⑤
「まだ着かないのか!!?」
急げ、急げ、急げ!!
気持ばかりが焦る。
こうしている間も、戒都さんが戦ってるッ
一分、一秒でも早くッ
誰も口を開かない。由貴達は、灯りをつける寸暇を惜しんで、感覚だけを頼りに真っ暗な鍾乳洞を全力で走っていた。
焦る気持ちは、段々苛立ちに変わっていく。
―― と、その時……
それまでとは異なる、広い空間に足を踏み入れた。
「つ、ついた、のか……?」
流石の由貴も肩で息をしながら期待を胸に呟く。
「明灯」
翠琉が呪を詠唱すると同時に、辺りを淡い光が包み込む。
そして、全員が息を呑んだ。
洞の最奥に、一人の青年が佇んでいる。
―― 否……
一振りの刀に腹部を突き立てられたまま、眠っているように見える。
「父、さん……?」
由貴がポツリと言葉を零した。
脳裏に蘇るのは戒都の言葉。
『俺は仮初の命を手に入れた。神剣は……梵天を完全に浄化することはできなかったが、半分封じることは出来た。……が、情けねえ事に、神剣の鞘を奪われちまってな。剣に封を施す為に……そして、梵天の力を封じる為に、由隆が鞘になった』
黒の法師、あるいは歴史の傍観者と呼ばれる者に、身体の時間を止めてもらい、命と引き換えに封じていると、確かに言っていた。
―― 鞘となり、今も尚、神剣をその身に梵天の御力を封じている
その封印を解き放ち、梵天ごと破壊する。
そのために来たのだ。
「由貴……」
紗貴が、由貴の肩にそっと手を置く。
『由貴、これだけは判ってくれ。由隆も、妃咲も……俺だって、お前が生まれてくるのを楽しみにしてたんだ』
不意に思い出した戒都の言葉に、由貴の涙腺が緩む。
だが、こんなところで立ち止まっている場合ではない。
そっと添えられた姉の手に励まされるように、由貴はグイッと豪快に自分の腕で目に浮かびかけた涙を、哀惜の情と共に拭い去る。
「ごめん、姉ちゃん。行こう!」
そう決意を固めて一歩踏み出しかかった時。
―― ゾクリ……
翠琉は背に感じた悪寒に素早く振り返る。
「姉様?どうしたのですか?」
(翠琉……?)
不審に思った周と白銀が問いかければ、それに呼応するように幻如来数珠を構えた。
「来るぞッ、構えろッ!!!……其は忌むべき芳命にして偽印の使途、神苑の淵へと今、招かん。護法芒陣!!」
間一髪。翠琉の展開した防護壁が襲い来る衝撃を防ぐ。
その衝撃音に由貴、紗貴、そして蕎も振り返りざまにそれぞれ武器を構えた。
そこに悠々と佇んでいたのは……
「梵天ッ!!!」
翠琉に名を呼ばれ、ニタリと笑みを浮かべる梵天。
そして、無数の醜を従えて梵天の一歩後ろに控えている、妙齢の美しい女性。
「……行きなさい」
女性の冷たい声音に応えるように、醜が一斉に攻撃を仕掛けてきたのだった。
※※※※※
ホンット、何なんだよッ!!
毛むくじゃらやら、やたら成長してる蜂っぽいのとかッ!!
ダンゴムシっぽいのに、でかすぎだろッ!!
とにかく、色々襲ってくるから俺たちもみんなで応戦する。
でも、倒しても倒しても、どこから湧いて来るだ?ってくらい、わんさか出て来る。
「もう!!いい加減にしろよな!!なあ、蕎もそう思うだろ?」
「……」
あれ?おかしい、返事がないぞ?
「おーい、蕎さんや?」
あれ???何か、怖い顔して考えてる?
こういう時の蕎が言う言葉は、大抵厄介ごとが多いんだ。
「大鎌男がおらへんやないか……どこや……」
あれ?そういえば……梵天といえば羅刹天!!ってくらい、ニコイチもしくはワンセットな感じだったのに、見当たらない……どこだ?
辺りを見回しながら醜を倒していた、その時……
「死ね!!!」
「由貴ッ!!!」
声が重なった。
そして、俺は強い力で付き飛ばされた。
※※※※※
「ねえちゃん!!!」
焼けるような痛みが背中に走るのが先か、由貴の悲鳴のような呼ぶ声が先か……
(守衣、さまさまね……)
きっと、守衣を纏っていなければ、今頃上半身と下半身は真っ二つだっただろう。それくらいの衝撃が走り抜けた。
「娘……良くも邪魔だてしおったな……」
苛立ちも露わに、羅刹天は高いところで結わえている紗貴の髪を掴みギリギリとち上げる。
痛みに顔を歪めながらも、抵抗する気力は、もはや紗貴には残ってはおらず、額には脂汗が滲む。
それでも、不敵な笑みを浮かべて羅刹天を睨みつけた。
「悪いわね、どんなに、出来が悪くても…‥私にとっちゃ、可愛い弟なのよッ……」
「紗貴さんッ……くッ……」
気配、臭いで紗貴が囚われ負傷したことを悟った翠琉も何とかしようと目の前の敵を薙ぎ倒している。
「倒しても、倒しても……ッ……このッ!!」
それは、周と蕎も同じで。
醜を振り払いながら、何とか紗貴の元へ辿り着こうと全員が足掻く。
髪を鷲掴みにされたまま、ぐったりと動かない紗貴。
背中からとめどなく流れる血が、紗貴の命のタイムリミットがすぐそこまで迫っていることを訴えている。
―― と……白銀が気付いた。
―――――― 気付いて、しまった……
梵天の手に、「有る」その正体に。
(梵天……貴様、戒都殿をッ!!)
頭に響く驚きとも怒りともとれる白銀の声に、全員がハッと振り返る。
ニタリ、と青年 ―― …… 梵天が不気味に微笑む。
同時に何かがポーンとボールのように放られた。
キレイな曲線を描いて地面にゴトリ、と落ちる。
「戒都はんの、く……び……?」
蕎の言葉に、笑みを深める梵天。
「この洞の入り口でな……我の行く手を阻もうとしおった。虫けらの分際でな!故に、封を解く栄誉を与えてやった」
『おう!絶対に、また会える……』
ふと、戒都の声が耳に蘇る。
『だから、今は前に進め!!』
―― せっかく、会えたのに……
まだ、何も聞けてないのに
胸に押し寄せる、形容しがたい感情に囚われ、由貴は微動だにしない。
「ちッ……由貴、呆けとる場合かッ!!!」
蕎は舌打ちをすると由貴を守る様に前へ踏み出す。それに応えるように周も醜を切り倒す。
「しっかりしてください!!戒都さんの思いを、無駄にする気ですかッ」
周の言葉に導かれるように、戒都の最期の言葉が、由貴の背を押した。
『……何があっても、諦めるんじゃないぞ』
翠琉は、ゆっくりと……真っすぐに、気配だけを頼りに放られた戒都の首まで歩み寄ると、そっと屈んで持ち上げる。そして、開かれたままの瞳にそっと手を当てて閉じた。
醜は勿論、 羅刹天と毘羯羅ですら、翠琉の覇気に気圧されたようにその場から動くことが出来ない。
血にまみれることも厭わず、そのまま大切に胸に抱いて立ち上がる。
「虫けら、だと言ったな……?」
怒りを孕んだ声で静かに問う。そんな翠琉の言葉に、梵天は揶揄するようにくつくつと耳障りな笑い声を零す。
「虫けらに、虫けらと言って何が悪い」
我慢の、限界だった。嘲るようなその声音に、何も映すことのない瞳に憎悪と怒りが宿った。
「戒都さん、せめて……尊厳だけは守らせて頂きます」
翠琉がそっと、戒都の首を持ち上げると額と額と合わせる。
「招来焔炎」
そして、そう呪を詠唱すれば、優しい炎に戒都の首は包まれるように消え去った。その瞬間、ゆらり……と、翠琉が動く。
(翠琉!!?)
何の、初動もないまま……滑る様に、翠琉が梵天に斬り込んだのはその時だった。白銀の静止の声すら届かない。
「梵天、覚悟ッ!!!」
そんな翠琉の声が先か、二つの力がぶつかり合って起こった熱波が先か。白銀、蕎、周は思わず顔を覆ったのだった。




