③
「緋岐くん?」
帰ってきたら、いきなり顔を真っ青にしてその場に立ち呆けていた緋岐が眼前に現れた。
その、常ならぬ状態の緋岐の様子を見て、紗貴は茫然とする。
「……っ……紗貴。俺は……俺はっ……!!」
言いながら、まるで縋るように緋岐は紗貴をかき抱く。いきなり抱き締められた紗貴には、何がなんだか判るわけがない。
「ちょと、緋岐くん?」
抱き締められたまま相手の名前を呼ぶが、反応はなく。
「こんなっ……、こんな、つもりじゃ……」
何か思いつめた様子の緋岐を見て紗貴は何も言えなくなってしまい、そっと抱き返した。そして、遠慮がちにそっと問いかける。
「やっぱり、由貴が拾って来た子と関係あるの?」
一目見たら、誰でも思うだろう。
それほどまでに、二人の顔は似ていた。
気付かないのは由貴くらいだろう。
そして、外見だけではない。
緋岐の中に燻る巨大な呪力
その波動もまた、少女と同種のものだということは明白で。
長い間、緋岐を苛んでいる楔が、ここに起因するものだということに薄々ではあるが紗貴は悟っていた。紗貴は、暗にそのことを確かめたのだ。
「紗貴の考え、正しいよ。でも……まだ、もう少し待って欲しいんだ。時間をくれ……」
震えながら、でもしっかりと言う。それに応えるように紗貴は震える緋岐の身体をしっかりと抱き返した。そして、あやす様に背を撫でながら紗貴は自分の知る事実をゆっくりと話し始めた。
「あの子ね、罪人よ。目が見えていないの。それがきっと罪の代償」
「……」
無言のままの緋岐。紗貴はそれに構わず、言葉を続けようとした。
—— そのとき……
大地が大きく哭いた。
その揺れの尋常ではないことは明白で……
二人は、どちらともなく駆け出そうとした。
—— だが……
「待て」
後ろから思わぬ静止が掛かった。
「おじいちゃん?」
紗貴が、不思議そうに祖父を見た。
「いろいろ、試したいことがあるでな」
「試したいってっ……」
言い募る紗貴を手を翳して止め、正宗が言う。
「時が来た」
「まさか……」
紗貴の言わんとすることに正宗は神妙な顔のまま深く頷いた。
「坊主、お主も行かぬほうが良かろうて。わしは構わぬが、東から使いが来る。ばれてまずいのは、お主であろう?」
そんな正宗の言葉に、緋岐は硬直してしまった。緋岐の様子に溜息を吐きつつ、紗貴に向き直ると正宗は言う。
「異形のもの達……醜が暴れだす。すまぬが、街に出てもらっていいか?他のものも応援に寄越しはするが」
その言葉に紗貴は頷くと、踵を返した。
「待ってくれ!」
そう言って紗貴を止めたのは、誰でもない緋岐。
「俺も行く。足手まといには絶対ならない。それは約束する」
紗貴は返答に窮した。
気付いていないわけではない。
目の前の少年が自分と類同じくする力を有することに
—— 否、自分よりもその巨大な力を持っていることに
だが、それをひたすらに隠してきた少年の心もまた、知っていた。
殊更に紗貴には知られないよう、細心の注意を払いながら、それでも影から援助してくれていた緋岐の姿もまた然りだ。
だが、そんな紗貴の心情を知ってか知らずか、苦笑して漸く緋岐は言葉を続けた。
「もう、気付いてるんだろ?逃げることを、もう止めにしたいんだ。少しずつ、前に進みたいんだよ」
「判った。行こう」
その言葉に紗貴は頷くと、今度こそ前を向いて走り出した。
その後に緋岐が続く。
正宗は、そんな孫の姿を見送りつつこれから起こるであろう事象を慮って、再度深い溜息を付いたのだった。
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