②
「流石やな」
蕎は嘆息交じりに誰にともなく呟く。
つい先ほどまで、終ぞ見た事がないくらい深刻な表情で黙りこくっていた由貴が、紗貴とのやり取りで調子を取り戻していた。
悠長に事を構える時間はない。
神剣及び梵天の半身を破壊した後、速攻で忌部へと奇襲を仕掛け、桜奪還を計る。
全てはスピード勝負なのだ。
それでも、それはあくまでも理論上の話だ。
そこに精神が、感情が付いてけるかと問われれば、それは否だろう。
梵天を破壊する為には、鞘となっている覇神 由隆の身体ごと破壊する必要があるのだから。
それでも、どうやらこの短時間で由貴の覚悟は決まったらしい。
すっと眼前に広がる空洞へと目を向けた。一寸先も見えないような、どこまでも続くような闇が奥まで広がっている。
その入り口には注連縄が張られており、禁足地であることを無言のうちに語っていた。
注連縄によって遮られている今も尚、内から言い知れない圧迫感が全身を襲う。
どうやら、ここに神剣が封じられていると見て間違いないようだ。
戒都が、その洞に施された封印を解かんとした、まさにその時 ――
「ご苦労だったの」
忘れもしない、いやに耳につく少女の声が背後からして、一斉に振り返った。
「安儞羅……!!」
憎憎しげに、そう名を叫んだのは周だ。無意識のうち、覇世神杖を握る手にも力が篭る。
だがしかし、そんな殺気にすら涼しい顔で受け流した。
「さて、その先に神剣があるのだろう?案内はここまでで良いぞ?」
傲慢な笑みを浮かべて言う。
「何でここがッ……」
戒都が驚くのも無理はない。
ここに辿り着くまで、誰一人として安邇羅の気配に勘付いた者はいなかった。
つまり、尾行されていた可能性は限りなくゼロに近い。
「主らの影に聞いたまでよ」
さも、可笑しそうに笑う。どうにも癇に障る笑い方だ。
言っている事の意味も図りかねていた。
「さて、ここまで道案内をしてくれた褒美を与えてやろうぞ。喜ぶが良い」
「なっ!?」
思わず周は、声を上げる。
安邇羅が両腕を掲げたと同時に、自分たちの影がまるで意思を持ったかのようにその場に立ち上がったのだ。
「さあ、受け取るが良い。主らには“死”をくれてやる」
安邇羅の言葉に呼応する様に、影が本体を襲う。
自分自身との戦いが、幕を切って落とされたのだった。
※※※※※
「憎たらしいくらい、すばしっこいな、こいつめ!」
っていうか、“俺”なんだけどな!
「しかも、なんだよ真似すんなよな!」
くどいようだけど、“俺”だから真似もクソもないんだけどな!
「ぐをおお!」
何とか、力技で相手を押しやる。今対峙しているのは、自分の影だ。
言い換えてみれば“自分”だって事は、癖とか弱点とか自覚がある分、攻め易い。
でもそれは、あっちも同じだ。
嫌なところに攻撃して来るし、俺の攻撃も普通に防御されるし。
っていうか、いちいち狙ってくるところがあざといというか、卑怯というか……
ん?いやちょっと待て。
コイツの……影の攻撃が、こう急所を迷わず狙ってくる卑怯さを披露してくれてるって事はだ。
それはつまりだ……
「俺って、こんなに性格歪んだ残念な奴だったのかッ……」
クソッ!なんてこった!
俺ってば、実は超腹黒だっただなんてッ……16年と少し生きてきて、初めて知った。
「何、馬鹿言ってんの?アンタが腹黒とか言ったら、世間様に迷惑極まりないわ、よ!」
言いながら、姉ちゃんがやっぱり姉ちゃんの“影”を押しやった。
視線はこっちに向けないで、相手を睨み付けたままツッコミを入れて来る。
いや待て。これは、もしかしなくてもあれか?
褒められたのか?
俺、姉ちゃんに褒められ……
「“俺ってば、腹黒”とか喜ぶのは、詐欺に引っ掛からないようになってから言いなさい!この天然!」
……たんじゃなくて、ただのお叱りでした。
いや、まあ心当たりが有り過ぎて、何も言い返せないんだけどさ。
この間とか、“オレオレ詐欺”で掛かってきた電話の兄ちゃんに『いや、坊主。ごめん悪かった。でもな?少しは人を疑えよ?』とか、逆に諭されたし。
何か、思い出したら泣きたくなって来た。
「クッソー!!“俺”めえッ!」
これは、もう立派な八つ当たりだ。
でも、自分になら許されるだろう。誰に迷惑を掛けるわけでもないしな!
そうだろう、そうだろう。“俺”なら、拳は陽動に使う、そして、蹴り上げる素振りを見せて、横蹴りを入れる。
ってことはだ。
「軸足、頂き!」
攻撃を受け流しながら、軸足にスライディングを決めたら、影の体勢が崩れた。チャンスだ!
「待て、由貴!攻撃するな!」
そんな翠琉の鋭い静止が入ったのは。
「え?」
“俺”に渾身の右ストレートを決めて吹き飛ばした瞬間だった。遅いよ、翠琉サン。
―― そう……
確かに、吹き飛ばしたのは俺の筈だった。
なのに、何故か俺も後方に吹き飛ぶ。しかも、左頬に殴られた様な鈍痛が走ったのだ。
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