⑨
なんだろう?すっごく大切な事、忘れてる気がするんだけどな……宮毘羅倒して、姉ちゃん助かって……何か、全部終わった様な気分なんだけど。
「何か、終わった気分になってるようだが。先に急がねばならぬのではないのか?」
……
………
……………!!!!!
そうだよ、そうだったよ!流石シロ様、お犬様!ナイスツッコミだ。神剣の封印解いてぶっ壊して、早く母さんを助けに行かないといけないんだったよ!
一気に現実に引き戻されたよ!
「うっし!先に進もう!」
気合を入れ直した俺に、待ったの声が意外な方向から掛かる。
「由貴……先に、色々好き勝手言ってくれたお礼、しとかないとねえ?」
そりゃあもう、後ろにピッカーって光が見えるくらい、姉ちゃんの顔は輝いてたさ。そして俺は長年培ってきた経験で知ってる。
「私が宮毘羅に操られてた時……“嫁に行き遅れる”だの“ガサツ”だの……挙句の果てには、何よ?“PTA”って馬鹿じゃないの?それを言うなら“TPO”でしょうがこの馬鹿面阿呆間抜けがッ!」
この後、俺は……
「ぎゃああああぁぁあぁあぁぁあああぁああッ!!!」
余りの痛さに絶叫していた。
※※※※※
「ふふふ……奴等め、気付かずに行きおった」
由貴達が去った後。宮毘羅との激戦を繰り広げたそこには、宮毘羅が佇んでいた。
宮毘羅は倒された訳ではなかったのだ。正確には少々異なる。
「器が壊れたのならば、また作れば良いだけじゃ」
―― そう……
あの時、宮毘羅はやられていなかったのだ。否、それは少し語弊があるだろう。確かに、あの時宮毘羅の器は滅びた。
「身体なんぞ、所詮は器……器ならば、作れば良いだけの事じゃ」
自らが作り上げた“器”に、“魂魄”を縫い止めたのだ。
「もう許しはせぬ。奴等、殺してくれるわ」
ニタリと笑む。そんな宮毘羅の背後に声が掛かった。
「相変わらずだな、宮毘羅……」
突然現れた相手に驚きもせず、宮毘羅は振り返る。そこに佇んで居たのは、闇夜色の長い髪を持った紫電の瞳の不思議な男だ。額にある大罪を犯した証とされる第三の目がギョロリと動く。
「久しいな、真達羅……否、今生の名は……」
「真達羅で結構」
宮毘羅の言葉を遮るように、真達羅が言う。
「で?見事なまでに殺られたものだな?」
どこか揶揄混じりに言う同胞に、宮毘羅は憤慨する。
「少しばかり、力のさじ加減を間違うてしまっただけの事よ。次こそは必ず仕留めてやろうぞ」
―― それより……
宮毘羅の目の奥が光る。とっておきの情報を仕入れたのだと、真達羅に胸を張った。
「“八咫鏡”の使い手が、現れおった。梵天様にお伝えせねばなるまいて」
「ああ、残念だな。それは出来ないよ」
喜々として語る宮毘羅に、真達羅は素っ気なく応える。
「まだ、知られる訳にはいかないんだよ」
「……貴様、やはり我らを裏切るか」
想定内だと言わんばかりに、宮毘羅はニタリと笑みを浮かべた。
「元より主を信用などしてはおらん」
言ってから、糸を手繰る様な仕草をする。すると、応える様に真達羅の身体の自由が突如奪われた。見えない糸に、縛り挙げられたのだ。
「掛かりおったな!我が術にッ!」
嬉々とした笑みを湛える。それは、勝者の余裕であり、歓喜の叫びとなる筈だった。……虚像の勝利に目が眩み、真達羅が嗤った事に気付けなかった。
「我が糸に、魂すら残されぬよう、千々に裂かれ」
―― るが良い……
それは、最後まで音にはならなかった。宮毘羅は……操師は、自らの糸に引き裂かれていた。宮毘羅の糸は、魂すらも操ってしまう代物だ。
無論、それは攻撃に転じても同じことで。宮毘羅は自らの武器により、今度こそ本当の意味で絶命したのだった。
「自分の策に溺れるなんてな……だから、お前はどこまで行っても三下なんだよ……捨て駒ですらない」
およそ、仲間に向ける視線ではない。冷徹な、どこか冷めたように、宮毘羅が消えた後を見遣る。しばらくして、真達羅に新しい声が掛かった。
「久方ぶりよの」
幼い外見に反したその少女の老成した話し方に苦笑をもらしながら、真達羅は声の主へと振り返った。
「ああ、久しぶりだね……安邇羅」
「宮毘羅の姿が見えぬな」
そんな安邇羅の言葉に、真達羅は少し困ったように顔をしかめた。
「実は、宮毘羅がやられてしまったんだ」
「何とッ……なるほど、中々に侮れぬようじゃ。次は我らが出るとしよう」
驚きの声を上げたのも、動揺が走ったのも束の間だった。次の瞬間には、獲物を逃すまいと獰猛な光を宿す瞳を、更に輝かせている。
「じゃあ、後はよろしく」
「承知した」
応えを聞くなり真達羅はその場から漆黒の翼を羽ばたかせて、飛び立った。そのまま天高くまで上り、高峻な神路山を俯瞰する。
「さあ、この試練……まだ始まったばかりだ。お前なら、どうやって乗り越える?」
そして、それは楽しそうな笑みを浮かべたのだった。
〈第八章・了〉




