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沙羅夢幻想~ さらむげんそう ~  作者: 梨藍
地上編 第十章【激戦Ⅲ】~ 逆鱗と哀惜 ~
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「お前は瑞智 由貴か?それとも、この世に仇なす者か?」


槃に剣を向けられて、そう問いただされている由貴は、返り血を浴びて真っ赤に染まっている。


緋岐は、上手く力が入らない足を叱咤して、ふらつきながらも何とか立ち上がった。


『えー!?何だよ、槃ちゃんおっかないんだけど!!』


いつもなら、そう、直ぐに返して来るはずだ。だけど、そこにあるのは不気味な沈黙で。


「ま、お前が仇なす者なら、俺は問答無用に切るけどな?親友だろうがなんだろうが関係ねえよ」


言いながら、槃は自分の破魔武具 焔黎(えんれい)を構える。薄っすらと笑みを浮かべているものの、遠目から見ても判るくらい緊張しているのが伝わって来た。


ゆったりと、由貴が顔を上げれば、そこには表情が抜け落ちた虚無しかなくて……対峙する形となった槃の頭で警鐘が鳴る。


……コレは、危険だと。


(ダメだ!……そうじゃ、ないだろうッ)


緋岐は、焦燥感に駆られていた。


『ひい兄ちゃん!!』


今も昔も変わらない、幼馴染としての由貴の毒気を抜かれるような笑顔を思い出す。


同時に、紗貴の言葉が脳裏を過ぎった。


『日常のね、象徴なのよ。この子達……』


思い返すのは、中学一年生の時のこと。

まだ日中は蒸し暑いものの、夕方になると肌寒くなる、そんな夏の終わりのある日。

ひぐらしがその日も夕焼け空に夏を惜しむ様に鳴いていた。


緋岐、将、蘭子、そして緋岐の双子の兄の4人は、揃って瑞智家に夏休みの課題を終わらせるために訪れていた。部屋の主である紗貴が中々戻って来ないことを不審に思った4人が階下に降りると、縁側でしゃがみこんで居る紗貴の背中が見えて。


『瑞智?』


まだ、その頃はお互い苗字呼びで……緋岐の呼ぶ声に振り返った紗貴は、しーっという風に人差し指を口に当てて微笑んでいた。


そっと近寄れば、由貴と敦が額と額を突き合わせて、子犬の様に丸まって寝ていて。


『何かね、祓師の仕事が終わって、この子達の無邪気なこういう姿見ると、“あー、帰ってきたんだな”って……世界もまだまだ捨てたもんじゃないんだな……って、思えるの』


祓師として対峙するのは、主に人の抱える闇の部分。だからこそ、屈託のないこの2人の少年こそが、守るべき存在であると同時に、“日常の象徴”なのだと紗貴は笑って言っていた。


そんな昔の事を思い出した瞬間、緋岐は何故かイラッとした。


(由貴の癖に……)


「シリアス気取るな!!お前にシリアスは、1万年早いんだよ!!!」


言うなり駆け出すと、何とその勢いのまま由貴の左頬を思いっきり殴り飛ばしたではないか。


「ちょっ!?緋岐先パイ!!?何暴走してんだよ!!もう、暴走兄妹って呼ぶぞ!!」


抗議の声を上げたのは、槃だ。構えた剣先はもぬけの殻になってしまっている。


「うるさい、ちょっと黙って落ち着け!!そして、翠琉とお揃いなら願ったりだ!」

「先パイが落ち着けよ!!」


何ともテンポの良い会話である。

先程まで場を支配していた緊張感が、嘘のように霧散した。


遠慮なく由貴の前で仁王立ちになると、緋岐は更に続ける。


「いいか!!お前の取り柄なんて、馬鹿と、明るさと、バカと、前向きさと、馬鹿正直な所なんだなんだよ!!」


「馬鹿が3回入った……」


槃のツッコミはこの際スルーだ。


「お前は誰だ、だって?瑞智由貴以外のなんだっていうんだ!お前は、南条高等学校剣道部所属の瑞智由貴、それ以上でも以下でもない!!」


緋岐の、その言葉に、それまで由貴を象っていた不気味なものも消え去った。ポカンと呆けているのは、いつもの由貴だ。


気付いているのかいないのか、緋岐が続ける。


「サイン、コサイン」

「タンスープ」

「よし!」


槃は、何とも小気味良いやり取りに思わず頷きかかるが、「いやそれタンジェント!!」とすかさずツッコミを入れる。


が、それを全く意に介さず更に緋岐は問う。


「円周率は!?」

「チョコクッキー」

「よし!」


大仰に頷く緋岐に、槃はめげずに「パイだよ!!チョコクッキーは由貴が好きなお菓子だろ!!!」と言葉を返す。


「って、緋岐先輩痛いんだけど!?味方だよな!?」


正気に戻ったらしい由貴が左頬を擦りながら言えば、緋岐は嘆息しながら言い切った。


「お前が悪い」

「それには、全面的に同意する」


すかさず槃も手を上げると、今更ながらに自分の手が震えていることに気が付いて、内心苦笑を零した。


(情けねえな……あの由貴が怖かったとか……)


そして、改めて緋岐の凄さを実感していた。


(あの圧迫感の中で動けるとか……やっぱり緋岐先パイには敵わないな)


殺意でもない、闘志でもない……敢えて言葉にするのなら、純粋な“死”を予感させる重圧とでも言おうか。


一歩でも動いた瞬間、命を狩られる……そんな恐怖に苛まれたのだ。


(由貴のクセに……)


思い出してムカッとした槃は、とりあえず腹いせに由貴の頭を一発叩く。


「槃ちゃんまで!!酷い!!!俺の脳サイボーグが今死滅したぞ!!!」

「サイボーグじゃねえし!!脳細胞だし!!」


由貴が涙目で自分のつむじを擦りながら抗議を声を上げた。それに槃がすかさずツッコミを入れるのを見て、緋岐はため息を吐く。


「死滅してもしなくても、大差ないだろ」


それは、軽口を叩く事が出来ることへの安堵のため息でもあった。


(良かった……何とかなって)


緋岐も、何も感じなかったわけではない。頭の中で警鐘は鳴っていたのだ。

これは危険だと、逃げなければ命はないと、本能が訴えていた。

だが、それよりも何よりも勝ったのは怒りだった。


それは、由貴に対してではなく、ましてや槃に対してでもない。

目に見えない、“由貴”を消し去ろうとする“何か”に対するものだ。


「璃庵、悪いな。そのまま翠琉を頼む」

「御意」


翠琉を抱きあげた状態で緋岐の後ろに控えていた璃庵は、静かに頷く。


「なあ、何で翠琉は暴走したんだ?」


由貴がはた、と不思議そうに問う。

出会ってから、まだそんなに一緒に居るわけではない。それでも、翠琉が異常に人に気を遣っているのは判った。

そして、人が傷付くことを極端に恐れる。それこそ、助ける為ならば手段を選ばない事は、紗貴の一件で痛いほど実感している。

ここに乗り込んだのだって、瑞智桜を奪還する為だ。


「そうだ!!母さんッ……」

「桜さんが先だ。ここまで来たら、全部話すから……」


言うなり由貴と緋岐が駆け出した。

それを見送ってから、槃は改めて璃庵を見る。そして、自分右肩上をクイッと指した。


「アンタ、見えてんだろ?コイツが……危険な存在じゃなさそうだから、放ってるけど……落ち着いたら色々、アンタにも吐いてもらうぜ?」


警戒心を隠さずにそう言い放っても、璃庵はただ微笑みを浮かべるだけだ。


「主様のお許しを頂ければ、全て私も話しましょう」


そんな璃庵に胡乱気な眼差しを向けると、吐き捨てるように言う。


「食えないヤツ。俺は、アンタみたいなのが一番苦手なんだよ」

「私は、貴方の事を信用いたします。……かの方がお認めになられたようですので」


槃の態度など歯牙にかけず、笑みを槃の右肩上に向けたまま、璃庵はそう応えたのだった。



※※※※※


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