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沙羅夢幻想~ さらむげんそう ~  作者: 梨藍
地上編 【挿話】
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宿世の邂逅②

「あなた様のご子息……那智(なち)様が、来るべき時の導として、ご尊父であるあなた様の武器を模し、最初に作られた破魔武具(はまぶぐ)でございます……」


言うなりこうべを垂れれば、新緑の髪がさらりと肩から滑り落ちる。


「那智……生きて……いたのか……」


その名は、雄飛が目も開かぬ赤子の時に手放すことになった息子のものだ。


「俺が……私が死んだ後、我が子たちには苦労をかけてしまった……」


それは、緋岐ではなく雄飛としての言葉だった。

頭を上げた青年は、その真紅の瞳を柔らかく細める。


そんな青年に近付くと、緋岐は…‥否、雄飛はそっと肩に手を置く。


「お前にも、苦労を掛けたな……璃庵(りあん)……」


璃庵と呼ばれた青年は、ゆるりと首を横に振る。


「とんでもございません…‥私が、望んだことでございます」


璃庵は静かに口を開く。


「あなた様が亡くなられた直後のことでした」


『璃庵……夢を見た。あれはきっと、遠い時の先で起こる現実だ。なれば、俺は()かねばならない。俺は、“俺”を終わらせる。来たる時まで、俺は雄飛の力を封じるため逝こうと思う。だからら、俺の分まで頼んだぞ?』


「そう言い残し、霞真(かしん)は自身の力であなた様の“霊力(せじ)”を霞幻刹劫真具(かげんせつごうしんぐ) に封じ込め、眠りについたのです」


そして、璃庵は無洞窟に封印を施し、雄飛の子ども達を守り育てた。


ずっと、子ども達を見守っていくのだと、それが与えられた使命なのだと思っていた。


―― なのに……


終わりは突然訪れた。


(ですが、きっと、まだこの事をお伝えする時ではないのでしょうね……)


全てが終わるとき、那智に託された。


―― 否……


璃庵は進んで共犯者となる道を選んだ。


『来るべき時が来た時、必ず父上は“力”を望まれる。その時……力になって差し上げて欲しい』


一も二もなく頷いた。

断る理由が何処にあるだろう。


だけど、その事にはそっと蓋をして……


「私もまた、来るべき時に備え……また、霞真の力を奪おうとする簒奪者を追い払う守護者として、ここで封じられる道を選びました」


璃庵の表情に、遠い記憶の向こう側の声が重なる。

記憶の中にどんどん引きずり込まれていく。


『雄飛様』


柔らかく微笑む女性は、刹那のときでも構わない……共にありたいと願った女性。その腕に抱かれているのは生まれたばかりの息子。


『とと様!』


屈託のない笑みを浮かべた幼い少女は、まさに幸せの象徴で。


『おい、何をボーッとしてるんだ。やっぱりお前は俺がいないとダメだな』


苦笑を浮かべながら、常に共にあったのは、己が魂を分け与えた半身。

最上の理解者であり

至高の武器であった


「この力を受け取れば……俺は、“地上人”ではなくなるんだな?」


今更、背中に突然翼が生えたりはしないだろう。それでも……その力の代価は余りにも大きく。蘇った優しい記憶が、残酷な試練を緋岐に突き付ける。


「……紗貴ッ……」


―― それでも……


その代償が、愛する者と同じ時間を生きる事が出来なくなる事だとしても……


「今度こそ、奪わせない……」


喪われていく温もりを腕に抱く絶望を知っているから。


「今度こそ、守り抜きたいッ」


愛しい、愛しい娘……今生では妹として縁を結んだ宝物を、今度こそこの手で……


決意を胸に、真っ直ぐ手を伸ばす。


「璃庵、また俺と契約を結んでくれないか?……力に、なって欲しい」


そんな緋岐の言葉に、璃庵は淡く微笑む。


「あなた様の御心のままに……」


「ありがとう……」


璃庵は、雄飛が天上界にまだ籍を置いていた時に契約を結んだいわゆる、獣高位族(じゅうこういぞく)と呼ばれるものだ。大地に棲む者達の王たる白虎王托塔李天王(たくとうりてんのう) の配下であり、補佐を務めていた。


本来ならば天上界に残ることも出来たが、璃庵は主に付き従い地上に降りることを選んだ。今でも、そのことを悔いたことは一度ものない。


―― 否……


一度だけ。


雄飛たちに、霞真に託された子ども達を守り切れなかった時、本当の孤独がそこにはあった。


何故、こんなことになっても独り生きているのか。


無様な生き恥を晒すことなく、彼らと共に逝く道もあったのではないか。


寧ろ、温もりを知らずにいたら……地上に降りさえしなければ、こんな辛苦に苛まれることもなかったのではないだろうか。


そう、後悔の念に駆られた。


だが、やはり思い直すのだ。何度でも、あの温かい“家族”と出会うことが出来るのならば、己は同じ道しか選ばないだろうと。


それでも、やはり人の温もりを知った身で、孤独に過ごす時は耐え難かった。


『璃庵……夢を見た。あれはきっと、遠い時の先で起こる現実だ。なれば、俺は往かねばならない。俺は、“俺”を終わらせる。来たる時まで、俺は雄飛の力を封じるため逝こうと思う。だからら、俺の分まで頼んだぞ?』


『来るべき時が来た時、必ず父上は“力”を望まれる。その時……力になって差し上げて欲しい』


璃庵を引き留めたのは、そんな霞真と那智との約束だった。


ようやく、その約束を果たせる。万感の思いで、璃庵は緋岐の前に跪き、ゆっくりとこうべを垂れる。そこに、そっと手を添えると緋岐は徐に口を開き、式神契約の呪を紡ぎはじめた。


宿命(しゅくめい)(わだち) (くつがえ)(くさび)

 先行(さきゆき)(みち) (つむ)(きずな)


(また、あなた様と共に往ける…‥やっと、霞真と那智様と交わした約束を果たすことが出来る)


 「可惜身命(あたらしんみょう) 不惜身命(ふしゃくしんみょう)

 律令(りつりょう)()って(せい)すは血の盟約(めいやく)


(きっと、裏に隠された真実を知れば、あなた様は傷付いてしまうのでしょう)


綯交(ないま)じりし(たま)()()ぐは刹那(せつな)福音(ふくいん)


(それでも今度こそは、あなた様を……あなた様の唯一無二を……)


(なんじ)真名(まな)を以って、()(しるべ)となり、()天命(てんめい)を以って、汝との万丈(ばんじょう)(いしずえ)とせん!」


(誰にも奪わせない。その、盾となり剣となることを、今一度ここに誓いましょう)


余談だが、隠された璃庵の決意に、緋岐は気付いていない……と、この時璃庵は思っていた。この秘めた決意を緋岐が知っていることに璃庵が気付くのは、随分先の事である。


呪詠唱が終わった瞬間、璃庵がいた場所には大きな白い虎が佇んでいた。


縞模様が深緑色であること、瞳が深紅であることを抜きにしても、それが璃庵であることは明白で。


「璃庵、霞真のところまで案内を頼む」


(御意。どうぞ、背にお乗りください)


そう言うなり屈んだ璃庵の背に飛び乗るや否や、璃庵はまるで空を駆けるがごとく、滑る様に走り出した。


まるで走馬灯のように、緋岐と雄飛の記憶が脳裏を流れて行く。


そのすべてが、懐かしくて、愛おしい。


辿り着いた最奥には、数珠が封じられた水晶が待ち構えていた。


「あちらが、封じられた霞幻刹劫真具でございます」


人型に戻り、緋岐の後ろに控えるように立つ璃庵が静かに告げる。


「どうぞ、お進みください……」


その言葉に背中を押されるように、一歩、また一歩と進んでいく。


その歩みに呼応するように、手の中の楼華来数珠と目の前の大きな水晶が音を立ててひび割れていく。


緋岐が水晶に手をあてた瞬間、とうとう楼華来数珠と水晶はパリンと大きな音を立てて砕け散った。


同時に、眩い光に呑み込まれる。その中に緋岐が手を伸ばすと、確かにその手を握り返され、目を見開く。


―― 遅いんだよ、バーカ


光の先で、昔亡くした“兄”が、笑った気がした。


魂は巡り巡って回帰を果たす。分かたれた道は、悠久の時を経て重なり合う。


「雄飛、あんたの分まで紗貴は守る」


かつての自分に静かに誓う。


―― 紗貴、お前に出会ったのは偶然なんかじゃない。好きになったのも……きっと、魂が惹かれたんだ


雄飛の愛した女性の魂……その転生した姿、それが紗貴だと、すべての記憶が戻った今、緋岐には、はっきりと判っていた。


「待たせたな。相棒……」


手の中には、明らかに“破魔武具”とは異なる波動を静かに迸らせた武器がある。


「今度こそ守る為に、一緒に行こう“霞真”」


名を呼ばれたそれは、まるで呼応するかの様に脈打ったかと思うとその場から消え失せた。だが緋岐は自身のうちに、今まで感じた事のない存在を確かに感じる事が出来た。


来た道を振り返る。その先にあるものを、しっかりと見据える瞳に迷いはない。


どうして迷う必要があるだろう?今は、一人ではない。恐れる必要など、何もない。


「待ってろ、紗貴……翠琉。今行くッ!」

 

人知れず、一人の少年が古の力を取り戻した瞬間だった。



宿世(しゅくせ)邂逅(かいこう)・了〉

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