⑦
図らずも戦力を分断されたのは、こちらにとっては好都合だったのかもしれない。……わざとらしくなく。なるべく自然の流れに身を任せたら、合流出来たかの様に見せる必要があった。
宮毘羅は油断していた。“人の様な下等な生物に負ける訳がない”と。その慢心が、自身の首を絞める事も気付かずに。
―― 気付かれたら、終わりね
そう……だからこそ、気付かれた時点で勝機はなくなってしまう。宮毘羅はあくまでも、自分達を嬲り殺しにするつもりだ。どんなに足掻いても勝てないのだと……体力が底を尽き、膝を折り絶望に彩られた獲物の命を……“助けて欲しい”と赦しを希う弱者の首を刈りたいのだろう。
―― ホント、虫唾が走る……
だが、相手を“弱者”と見くびっているからこそ、本気で殺しに来ない。だが、もしも紗貴の狙いが露呈してしまえば……
―― 確実に、殺される
恐らく、宮毘羅自身が傀儡を誘爆するだろう。
そうすれば、終わり万事休す。全滅だ。
「周ちゃんッ!」
なるべく声は抑えて、周の背中に自身の背中を合わせる。
「紗貴さん!?」
応えながらも、振り返る余裕はない。だが、そんな周の状況が、今の紗貴にはありがたかった。
―― こんな姿、見せたくないしね……
「宮毘羅を倒す。協力してくれるわね?」
その紗貴の言葉に、周は息を飲み込んだ。
「……勿論です」
簡潔に応えれば、紗貴が満足げに笑むのが、気配で判る。
「小さな傷でいい……宮毘羅を傷付けて……」
その言葉だけで、周は何かに気が付いたらしい。
「了解しました」
その言葉を聞いて、紗貴はなるべく多くの宮毘羅に傷を付けるべくその場から離れようとしたのだが。
「紗貴さん」
周に呼び止められて、思わず振り返った。
「おかえりなさい」
周は振り返らずに言う。だが、たった一言に込められた思いが伝わって、紗貴は嬉しくなった。
「ありがとう」
言葉なんて、それだけで充分だ。会って、まだ1週間どころか……3日も経っていない。だが、確実に彼らの中では仲間としての“絆”が生まれていた。紗貴が宮毘羅からの呪縛を打ち破った……その事が、少なからず共に行動をしている面々の士気を高めた事は、言うまでもないだろう。
だからこそ……悟られるわけにはいかなかった。
―― 大丈夫……、まだ行けるッ!
自身を叱咤激励する。本当に、戦力を分断されて良かったと、紗貴は心底ほっとしていた。
こんな情けない姿、誰にも見せたくはない。
こんな自分を晒して、余計な心配を掛けたくない。
遠目にしか確認出来ないが、蕎は紗貴からのアドバイスを受ける前に、どうやら自身で察知したらしい。既に行動を開始していた。白銀もそうだ。
「後、少しだけ……」
言いながら、絶風爪を振るう。絶風爪を装着していない左腕の麻痺は、もう指先にまで及んでいる。止血は既にしていた。……だが、宮毘羅の傀儡を誤って爆破した際、傷口から毒素が体内に入り込んでいたのだ。
まともに喰らえば、命の保障はない……そんな猛毒だ。由貴を庇う事を優先してしまった為、多少吸い込んでしまっていた事も相成って、段々と身体が重くなって来ている。それよりも何よりも、左腕が重たくてしょうがない。
「やるしか……ないッ!」
どれくらい、そんな終わりの見えない攻防戦を繰り広げていただろうか。終わりは突然訪れた。
「……これで終わりだ……」
白銀が、自身の鋭い爪で宮毘羅を一閃する。
「なっ……」
宮毘羅の顔が、驚愕に歪んだ。
「……何故ッ……我を……」
「血だ。傀儡から、血は流れんだろう。だが、本物はそうはいかない。血が流れれば、私に隠す事は出来ない」
言いながら、容赦なくもう一撃繰り出す。返り血を浴びながら、凄惨な笑みを履いた。そう……紗貴の思い付いた策は、至極簡単なものだった。傀儡だらけとはいえ、この中に本物が紛れ込んでいる筈だ。
それならば、爆発しないような小さな傷をつけていけばいい。幾ら、本物に似せたとはいえ、所詮は傀儡……人形だ。人形から“血”は流れない。
『傷を受けて、血を流したら……それがホンモノよ』
そして、白銀は今は人型だが“犬”の神獣だ。血の流れる気配、臭いをいち早く察せられるのは道理というものだ。
「これで、最後だ」
言ってから、ひらりと舞い上がる。恐らく、宮毘羅自身も何が起こったのか判らなかったに違いない。それくらい、呆気ない幕引きだった。否、鮮やかだった。ひらりと舞い上がったそこには、宮毘羅へと一直線にのびる道が戒都の前に出来上がっていて。
「報いを受けろ!宮毘羅!!」
狙いを定め、矢を放った。寸分違わずにまっすぐと飛んで行く。傀儡が止めようにも、その風圧に吹き飛ばされて、近づく事すら適わない。
―― ドスッ……
宮毘羅の真ん中を貫いても、まだ勢いは収まらずにそのまま大木に突き刺さる様にして、ようやく止まった。次の瞬間……宮毘羅の器は元より、術者が消えたことにより、傀儡も一斉に消え去った。
しかし、ホッと息を吐くのも束の間……
「ちょッ……姉ちゃん!?」
一掃された森の中に、そんな驚きと焦りがないまぜになった、由貴の叫びが響き渡ったのだった。
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