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沙羅夢幻想~ さらむげんそう ~  作者: 梨藍
地上編 【閑話休題】
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断罪の記憶(回想)

弟の誕生日は、俺の命日だ。


俺達が生を受けたのは闇を祓うことを生業とする一族だった。


古い因習を頑なに守る事でその血を現代(いま)に伝えて来た。


その強固な楔は、時として命を奪う。双子は禁忌とされていた。


“分かれた力を再び一つに”



―――双子は魂分割が行われた結果だ



―――強い“呪力”を望ならば魂を回帰せよ



そんな古い因習によって、俺の命は断たれたのだ。



だから、不思議でならなかった。

殺された筈の俺の意識は、確かに弟の中にあって。


どうしてなのか

何でなのか……


―― ただ一つ、はっきりしていることは……


弟に対する感謝だ。そのまま消え失せてしまう筈だった“俺”という存在を、受け入れてくれた。更に言えば、物心ついたころには父親の存在はどこにもなく。

“母親”だという女は、どこか不気味で……


だから、俺には弟さえ入れば良かった。弟の中からしか外を知らない……外に出る事が出来ない俺に、弟はいつも謝ってばかりだったけど、別に関係なかった。

弟が幸せなら、他には何もいらなかったんだ。



―― だけど、そんな平穏な日々は、突然瓦解した……



―― 緋岐の双子の兄・独白 ―—



当時、一族を……いや……破魔の名を持つ者たちを震撼させる出来事が起きていた。


狩神(かがみ)”と名乗る男が現れた。


“狩神”とは、破魔一族に伝わる殺人鬼の名前だ。まさに、現代に再来したとしか思えない強さを前に、祓師達は狼狽えるしかなくて。


―― その“神”の名を語っていたのは……


“稀代の祓師”と謳われた、俺達の父親だった男……鴻儒(こうじゅ) 緋翠(ひすい)だったのだ。


前にも言ったが、俺たちは磐墨(いわすみ)の屋敷から出たことがない。

通常だったら小学校に通う年齢になっても、家庭教師が家に来るだけ。


だから、“外”のことを何も知らずに過ごしていた。


それでも、“狩神”の噂は耳に入った。


それが、父親だという“男”なんだってことも、うすうす気付いていた。


そんな存在だけ強いている“父親”の死を知らされたのは、俺たちが7歳の時だった。


今思えば、俺たちが“母親”だと信じていた女が完全に壊れてしまったのは……闇に吞まれてしまったのは、この時だったと思う。


そして、知ってしまう……“妹”の存在を、そして、地下牢に繋がれた美しいバケモノを……


―― ……何でアイツだけッ!


“妹”だというそいつにも、とある印が刻まれていた。


“咎落ち人”の烙印だ。


『咎落ち人が生まれ出ずる刻、星廻りて昏き深淵の果てよりこの世の厄災目覚めん。咎落ち人、贄として捧げよ、さすれば厄災鎮まりて、汝ら一時の安息を得るだろう』


頑ななまでに守られてきた因習だ。


どっちにしろ、双子も“2つの魂を分かつ力を在るべき1つの力へ”なんていうわけの分からねえ言い分で、アウトだったんだけどな。


弟じゃなくて俺が殺されたのには、理由があった。


右腕にはっきりと刻まれた

“咎落ち人”の証たる刻印


開かれた眼は深紅

それは禍事の象徴


馬鹿げてるだろう?

俺の右腕に痣があって、目が赤かった。それだけの理由で殺されたんだから。俺が殺されなかったら、弟が殺されてたんだ。そう考えれば、ありがたい話ではあるけど。


でも …… どうしても納得できなかった。


そいつの …… “妹”の右腕にも、痣はくっきり刻まれている。なのに、何故堂々と生きる事を赦されているのか?


今考えれば、“生きているから”と言って恵まれているとは限らないのに …… その時は、知ろうともしなかった。


与えられた情報を享受して、信じて、何も考えず、言われるがままに憎んだ。


思い返してみれば、色んなところにヒントはあった。


緋岐は、人目を盗んで、地下牢にあしげく通うようになった。地下牢に囚われていた“バケモノ”の名まえは琉歌(るか)なのだと言った。


『はじめまして、私の名まえは琉歌。あなたお名まえは、緋岐ね?そして、双子のお兄さんのお名まえ、詆歌(ていか)でしょう?』


これには、緋岐も俺も驚いた。

名づけてくれた父さんしか知らないと思っていた名まえ。

それを、“バケモノ”が知ってるだなんて……


この時、なんで俺の名まえを知っているのか、考えれば良かったんだ。


父親の名まえは緋翠

バケモノだと刷り込まれた存在は、琉歌(るか)だと名乗った。


そこで、気付けばよかったんだ……俺たちの名まえに使われている漢字の意味に。


だけど、俺はとにかく否定することに必死だった。


―― こうやって、人の心に入り込んでくる……だから、気を許したら危険だ


心を許していく緋岐に反して、俺は頑なにその存在を拒んだ。


矛盾してるよな。それまで、“外に出たい”……身体の主導権が欲しいだなんて、一度も思ったことなかったのに。


『詆歌……いつか、あなたともお話し出来たら嬉しいわ』


そう言われた瞬間、話したいと……触れてみたいと思ったのに。


なのに、俺は必死でその存在を否定した。


その“バケモノ”こそが俺たちの本当の母さんで……俺たちに自分が“母親”だと名乗れば殺すと脅されていたと判った時には、もうすべて手遅れだった。



母さんが死んだ。


―― いや、正確には、殺されたんだ……


母を騙る女から、俺たちを守るように抱き締めたまま、背後からめった刺しにされ、息を引き取った。


きっと、痛くて、苦しくて、辛くて……どうしようもなかっただろうに、それでも、その顔には優しい微笑みが浮かんでいて……


だけど、感傷に浸る間などなかった。


こと切れた母さんの後ろから、バケモノがニタリと嗤う。

母さんの血で真っ赤に染まり上がった姿で、妖艶に嗤う。


言葉で、傷口を抉る様に酷い言葉が投げかけられる。


守りたいのに、動かない。

守りたいのに、ただ見ていることしかできない。


全てがもどかしくて。頭の中が弟を助ける事、それだけで一杯になった瞬間。


『やめろおおおおお!!!!!!! 』


心のままに叫んだ時、俺は初めて外を感じた。それまで、弟を通してしか見たことのなかった世界は、とても残酷で。


最初に触れたのは、ぬるりとした赤い液体。


鼻を突いたのは、鉄の臭い。


―――初めて妖を浄化した瞬間だった


……そう、俺は人を殺した。弟を守る代償として。


その後、俺達は“呪力”があるとされ、祓師として飼殺される運命にあった。


そんな運命から俺たちを逃がしてくれたのが、実の妹である翠琉(すいる)

そして、救いの手を差し伸べてくれたのが、瑞智(みずち) 正宗(まさむね)だった。


きっと……これが俺達の転機だったんだと思う。


最初は憎んださ。俺達を追放した、神羅を。そして、母さんと俺たちを見捨てて、“狩神”なんていう不名誉な名まえで語られる父さんを……普通の生活を奪った“妹”を。

 

全部が憎くて仕方なかった。周りは全部敵だと思ってたんだ。


弟を守れるのは、俺だけだと。


―― だけど……でも……


優しさを知った。

深く傷付いた心が、少しずつ癒されていって。


温もりを得た。

それはやがて、痛むだけだった過去さえも懐かしむものへと変えていて。


それでも、風の噂で“妹”の話を聞くだけで、俺は言い知れない行き場のない怒りを覚えずにはいられなかった。


その“怒り”は“妹”に対してのものだと、俺は思い込んでいた。


―― そう……


俺達が追われたその場所に、“妹”の存在意義があるだなんて……まるで俺達が負けて追われたみたいじゃないか。


“妹”が、俺達の欲しいもの全てを奪った略奪者だ!


どうして、俺達だけが人殺し罪に苛まれなければならない!?

なんで、母さんは死ななければならなかったんだ!!


元をただせば原因は全部ヤツなのにッ!


そんな、馬鹿げた考えに囚われていたんだ。


―― でも、違っていた……


“殺したんじゃないよ、祓ったんだから”


自分に課せられた重責に、真っ直ぐに立ち向かう少女に会った。アイツは、俺達を真っ直ぐ見据えて言い放った。


俺達は、人を“殺した”んじゃなくて“救った”んだと。


きっと、アイツは気付いてないんだろうな。その一言が、どれほど救いになったかなんて。アイツと会って俺達のセカイは色を取り戻し始めた。


それからだ。妹に対する考えが変わっていったのは。


現金なヤツだよな……。結局、自分達が救われれば良かったんだ。自分達を……弟を……いや、俺自身を守る為には、憎む対象が必要で。

それが、たまたま妹しかいなかった。


ちょうど、その時だった。14歳の誕生日のあの日 ――……


妹が、俺たちのことを守ってくれていたことを知った。


拙い文字で綴られた手紙を、どんな思いで書いたのか。

小さな手を必死に広げて、どんな思いで馬鹿な兄からの罵詈雑言に耐えていたのか。


色んなモノを犠牲にして“自由”を得たのは、俺達の方だった。


妹は、まだ“神羅”という名の檻に閉じ込められたまま、奴等の良い様に使われている。学校にすら行っていないと、風の便りで聞いた。


調子がいい考えだと思う。本当に……恨み言を言われても仕方ない。それでも……俺の中で“妹を助けたい”そんな考えが日増しに強くなっていた。


そんなある日……俺は、全てを思い出す。


時の紡ぐ因果を。


俺が、“何故”弟の兄として……双子として生を受けたのかを。


そして、アイツと妹が、俺にとってどんなに大切な存在だったのかを。


その答えは、気の遠くなるような……空ろ木の白花が舞う悠久の果てにある絆。


古より紡がれた因縁の先にいる、かけがえのない……もう、手の届かない記憶。


“お前は知っている。守れなかった約束を……果たす為に、そこにいる”


あの日の“俺”が、静かに俺を諭す。


―― 今度こそ……守り抜けと……


俺達の愛した少女が、極咒殺法を行使した。破魔一族に伝わる、一度限りの切り札だ。術者の命と引き換えに、絶大な力を発揮するとされている。


それでも、守るモノのためだと……アイツは躊躇わずに行使した。その結果……代償として、アイツの命は消える定めにあった。


―― 今だと思った


『俺が、絶対に奪わせないッ!』


失われる筈だった、アイツの命は奪われなかった。


その代わりを、俺が務めたから。俺の“存在”を、代わりにした。


確かに俺は大切なものは守れた……けど……


まだ、妹に何もしてやれていない。これから、一緒に歩んで行けると思ったのに。


だけど、これが終わりじゃない。


俺も気づかない間に、始まっていた。


俺は……確かに、鴻儒 詆歌としての生は終わった。

でも、まだ“俺”は終わってはいない。


開かれたのは二つの路。


俺は、お前を待っている。


本来の姿で……在るべき姿で主を迎える。その日まで、ここでただひたすらに待ち続ける。


一緒に、どこまでも行くと……あの、空ろ木の下で誓った契り、今度こそ守ろう。


「そうだな……待たせたな、詆歌……共に往こう」


―― 紗貴と翠琉を守る為に……


少年達が一歩、未来へと踏み出した瞬間だった。


〈断罪の記憶・了〉

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