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沙羅夢幻想~ さらむげんそう ~  作者: 梨藍
地上編 第九章【激戦Ⅱ】~ 誓願と永訣 ~
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私 ノ イトシ子……


―― ユルシテホシイ トハ、イエマセン


どうか、悲しまないでください。


ワタシ ガ ワルイノデス


どうか、泣かないでください。


マモルコト ガ デキマセンデシタ


どうか、自分を責めないでください。


アナタ ノ ナク コエシカ オモイダセナイ


……どうか……


アナタ ノ エガオ ガ オモイダセナイ


…………どうか…………


―― ワラって、見送ッテ欲しイ……


俺は、猛烈な社会勉強をした。

お口にチャック……上手に世の荒波を渡っていく為に忘れちゃいけない合言葉だ。


「口は、技あり……なんて恐ろしいッ」

「それ言うんやったら、“口は禍いの元”やろ。柔道やあらへんで」


真っ青な俺見て言うのがそれかいッ!いいじゃん。似てるじゃん。ちょっと違うだけじゃんか。

……なあんて、心の中で文句を垂れ流していたら……


「阿呆か。一文字違うだけで、えらい意味違うやないか。いい加減、緩み切った頭んネジ締め直した方がええで」


ううッ……何か、すんごい真顔で淡々とヒドイ事言われてしまった。いやちょっと待て、それよりもさ。


「お前、友人の、このボロボロに傷付いた姿を見て、言うのそれだけか!?」


そう、俺は今まさに満身創痍だ、傷だらけだ。

そりゃあもう、熊相手に激戦を繰り広げた様な悲惨な状態だ。

ちょっと青あざがパンダっぽさを演出していて、何とも間抜けな顔になってしまっていたりする。


「ああ、すまん」


そうか、そうか……判ってくれたか……なんて納得するには早過ぎた。


「緩んどるやのうて、ネジ抜け落ちとるんやったな」


あれおかしい。

言われてる事が酷くなってるって感じるのは、決して俺が被害妄想してるからじゃないはず。


「いや、だからさあ……」


俺の切実な訴えを、溜息1つで遮る。


「自業自得やないか」


それを言われると、何も言い返せない。

それでも、言わずにはいられない。

だって、あんまりじゃないか!


「蕎のせいで、俺のプアハートはズタボロだよ」


恨みつらみを込めて言ってやると、何故か失笑が返って来た。


「プアハートって何やねん。お前ん心は貧しいんか。それ言うんやったら“ピュア”ハートやろ」


くっ……いいじゃないか、一文字くらい!

そう文句を言おうとして口を大きく開けようとしたら、切れた口端ピリリッと痛みが走って、俺は反射で口を閉じた。

そう、俺は別に熊を相手に戦ったわけじゃない。


いやまあ、さっきまで宮毘羅とかいう変態兄さん相手に熾烈な戦いを繰り広げていたのは本当だよ?

でも、この怪我は違う。

敵でも、ましてや熊でもない。

そう……この俺の傷は全て、姉ちゃんに付けられたものだ。

まさかの、身内からの殴る蹴るの暴行……はっ!これが世に言う……


「ドメスティックバイオレンスとか言い出さないでよ?変な誤解されちゃうじゃないのよ」


姉ちゃんが、まるで俺の思考を読んだかの様に隣から釘を刺して来た。


「しかも、元を質せば悪いのアンタでしょ?(きょう)くんの言うとおり、自業自得よ」


くっ……何も言い返せない!でも、ここで折れたら男が廃るってもんよ!


「でもさ……「あ?」」


―― ギンッ!


なんて効果音が聞こえて来そうな勢いで、姉ちゃんに睨まれた瞬間……心が折れた。


「ナンデモナイデス」

「判ればよろしい」


今、俺達は山を登っている。ハイキングなんて口が裂けても言えない。

まさかの坂道猛ダッシュだ。

でも、疲れたとか言ってる場合じゃない。

結構な足止め食らっちゃったからな。とにかく、一分一秒急ぐ必要があった。


「そろそろ見えてくる筈だ」


先頭を走っているのは、戒都(かいと)さんだ。

案内役を買って出てくれたので、道に迷わず真っ直ぐ進めている。

何がって、神剣が封印されている場所。


……そして、俺の“父さん”が眠ってる場所。


「由貴、迷う暇はないぞ?」


言いながら、戒都さんがクシャリと俺の頭を撫でた。

全部、見透かされてる。


覇神(はがみ)一族 最後の当主である“父さん”は、自分の身体を鞘として、神剣諸共“梵天(ぼんてん)”の半身を封印している。


神剣を破壊すれば、梵天の封印も半分解ける。


それは、どうしても防がないといけない。

だから、“父さん”も神剣と一緒に消えてもらう。

封じられている梵天の半分の力諸共、消し去る必要があるからだ。


判ってる、これはしないといけないことなんだって。

―― でも……


なんか、何て言ったらいいのか判らない。


顔も知らない、名前なんてついさっき聞いたばかりの人が、俺の本当の“父さん”で。

その“父さん”は、もうずっと前に死んでいて。

でも、その身体はまだここにあって……

そして、俺達が……

俺が、“父さん”の身体を……


そこで、俺の思考は中断された。

皆が立ち止まったからだ。戒都さんが、静かに言う。


「由貴、お前が罪悪感に苛まれる必要なんか、これっぽちもない。むしろ……やっと、解放される。本当の意味で、自由になれる」


言いたい事は、すごく伝わった。

まだ会ったわけじゃないけど、父さんに会ってしまったら、俺はきっと決心が緩んでしまう。

刀を向ける事を、躊躇ってしまう。


だって、そうだろう?


いくらもう死んでるんだって言われたって、“親”に刀を向けるなんて……

でも、戒都さんは違うって言う。


俺がこれからしようとしている事は、決して父さんを苦しめるわけじゃないんだって……父さんに、刀を向ける事が弔いになるんだって……鼻の奥がツンとする。

熱いものが込み上げて来て、俺は思わず奥歯を噛み締めた。


―― バシィッ!


そんな感傷に浸る俺の背中に、叫び声も出せないくらいの衝撃が、不意打ちで襲ってきて俺は思わず咳き込む。……って、姉ちゃんじゃねえか!


「ちょっと姉ちゃん今ボクすっごく深刻な悩みをデスね」


反論したって、誰も文句言わないだろ!

今のこの状況は、誰がどう見ても俺被害者だよな!?

さっきまでのしんみりムード、どこ消えた!?


「アンタに、シリアスモードなんて百年早いのよ!」


……はい?え?何、そういう問題だっけ?


「シャキッとしなさい!アンタの取り柄は何?」

「……えっと……元気と運動神経?」


いっつも、周りから言われ続けてる事だけど、改めて聞かれると自信がない。

どうしよう、間違ってたら。

俺、自分で思い込んでるだけの、超イタイ人じゃないか!


「そう、アンタの取り柄は、元気と運動神経」


どうやら正解だったらしい……ホッとするより前に、俺は何となく姉ちゃんの言いたい事が判って、思わず目を見開いた。


「やっと、気付いたみたいね。だったら、うじうじグダグダらしくなく悩んでないで、サクッと行くわよ?」


そうだ。

うじうじグダグダ悩んでたって、何も始まらない!

やるだけやって、とにかく前に進んで……考えるのは、それからだ。


「おうっ!」


そう応えて、改めて正面を見つめる。

そこには、大きな大きな空洞が待ち構えていた。



※※※※※


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