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第一章 二人の見習い ■墓荒らしと墓鍵師

 ■ 墓荒らしと墓鍵師



「少年――いや、まずは名を聞こう」

「ラトだ。ラト・スイセン。そっちは?」

「ジュンシャ・レイメイ」

 レイメイ……どこかで聞いたことのある名だ。

「ラト、ラザクの最期を見たのは初めてか?」

「いや。何度かある。だが、『足あり』は初めてだった」

「そうか。それにしては冷静だったな。その黒衣は本物のようだ」

「さすがに戦ったことなんてないけどな。足ありなんかとは」

「それが普通だ。本来、足ありは丘の上で討伐されるものだ。居住区のそばまで下りてくるケースなんてそうそうない」

「でもジュンシャは『足あり』に慣れている感じがしたな」

「私は育った環境が特殊なのだ。子どもの頃から『足あり』を間近で見てる」

 ジュンシャは意外にも口数の多い女だった。穴を掘っているあいだも、眉ひとつ動かさずに作業にあたっていたが、黙々と作業をする、というわけではなく、常に口を動かしながらラザクの埋葬準備を行っていた。

 心なしか、ラトのほうを常に気にしているようにも見えた。

二人は一問一答を繰り返しながら、地道に穴を掘り続けた。戦や厄災に備えて、けっこうな深さを掘る必要があったので、小一時間は掘っただろうか。

 そのあいだ、ジュンシャは言葉を、会話を途切れさせなかった。

 経験豊富で手慣れているジュンシャが、気遣いのある女で良かった。とラトは思った。正直、ひとりでこんな事をしていたら気がおかしくなってどこかへ逃げ出してしまっていただろうに違いない。ジュンシャと話すことで、ラトは自分がまだ人間であることを実感できたのだ。

「ジュンシャ、君は拾い子と言ってたな。少し聞いても?」

「かまわない。同期生ということであればすぐに話すことになるだろうからな」

 ジュンシャは作業の手を止め、ラトの目を真っ直ぐに見つめて言った。

「私はジュンシャ・レイメイ。『墓荒らし』リュウホウ・レイメイの娘だ」

「リュウホウ……」

 先ほどの「レイメイ」と同様に聞き覚えのある名だった。

 それもそのはずである。

 リュウホウ・レイメイの名は墓守を目指す見習いのほとんどが知っている名だ。

「リュウホウって、あの大盗賊リュウホウか!?」

「盗賊ではない。私たちは、世に蔓延る死戒虫を根絶せんと命を賭す、誇り高き墓荒らしだ」

 偉大なる大墓荒らしと称えられている偉人、リュウホウ・レイメイ。地域によっては大盗賊ともラザクハンターとも呼ばれているが、世界的に有名な義賊である。

 リュウホウは大勢の部下を従えて、世界中を旅している。

 活動の内容は主に古い墓の掘削・補修と、悪人や犯罪者の墓を荒らして意図的に死戒虫を侵入させ、その地域の死戒虫を一カ所に集中させるという危険な行為だ。もちろん、国や管理局の許可なくやっている事なので、合法とは言い難い。

 だが、凶悪な犯罪者の死体ばかりが集まる離れ墓地で自らラザクを生みそれを鎮める行為は、管理局を始めとする殆どの公共機関が真似できない至難の業な上、実際にラザクの被害が減少するので、あまり厳しく取り締まられることは少ない。よほどのことをしでかさなければ、むしろ感謝されるべき集団であると言っても過言ではないのだ。

「私は、捨て子なんだ。孤島にある危険な墓場に、裸で放置されていた」

「孤島にか? 本土から隔離された墓場は、ほとんどが悪人の流刑墓地。ラザクの巣窟だぞ」

「生みの親は、私を殺すつもりだったのだろうな」

 ジュンシャは淡々と語る。

「たまたまそこを荒らしに来ていた父上に救われたのだ。ぼんやりとだが、覚えている。それなりに年齢はいってたからな。父上の話だと、私は二つか三つ程だったというのに一切の言葉を発しなかったそうだ。体には傷があって、この赤い瞳は恐怖に怯える弱者のものだったとか」

「でも、今じゃ『足あり』を倒しちまうほど強い女の子だ」

「鍛えられて当然だろう。拾われてからはリュウホウの娘として団に加わったのだからな。実戦で学なされることも多かった。厳しい指南だった。『足あり』と戦った事だって、何度もあるんだぞ」

「リュウホウといえば、逝去した管理局大総帥が、『世界で最も戦いたくない相手の一人』と公言した強者だもんな」

「ああ、自慢の父親だ」

 墓穴を掘り終えたジュンシャは、今も遠くどこかを駆け回っている父の姿を思い浮かべ、誇らしげに笑った。

 ラトはこの時、初めてジュンシャの笑顔を見た。

 図らずも、ラトはジュンシャの笑顔に女性に対する愛護欲をそそられた。

 ――可愛い顔もするんだな。

「なんだ? 何をじろじろ見ている」

「いや、別に……なんでもないさ」

「私の顔に泥でもついているのか? もしそうなら取ってくれ。ほら」

 ずいっ、と顔を近づけてくるジュンシャ。ラトは思わぬ接近に尻餅をついて「うあっ」と間抜けな声を上げてしまう。

「何をしているのだ。もっと足腰を鍛えたほうがいいぞ。ラト」

「君が、突然顔を近づけてくるからだよ。ジュンシャ」

 よく見るとまだ幼いジュンシャの顔立ち。体格が良いのでついつい年齢を上に見てしまうが、大きな瞳と張りのある肌、白色ではあるが程よく潤った唇が、女として熟れる直前の、若さという秘薬を匂わせている。

 事実、彼女の体からはほんのりと甘い香りが漂っていた。香水の匂いではない。黒衣の上からでもしっかりと感じ取れる、女の色香だった。

 近づけば近づくほど漂うジュンシャの香り。

 墓だらけの場所、みな同じような格好をした者ばかりが集う場所だというのに、なぜだかラトにはジュンシャが輝いて見えた。

「さあ、あとは夜力の印法で即席の錠前を描けば完成だ」

 ラザクの亡骸を墓穴に埋め、石材を乗せ、組み立て、手掘りの墓穴はすぐに完成した。

 ジュンシャは手慣れた様子で墓石に夜力を込め、古典呪文を唱え始めた。

 見習いなら誰もが使える『施錠』の印法だ。

 ラトたち墓守(見習い)は、洗礼印を受けることによって『夜力』という特殊な霊術を身につける。

 だが、中にはジュンシャのように幼い頃から夜力に触れることで早く覚えてしまう子供もいる。リュウホウの指南があったというなら、かなり早い段階で夜力を扱えたはずだ。

「ま、墓荒らしじゃ使えて当然か」

「これでも夜力の扱いには自信があるんだ。特に施錠と解錠に関してはな」

 珍しく、ジュンシャが自分の能力を得意げに語った。

 それもあって、ラトはなかなか言い出せない。


 ――自分が、墓守には数少ない『墓鍵師』であることを。


 だがラザクの埋葬で墓鍵師が能力を出し惜しむことなど許されることでない。

 施錠の印法について自信ありげなジュンシャに対し、ラトは自分の能力を明かすことにした。

「ジュンシャ、ちょっといいか?」

「なんだ? まだ施錠は終わっていないぞ?」

「ジュンシャが打ってる錠印、それって共通錠だろ? 精度は高いけど仕組みとしては単調だ」

「そうだが、応急処置だ。仕方ないだろう。夜力の印法で打てる錠法はこれだけなのだから。さすがにこの時間に墓鍵屋は開いてないだろうし、もし開いてたとしても私たちの手持ちで払える仕事内容ではないと思うが」

 教本にも書いてある通り、ラザクの埋葬の際はできるだけ元の墓錠から遠い形式の錠を打ったほうがよい。

 もちろん、差し込み式の金属錠よりも複雑な仕組みでできている墓石の製錠は、難解な術式と専門知識を理解し、管理局から許可を得たプロの墓鍵師でなければ不可能である。

「もっとしっかりとした錠を刻んでやりたいんだ。二度と墓から這い上がらないように」

「気持ちは分かるが、まず無理だ。私の印法では共通錠しか刻めない。これでも墓守にしてはかなり頑丈な錠を作れるほうだと自負している」

「わかってるよ。だから俺が『まっとうな方法』でやるんだ」

「まっとうな方法?」

 あのジュンシャも、思わず目を丸くしてラトを見る。

 ラトは、首から提げていた鉄製の拷問錠を彼女の目の前に掲げた。

 大きな鎖に繋がれた、不気味な仕掛け錠だ。

 これぞ墓鍵師としての能力の証。

「それは……ナズルの拷問錠! ラト、君はまさか……」

「そうだ。俺は『墓鍵師』なんだ。ナズル錠の使い手としては史上最年少なんだぜ?」

 ふふんと鼻を鳴らし、「ここはプロに任せろ」と言い放ってやる。ラトはジュンシャから墓石の前を奪い取った。

 ジュンシャは呆気にとられた様子で、ラトの首から下がる巨大な鎖錠を見つめている。

「ペメルンで使われている専門錠は、全部で四つ。チャチャラ一式、ソウズ十七式、ベベリット四号、それから、ナズル一級拷問錠。まあ最後のは国家指定墓石にしか使われていない例外だな。よほどの大物でない限り、チャチャラとベベリットのどちらかだ」

 ラトは、ジュンシャの二倍の早さで、ジュンシャが描いた仮の施錠印を解除していく。

「形式を四手以上遠くすれば、死戒虫は鍵穴を見つけられない。それどころか、夜力をすり抜ける事すらできないだろう」

「では、このラザクは……」

「ああ。今度こそ安心して眠ることができるよ。もう外に這い出ることはないだろう」

 そのとき、ジュンシャの心が大きく揺れた。そうわかった。

 ジュンシャの瞳にこれまでになかった光が宿ったことと、安堵の息がかすかに漏れ出たことを、ラトは見逃さなかった。

 ラザクを倒した張本人。一般人の言葉を用いるのなら「同類殺し」。

 自らその役目を買って出た彼女は、とどめを刺した時に冷徹な目でラトの心を遠ざけた。

 墓守の、あるべき姿である。と、現職の墓守は言うだろう。それが墓守の目だと。

 だが、その目が本当にジュンシャの目であるかどうかを、ラトは見抜いていたのだ。

「ジュンシャ、そんなに無理する事はないと思うぞ」

「何のことだ?」

 思いがけない言葉に、ジュンシャは咄嗟に目を逸らす。

「本当は、ラザクに対して多大な敬意を払っているんだろう? 俺が唱えた『墓守の祈り』は、元は墓荒らしたちが始めた儀式だと聞く」

「よく知っているな。博識だ」

「そんな知識より、墓を掘っている時の君の表情ひとつ見れば分かるさ」

「う……」

 ジュンシャは顔を赤らめて、どこか気恥ずかしそうにラトから目をそらした。

 そうなのだ。ジュンシャは元・墓荒らし。しかもあのリュウホウの娘だ。死者やラザクに多大な敬意を払う、慈愛に満ちた良き心を持つのが墓荒らしの伝統。それを受け継いでいないはずがない。

 ジュンシャは、自分が墓守になるという決意のあまり、性に合わない思考を無理矢理保っていたのだ。

「ラザクに経緯を抱くといのは、一般的ではない。特に墓守を目指す者にとっては……」

「いいと思うよ」

 ラトはジュンシャの弁明を最後まで聞かず、自分の意見を述べた。

 墓鍵師として。

 それから、ジュンシャと同じ墓守見習いとして。

「俺たちが憎むべきはラザクではなく死戒虫のほうだ。特に『足あり』は俺たちと同じ服を着ていた、言わば管理局の先輩たち。その先輩たちに経緯を払うのは何もおかしなことじゃない。この世界の夜の仕組みを理解している何よりの証拠だ」

 ジュンシャはハっとラトを見上げて、また俯いた。

 一瞬ではあったが、まるで小さな子供のように瞳を揺らせていたのをラトは見逃さなかった。

「ついこの間までは墓荒らしとして、情を持って戦いに挑んでいた。だが、その黒衣を纏ったら君はもう墓荒らしじゃない。連盟と管理局から洗礼を受け、いわば仕事として効率と効果を同時に求められる戦闘のプロだ」

「墓守は、戦闘だけではない」

「知ってるよ。でも結局のところ現職の墓守たちはみんな言うじゃないか。『戦闘屋』だと」

 ジュンシャは否定しなかった。

 彼女の顔付きがどんどん変わっていく。ラザクを斬り付けた時とはまるで違う、優しさや人の情というものが滲み出てくる。

「俺を囮として使ったけど、君は、本当はすぐにでも飛び出していきたかったはず」

「……そうだ」

「だが、いくらジュンシャでも、単独で『足あり』と戦うことはそうそうないはず。だから、確実に勝てるように戦術を優先させた。これは、君がきちんと割切って考えているということ。感情だけじゃ人とラザクは救えない。俺は、そういう人間が好きだ」

「す、好きだなんて……出会ったばかりそのようなことを言われても困る」

「い、いや、そういう意味で言ったんじゃなくて……」

 これから入学する見習いなのに、墓守として仕事にあたる心構えと実際の行動が伴っている。それを評価しただけなのだが、なぜかジュンシャは「好き」という言葉に反応して頬を朱に染めている。それにつられて、ラトの体温も次第に上昇していった。

「ともかく! だね、ジュンシャ」

「あ、ああっ! なんだ、ラト」

 ぎこちないながら、二人は何とか話の流れを元に戻した。

「俺はどちらかというと、戦闘能力よりこの『墓鍵師』としての力を活かしたいんだ。そういう墓守……いや、いつかは執行者になりたい。そう思っているんだよ」

「墓鍵師としての力……」

「戦いは、君のように優れた墓守が担当すればいいんだ。そうだろう?」

 ジュンシャの顔が、みるみるうちに綻んでいく。

 それは、自分が「優れた墓守」と言われたからか。

 それとも……ラト・スイセンという男がそこらの腕自慢とは違う、尊敬に値する志を持っているという事実を知ったからか。

 おそらくは両方だろうが、後者のほうがやや強いだろう。そうでなければ、ジュンシャはあんな風に目を輝かせたりしないだろうから。

「これでよし……と。頑丈な鍵が完成したぞ。破れるもんなら破ってみろ」

 おしゃべりをしている間に、ラトはこの地では使われていない形式の施錠印を完成させた。その出来映えを見て、ジュンシャも感嘆の声を上げる。

「まさかこれほどの腕があるとは……ラト、君は本当にナズルの墓鍵師なのだな」

「ああ。『仕事』が出来て良かった。これでこの人も安心して眠れるだろうよ」

 ラトはジュンシャに微笑みかけ、「良かったな。ジュンシャ」と、ジュンシャの頭をぽんと叩いた。

 が、ジュンシャは、どういうわけか顔を真っ赤に染めている。

「ラト。その、一つ提案があるのだが……」

「うん?」

 どうしたのか、ジュンシャはその場で固まり、言いづらそうに体をくねらせている。

 そして、ついにその言葉を口にした。

「私とフーラにならないか?」

「フーラ?」

「そうだ。フーラだ」

「今から?」

「い……今から」

「まだ入学もしてないのに?」

「だ、ダメか?」

 フーラ――墓守が特定の異性一人と組み、隊の編成などにおいて必ず一緒に置かれるという一蓮托生の相手。その契約方法は様々だが、血書は必ず必要になるので、安易にフーラ契約・および解消は行えるものではない。

「いきなり言われても……」

「もちろん自分が何を言っているのかはわかっている。すまない。だが、私はラトと組みたいのだ。もちろん、より強い相手と組むようにと父上から言われてはいるが……私はラトのように優しい心の持ち主と組みたい。墓鍵師がフーラなら、私だってもっとラザクにしてやれることが増えるかもしれない。そう思った」

「ジュンシャ……」

 更に付け加えると、男女関係なく組めるバディとは違って、フーラは互いの情報と価値観を共有する義務があるので、ただ契約だけというわけにはいかない。

 墓守や執行者たちは、自分のフーラと結婚し、子を授かる者が多い。

 つまり、本職の墓守たちにとって、フーラの契りはほぼ『婚約』に近いのである。

 ラザクと戦う者はいつか足ありラザクになる。墓守は後継者を自分より強い墓守に育てる必要がある。その概念から墓守は、責任を負うという意味でフーラ同士の結婚を望まれる。

 もちろん強制ではないので、フーラを持ちながら他の相手と結婚をすることも可能だが、ほとんどの墓守は結婚相手が見つかるとフーラを解消する。

 そう簡単に「よろしく」なんて言えるような関係ではないのだが……。

 困惑しながらも、ラトはジュンシャの顔を見た。

 彼女の目は真剣だ。

「……わかった」

 その目を見て、ラトはついに決意する。

「俺で良ければ、フーラの契約を結ぼう。そして、二人で墓守になろうじゃないか」

「本当か?」

「ああ。先のことまでは予測できないけど、俺もジュンシャと一緒に成長したいから」

「なんだ? 私は先のことまで考えているぞ?」

「……え?」

 ラトは思わず間抜けな声を上げ、小首をかしげているジュンシャを振り返った。

 先のことって、いったいどういう意味だ?

「だから、結婚するのだろう? フーラは」

 妙に達成感に満ちた表情でとんっ、と身を寄せて腕を回してくるジュンシャ。さっきと表情も口調も変わっていないのに、なぜか体を密着させてくる。いったいどこをどう間違えば、ラトとジュンシャの結婚話に事が進むんだろう。

(なんだなんだこの女は!? 結婚!? 何を言ってやがる。いやその前に、どうしてこうも簡単に体を触れさせられるんだ)

 それはただ単に育ってきた環境の違いなのだろうが、頭に血が上っているラトはそこまで冷静に考えることができない。胸が当たって、ジュンシャの体は見た目よりもずいぶんと柔らかいことを認識させられ、色々な意味でマトモに立っていられなくなった。

「どうした? 何をそんなに慌てているんだ?」

「だって、フーラになるからってなんでいきなりこんな……」

「家族には皆こうしていたぞ? 心を許した相手には体の全部で触れるのだ」

「俺とジュンシャは家族じゃないだろう」

「フーラなら家族も同然だ。墓守の見習いと同時に、夫婦の見習いも始めるようなものだ」

「いやいやいや! ちょっと待ってくれよ。別に強制じゃないんだぞ?」

「なにがだ?」

「フーラが結婚するっていう仕来りだよ。確かに、そういう話は多いけど、フーラってのは相棒みたいなもんだ。だからその、今ケッコンとかどうとか考える必要ないんだって」

「そうか。ラトがそういうのなら私はかまわないが……私はそれも視野に入っているということを覚えておいて欲しい」

 本当かよ。ラトは突っ込みたかったが、悪気も冗談も混じっていないジュンシャの顔を見て、これ以上話がこじれるのは面倒だと感じた為にあえて何も言わなかった。

「父上はこうも言っていた。『お前がフーラになりたいと思った奴は良い人に違いないから、結婚の相手として考えろ』と」

「親の言うことを何でも聞けばいいっていうもんじゃないぞ。ジュンシャ」

「私の気持ちも含まれているから良いのだよ」

 埋葬を終え、二人はペメルン七番街をあとにした。

 目指すは大墓山の頂上・国営ペメルン墓守養成学校。

 世界各地から選ばれた各部門のスペシャリストが集う、この世でもっとも死に近い場所だ。

 何が起こるか予測不可能ではあるが、いきなり友達……を大きく通り越してフーラができたので、当面の間は退屈しないで済みそうである。

 ラトの隣で絶えずおしゃべりをしている銀髪の少女。彼女に命を救われ、これから足を踏み入れる世界がどれほど過酷なものなのか思い知らされた。

 逆手一文字。あのリュウホウの一人娘・ジュンシャ。

 人の出会いとは、思いもよらないところで巡ってくるものだ。と、ラトは小さくため息をついた。

「ラト、歳はいくつだ?」

「十五歳。現役入学だよ」

「そうか。私と同じだ」

「えっ?」

「何を驚く。私は一般教育は受けてはいないが、年齢的には現役生と一緒だぞ?」

「ジュンシャって、見た目以上に若いんだな」

「どういう意味だ? 我がフーラよ」

「二つか三つ年上だと思ってた」

「気にしているのに。ラトはひどい男だな」

「いや、体大きいし、ね?」

「それも気にしている! もう知らん! 私は先に行くからなッ」

「いてっ!? なんだよ! 蹴ることないだろう?」

 これから進む険しい道のりには、多くの困難が待ち受けているというのに。

「待てよ、ジュンシャ。フーラに危機が迫っても、何もせず見過ごすっていうのかよ?」

 二人は随分と呑気に、ペメルンの大墓山を上るのであった。

「見過ごすわけないだろう。フーラは一蓮托生、命を共有する間柄だ」

「ジュンシャって、案外素直なんだな」

「す、素直で何が悪いのだ……」

「まあ、先は長いんだ。仲良く行こうぜ。ジュンシャ」

「それもそうだな、ラト」

 まだまだ若いフーラの肩は並んでいるが、男女という性の違いを除けばそれは当然。

 二人は、新たな道を同じ位置から、歩き出すのだから。

 



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