⑧
「あいすまぬ。確かに、お主は韋駄天ではあり得ぬわ」
小馬鹿にしたように那羅延金剛が言えば、同調するように密迹金剛も続ける。
「ほんにのう!!このような脆弱なものが韋駄天であるわけがない」
だがしかし、そんな伐折羅の会話も気にならないくらい、緋岐はとにかく必死だった。
(翠琉が残してくれたヒントを、絶対に無駄にはしない……)
もどかしくて仕方がない。
何を、どうすればいいのかは判る。だが、自分の想いに力量が付いてこないのだ。
『あいつがッ……とと様を……』
翠琉が呟いた言葉が脳裏を過る。
恐らく……予測でしかないが、翠琉の目の前で、この伐折羅に父親は殺された。
父親に関する記憶は一切ない。それでも……
(ここで、仕留める)
霞幻刹劫真具は、陰陽五行の理に倣い作られた武具で、十の型に変化させることが出来る。
更に、その変化の過程によっては使用者への負担が増すこともあれば、威力を倍増させることも可能という、とても扱いが難しい武具である。
しかも、相手は仮にも十二神将……神の名を頂く高位次元の存在だ。狙うのは、正しく循環させることで強い威力を誇る相生の変換から、威力を倍増させる比和による転換。
方法も、手段も判るのに、事実上格上の相手二人の相手をしながら、武器を転換していくのは至難の業で。
避けて、受け止めながら、反撃する。
一つでも転換の順を間違えれば、自分に大きな負荷が掛かる。
『緋岐先輩、かっけー!!!』
何でか、こんな時に浮かぶのは、いつの間にか「ひい兄ちゃん」から「緋岐先輩」に呼び方を変えてしまった弟分の能天気な声で。
(カッコ悪いとこ、見せられないからなッ)
気合を入れなおして、どんどん転換していく。
―― 何度、繰り返し転換していっただろうか……
ついに、その時が来た。
「漆之型 丙 劫燼扇!……比和!!捌之型 丁 燎嚇旋!」
それまで、防戦一方だった緋岐が、攻撃に打って出た。
格下だと侮っている那羅延金剛と密迹金剛は、最後の悪あがきをと嘲り笑う。
「ようやっと、自身の力量を思い知ったか」
「最後の足掻き……韋駄天とて、一度輪廻に還れば、只の人の子というわけか」
馬鹿にされようと、格下と見下されようと構わない。寧ろ、それこそが好機と緋岐は一気に攻め入った。
(確かに俺は、只の人だ……だけど、だからこそ手に入れた力があるッ!!)
「煉獄の扉開きて誘うは裁断の階。我が謳いを火鑽りとし斎火を招かん。招来焔炎!!」
(これは、俺が、破魔の血筋に生まれたからこそ手に入れた力だ)
緋岐の呪詠唱に呼応するかのように、両刃の切っ先が炎を纏う。と同時に、那羅延金剛と密迹金剛へと寸分の狂いもなく投げうった。
完全に油断していた那羅延金剛と密迹金剛は、同時に目を見開く。
「其の煌めきを以って焼き尽くせッ!!!」
その瞬間、耳を塞ぎたくなるような断末魔を上げながら、那羅延金剛と密迹金剛は灰も残さず……怨気を発することなく、完全に燃やし尽くされたのだった。
「……ッ……」
極度の緊張を強いられていた緋岐は、その場にドサッと崩れ落ちる。まるで、長距離走をした後のように息が上がっており、心臓が苦しい。
(良かったッ……)
手の中に戻って来て、ブーメランの様な武器に変容している霞幻刹劫真具に目をやる。この燎嚇旋とは、火属性を持つ武器なのだが、威力を倍増する比和での転換でのみ、両刃の飛び武器としての役割も果たす。
伐折羅は、決して双子神ではなかったのだ。
それは、翠琉が残したヒント。
密迹金剛が真っ二つに切断された時、実は那羅延金剛の姿が一瞬見えなくなった。そして、密迹金剛の左半身が那羅延金剛として、右半身が密迹金剛として立ち上がったのを、緋岐は視線の片隅で見た。
つまり、伐折羅とは一つの魂、一つの力をふたつに敢えて分けることで、どちらが一方が致命傷を負わされても死なない様な存在となっていたのだ。
だからこそ、那羅延金剛と密迹金剛を同時に倒す必要があった。それこそ、何があっても再生できないよう、完膚なきまでに叩きのめす……燃やし尽くす必要があったのだ。
(これくらいのことで、情けないな……)
自嘲の笑みが思わず浮かぶ。そんな緋岐の視線が捉えたのは、まさかの光景だった。
思わず、目を見開く。
「神々廻の選定者として問う。お前は誰だ……」
槃が、由貴に剣先を突きつけていたのだ。
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