①
時は、由貴が羅刹天の手から紗貴を奪還した所まで遡る。
「姉ちゃんしっかり!!」
紗貴を取り戻した由貴は焦っていた。
守衣は真っ赤に染まっているのに、既に何も無かったかのように斬られた形跡は跡形もなく消え去っている。
だが、ポタリ、ポタリと由貴の手を濡らす生暖かいヌルリとした血の感触が、紗貴の命が奪われている事を伝えているようで。
「アンタ、バッカじゃないの!!?」
しかし、そんな傷を負っているとは微塵も感じさせない紗貴の叱責が由貴に下された。
バツが悪そうに口をそぼめて由貴は拗ねたように言い訳をボソボソと言う。
「そりゃあ、髪は女の人の命とか言うけど……あれ??歯だっけ???」
しかし、これまた見当違いもいい所で。
「アンタ、ホントに救いようのないバカね。無理するなって言ってるの!!私のことは、捨ておきなさい!!!」
「はあ!!?それこそ、姉ちゃんバカじゃねえの!?んなの無理に決まってるじゃんか!!!」
しかし、姉弟喧嘩はそこまでだった。
「!!???ちッ!!!」
いち早く気が付いた由貴が片手で十掬剣を構える。
その瞬間、ガキンと金属と金属がぶつかり合う音が辺りに響いた。
左手でしっかり、姉の命を繋ぎ止めるように抱き寄せたまま、右手に握った十掬剣で羅刹天の攻撃を防いだのだ。
「こん、ちく、しょー!!!」
由貴は、そんな掛け声と共に渾身の力を込めると、羅刹天を押し返した。
驚いたのは紗貴だ。
(今の……身体強化……)
驚くのが当たり前だろう。一昨日まで、破魔やら呪術やらと無縁の生活を送ってきたのだ。ましては、呪詠唱も省略しての荒業だ。
(これが、天賦の……才……)
判っている、だから隠していたのだ。それでも、これが幾重にも封印が施されている力のほんの一端だというのだから、驚かざるをえない。
「姉ちゃん、ちょっとここで待っててくれな?」
言いながらも、視線は羅刹天に向けたまま、なるべく紗貴に衝撃を与えないよう細心の注意を払いながら、手頃な岩に寄り掛かるような態勢になるように紗貴の身体を置く。
そんな弟の優しさから来る無意識の気遣いが嬉しくもあり、負傷したが故に足手まといになっている事が心底歯がゆい。
背中が焼けるように熱く、意識は朦朧としているのだが、姉として……また祓師の先輩としての矜恃が情けない姿を見せることを是としない。
大きく深呼吸をしてから、声を掛ける。
「負けたら、承知しないからね?私の事は気にせず、思いっきりいきなさい!!」
その声に背を押されるように、由貴は羅刹天目掛けて駆け出した。
由貴の猛攻に押されながら、羅刹天は薄ら笑みを浮かべる。
「……流石、剣鬼といったところか……」
「現金だか、元気だか知らないけどなあ!俺は!!俺なんだよ!!!」
(なっ!!?)
一度目、剣を交えた時は油断していた。まだ目覚めて間もない、状況も把握出来ていない赤子同然の相手に負けるわけが無いという慢心が招いた敗北だった。
二度、同じ過ちを犯すほど愚かではない。ただ、由貴がここに来て急成長を遂げているのだ。
激しい攻防が続く中、由貴が大きく一閃し、羅刹天が大きく後ろに飛び退いたその時、轟音が洞内に響き渡ると同時に、陽の光が射し込む。
更に時同じくして、羅刹天の肩越しに見える神剣 天定をその身に封じたまま眠っている覇神 由隆へ手を伸ばす人影が見えた。
(戒都さんや、父さんの想い……無駄にしてたまるかってんだ!!)
「させるか……梵天!!!」
バッと一気に詰め寄り渾身の一撃を放つ。が、奇しくも態勢を整えた羅刹天に防がれてしまった。
……ズルリ……
梵天の手により、神剣天定が抜き取られると同時に、覇神由隆も天定も砂のようにその場から消え失せた。
だが、同時に由貴も、羅刹天も……梵天すらも予想だにしていないことが起こった。
斬り込んだ由貴の隣を陰が走り抜け、そして……
「覚悟しろ!!」
言うなり、梵天に緋岐が一矢報いたのだ。
初めて、梵天に攻撃が届いた瞬間だった。
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