮切りに、風の王と補佐官、執事も乗っかってきたのだ。ペオニサは半ばヤケクソで「ああ、受けてる受けてる、チョウアイ!」と返していた。

「そんなこと言って、嬉しいくせにですの!」

父様に、インファ兄様に、インジュにラスまで!羨ましい!と前面に出して、イリヨナは口を尖らせた。

「そりゃ、嬉しいでしょ!?だって、インファだよ?インファが愛してますよだよ!?はああ……オレも愛してるよ!」

超絶美形と賞される、歩く芸術品、風の王・リティルの第1王子で、王の副官、雷帝・インファの容姿が、ペオニサは自分でも異常だと思うほど大好きだ。雷帝・インファと言えば、女嫌いでガードの鉄壁な隙のない精霊としても知られている。妻子持ちだが。

ペオニサは、そんなインファに初対面から「綺麗だね」と言い続けてきた猛者だ。

口説いているとしか思えない言動を繰り返してきたのだが、なぜかその変態ぷりをインファに許されていて、彼はペオニサを友と呼ぶ。ペオニサにとっては、尊く、奇特な友だ。

断じて同性の恋人ではない。道を歩けば間違えられるが、断じて健全だ。ペオニサはインファがそう見られてしまうことに抵抗しかなかったのだが、インファが「そう見られるなら、いっそそう演じてしまえばいいんですよ」と逆らえないような美しい笑みでいうので、逆らえなかった。演じるといっても、人前でイチャイチャするわけではないし、そういう言動をするわけでもない。普段通りか。とペオニサは悟ってから、何を言われても平気になった。

「贅沢な上に、平和ですの」

「あっはは!そだね。ま、この通りオレは守られてるよ。四天王にね」

イリヨナは紅茶を飲んでティーカップを置いた。

「安心しましたの。いくらインファ兄様に受け入れられても、ペオニサは花の精霊ですもの。風のお城は辛いのでは?と心配していましたの」

花の精霊は、六属性からは逸脱している精霊だが、大地寄りの力を持っている。風とは反属性で、力の均衡の理で対となる力は一方を高めるともう一方は弱まるのだ。

「だね。けどオレ、風の力が百パーセント使える珍しい花の精霊だからね。ああ、それでなのかぁ。アシュデル、風一家に入ったのに、城にいないの」

このクッキー美味しそう。と手を伸ばしたペオニサは、ガタンっという音で、視線を上げた。

「アシュデルが……風一家に……?」

見ればイリヨナがテーブルに手をついて立ち上がっていた。言動は幼いが、完璧なレディーである彼女が取り乱すとは珍しい。

「あ……知らなかったんだ……。ごめん。実はそうなんだ。でもあいつ、殆どグロウタースだよ」

リティルが、イリヨナに伝えていないとは思わなかった。てっきり、アシュデルは管理下に入ったから心配するなと伝えていると思っていた。

イリヨナはずっと、幼なじみを案じている。

知らなかったことにショックを受けているイリヨナに、ペオニサは問うていた。

「会いたい?オレ、いつでも会えるよ?あいつに」

視線を上げたイリヨナの瞳には、怯えと期待があった。


ワイルドウインド20開幕です!楽しんでいただけたなら幸いです!

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