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沙羅夢幻想~ さらむげんそう ~  作者: 梨藍
地上編 第九章【激戦Ⅱ】~ 誓願と永訣 ~
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「“転換(てんかん)()”を行うのです。良いですね……?」


はっと翠琉の身体が強張る。そんな翠琉に構わず、白銀は有無を言わさぬ強さで言い含めた。

これは、我儘だ。自身のエゴでしかない。


「生きて、ください。お願いですから……」


見守りたかった。

これからも、翠琉と共に歩みたかった。


絶対に口にしてはならない、心から願うただ1つをそっと隠して、白銀は主に……否、我が子の様に愛しい存在に優しく諭すように言う。


「大丈夫です、翠琉。貴女の周りには、もう私以外に貴女の理解者が……貴女を支えてくれる人が……共に歩んでくれる人がいる」


それは、翠琉に対しての言葉であり、また自身に言い聞かせているようでもあって。


(もう、バケモノと罵られても独り耐えねばならなかった頃とは違う)


白銀は、決して振り向かない。

それは予感ではなく確信。

振り向いて、翠琉の顔を見れば決心が鈍ってしまう。


「白銀、大丈夫だ。私は、まだ大丈夫だから」


震える声音が、尚も言い募る。それがただの虚勢……否、白銀を失いたくないという一心から来る言葉だということは、白銀自身が一番良く判っている。


身体が悲鳴を上げているのは明白だ。

このままだと翠琉の生命に危険が及ぶ。


四神(しじん)との式神契約(しきがみけいやく)に加え、神剣崇月(しんけんすうげつ)は真の使い手ではないのに“交換依存(こうかんいぞん)”という方法で、半ば無理やり契約を結んだ状態だ。代償として、視力は失われ、生命力が今も尚、延々と奪われ続けている。


常人であれば、生きているのが不思議なくらい、明らかに過負荷の状態なのだ。


更に、ここに来て大技を複数回行使している。限界が近付いていた。


縋るように背中にしがみつく小さな手をやんわりと、だがしっかりと拒絶する。


「良いですね?生きるのです……」

(生きて欲しい。今度こそ……)

(キズツケタクナイ)


翠琉と……大切な存在と敵対する未来しかないというのなら。

己が存在が禍となるいうのなら。

それは、白銀の裡に封じている存在も合意していることだ。


「お願いです。終わらせてください……貴女を傷付ける存在に、私をしないでください。私が死ねば、辺りに防ぎようがない程の怨気が充満してしまう……それを防ぐには、転換の儀しかない……判っていますね?」


言うなり、翠琉の応えを待たずに白銀は防護壁を解除すると犬型に戻り駆け出す。同じタイミングで翠琉は毘羯羅の攻撃が自身を傷付けることに構うことなくひたすら真っすぐに走り込む。


身体が裂けるのではないかという程、悲鳴を上げているが、それ以上に苦しいのが心。ただ、白銀の想いに応えるよう無心に走る。


「そんなに死にたいと言うのならば、望み通り死を贈りましょう」


毘羯羅が言うなり大きく腕を振り上げた。その瞬間 ――……


「なっ!!!お前はッ……」


犬型のまま走り込んだ白銀が人型に戻り、毘羯羅を羽交い絞めにしたのだ。


その一瞬の間が、毘羯羅にとっては致命傷となった。


翠琉はなんの躊躇いもなく、懐に飛び込む勢いで毘羯羅ともども白銀を神剣崇月で刺し貫く。生きるためではなく、白銀との約束を果たす為に。


宿命(しゅくめい)(わだち) (くつがえ)(くさび)

先行(さきゆき)(みち) (つむ)(きずな)

可惜身命(あたらしんみょう) 不惜身命(ふしゃくしんみょう)

律令(りつりょう)()って(せい)すは血の盟約(めいやく)


(嫌だ、白銀……嫌だッ……)


自分でも、声が震えるのが判る。


『白銀が、とと様だったらいいのに……』


何時だったか、思わず零したことがある。記憶にない実父よりも、常に隣にある白銀を慕うのは自然な事だった。


だけど、白銀は困ったように微笑むだけで。


(今でも、そう、思う……)


困らせてしまうくらいなら、とそれ以来翠琉が口にすることはなかった。


()盟約(めいやく)(つむ)ぎし(たま)()を、此処(ここ)(たが)えん。

(かしこ)(かしこ)みも(もう)す」


ずっと、いつも、隣にあった。

期限付きだと教わっていた。だけど、心のどこかでずっと続くと思っていた。

心の……唯一のよすがだった。


反転(はんてん)せよ。傾覆(けいふく)せよ。顛倒(てんとう)せよ。この盟約(めいやく)対価(たいか)互換(ごかん)せよッ!!! 」


最後は、悲鳴のようにただ叫ぶ。目頭が、喉の奥がツンと痛む。


呪詠唱が終わると同時に、毘羯羅は言葉もなくその場から消え失せた。

何も、遮るものが無くなった瞬間、白銀は最期の力を振り絞り、翠琉を抱き寄せた。

更に、深く刀が食い込むが、そんな事は些細な事で。


「しろ、がね……ッ……わたしッ……」


目いっぱいに溜まった涙が零れ落ちる。それを優しく指で拭って、白銀は微笑んだ。


「よく、出来ましたね……ありがとうございます、翠琉……」


色彩を取り戻した翠琉の瞳が、まず捉えたのは白銀の優しい微笑み。


「いやだッ……嫌だッ……白銀ッ……」


白銀の頬に、鱗のようなヒビが入って行く。それを止めるように、必死にしがみつく様に抱きつく翠琉を、白銀は今一度強く抱き締めた。


思い出されるのは、翠琉の幼少期。


(あんなに小さかったのに)

(アンナニオサナカッタトイウノニ)


「おおき、く……なり……ましたね……」


その時だ。空間が割れた。轟音と共に洞の一部が破壊され、陽の光が射し込む。同時に、洞全体に張られていた結界が完全に解かれた。


翠琉の頭の向こうに見えたのは、今生で翠琉にとって、唯一残った肉親。

そして、果てしなく遠い昔、共に暮らしていた仲間の姿。


(緋岐、どうか……翠琉の事を……)


翠琉と同じ、濡羽色の瞳が強い意志を持って大きく頷く。


(オマエガイルノナラバ、アンシンダ……)


一瞬だけ、真紅の瞳と視線が混じり合う。それだけで、充分だった。


「判りました……ニーズ……」


相手の口がそう囁いたように見えたのは、きっと都合のいい夢ではないはずだ。


(ああ、もう……)

(ココロノコリハ、ナイ)


……否。


出来ることなら、最後は笑顔を見たかったけれど。


(私のために、泣いてくれている)

(サイゴノサイゴマデ、キズツケテシマッタ)


それでも、エゴだと罵られても、願うことは一つだけ。


「生きなさい、翠琉……貴女と共に在れて、幸せでした……」


それが、白銀の最期の言葉となった。


「しろ、がね!!!!しろがね!!嫌だッ……しろがねーーーー!!!」


パリパリと硝子の破片のように崩れていく白銀の身体を、繋ぎ止めるように、翠琉はきつく抱きしめるが、それは何も意味をなさなくて。


崩れ落ちるように跪いた翠琉の腕の中なは、なにも残されてはいなかった。


「しろ、がね……」


茫然と翠琉が呟くのと同時に、後ろで力の奔流がうず巻く。


「梵天ッ!!!」


由貴と緋岐の鋭い声音が重なり響いたのは、その時だった。



〈第九章・了〉

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