④
「ヤバい!!崩れるぞ!!!」
焦る槃の言葉と共に、衝撃に耐え切れなかった洞が悲鳴を上げた。
由貴と緋岐が弾かれるように振り返れば、蘭子の処置により意識を取り戻した蕎と周は何とか自力で立ち上がることが出来ている。
「姉ちゃんッ!!!」
由貴が振動に身体を揺さぶられながらも紗貴に駆け寄る。
「心配するな。紗貴は、私が必ず助ける!!」
そう、確固たる決意を持ち言い放つ。その蘭子の声を聞いて、やっと自分を取り戻せたのが緋岐だ。
どうやって息をしていたのかも判らない。
それくらい、息を詰めていたようだ。
(楼条院は、嘘を吐かない)
いつも憎まれ口を叩き合う仲ではあるが、互いに全幅の信頼を寄せている友人の1人でもあるのだ。
だからこそ、緋岐はやっと息をする事が出来た。
(もう、喪わない。奪わせない)
そして、迷わず歩み寄ったのは翠琉の傍だ。もう、泣き止んでいるものの、その瞳からは生気が失せており、何も映してはいないようだった。
守るように、その大きな体躯で翠琉を囲っていた璃庵が緋岐に気が付くと、一度だけ労わる様に翠琉の額に自分の額を押し当ててから、ゆっくり立ち上がる。
「璃庵、ありがとう」
(滅相もございません)
緋岐に応えながら、璃庵はそっと翠琉の隣を譲った。
「……翠琉……」
気遣わしげに名前を呼べば、ユラリと生気のない人形のように立ち上がる。
「すみません。お見苦しいところを、お見せしました」
その声には色が全くなくて。
だけど、かける言葉も見つからない。戸惑う緋岐を他所に、ゆっくりとした足取りで将達の元へ行く。
緋岐は、何と言えば良いのか、どう言葉をかけるべきなのか判らなくて。
「……紗貴さん達を、正宗さんの隠れ家に送り返しますので、治療を……由貴、私達はこのまま桜さん奪還に向かう」
その声には、有無を言わせぬ強さがあり、誰一人反論出来ない。その手の中にあるのは翠琉の真承武具 八咫鏡だ。
「迢遥千里 逍遥万里。法則から外れよ。秩序から逸脱せよ。往還、此処に接岸せよ」
翠琉の呪詠唱が終わると共に、八咫鏡から眩いばかりの光が溢れる。壁に向かって放たれた光は、人がゆうに三人通れる程の穴になった。その先に広がる景色は今朝まで居た、あの正宗の隠れ家だ。
周はレノスの背に、紗貴はマリスの背にそれぞれ乗せられ、将に支えられるようにして何とか歩く蕎を先頭に進む。
誰も、何も話さない。息苦しい沈黙の中、洞窟の崩壊が始まった。パラパラと欠片が剥がれ落ち出したのだ。
殿を務める蘭子が、道が塞がる前にくるりと振り返り徐に口を開いた。
「必ず、帰って来い!いいな!!」
それは、誰に向けての言葉だったのか。
道が閉ざされた瞬間、再度翠琉が呪詠唱を始める。その顔には感情が一つも宿っていない。
「……時間が無い。行くぞ」
同じ様なゲートが再度開く。
「んじゃまあ!殴り込みと行きますか!!」
暗澹とした空気を振り切るように、わざと明るくそう言い放ち、先陣を切ったのは槃だ。そんな槃に、何やら気が付いたらしい由貴がハッとなると、今更な疑問を口にしながら追い掛ける。
「ちょっと槃ちゃん!!なんでココにいるんだよ!?それに、何その格好、カッコいいな!!!」
「お前、反応遅いな!!?」
そんな、由貴と槃の賑やかなやり取りが、場の緊張を少しだけ解いた。その後には璃庵が静かに続く。一瞬だけ立ち止まり、翠琉の隣で未だにどう声を掛けたものか狼狽している緋岐に軽く目礼する。
(御心のままに……)
視線に込められた想いを正確に受け取った緋岐は、躊躇いがちに翠琉の肩を抱き寄せた。
「翠琉、独りじゃないから……独りには、絶対にさせないから……一緒に行こう……」
だが、翠琉は無反応で。
『あの子、死ぬ気だね』
昨夜告げられた蘭子の言葉が脳裏を過ぎる。
(死なせない!絶対にッ……白銀、確かに受け取ったからッ……)
胸中で決意を新たに、何の抵抗もない翠琉の痩身を抱き寄せて、降り掛かる岩の破片から翠琉を守るようにしながら、神路山を後にした。
道が完全に閉じられた瞬間、神路山の洞は、轟音と共に崩落したのだった。
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