②
尚も言い募る由貴に、周は顔を引き攣らせる。
「あいつ……決して紗貴さんが操られているとは考えないんだ」
隣に立っていた蕎が、呆れた様に溜息を吐きながら応える。
「アホや思とったけど、あそこまで酷いとは……」
眼前では、未だに紗貴が操られている事に気付かない由貴と紗貴の姉弟ゲンカ……もとい、戦いの火蓋が切って落とされていた。
そんなちょっぴり本気のどつき合いを、宮毘羅は興ざめした様に観ていた……のだが。無数の矢が宮毘羅を襲う。間一髪のところで宮毘羅は避けた。
「余所見とは、余裕じゃねえか?」
矢の軌跡を辿ったそこには、破魔武具を構えたままの戒都が睨むようにして立っていた。
「お前だけは、俺がこの手で……」
そこには、純粋な怒りがあった。どうやら、初対面ではないようだ。戒都の顔に走る、大きな傷を最初は煩わしそうに見ていたのだが。
「おお、主は……」
何か、思い当たる節があったようで、納得がいった様に何度も頷く。
「思い出したぞ。覇神の屋敷に居った、弓使いか」
―― まだ、生きておったとはな
懐かしむ様に……そんな笑いではない。明らかに、そこには侮蔑の意味が込められている、そんな気に障る笑いだ。
「主の顔、忘れたことはないぞ。我が主上と同胞を弾き飛ばした上、封じおった分を弁える事を知らぬ童子の仲間ではないか」
―― そればかりではない……
「確か、主であったな。我らを封じた忌々しき人の子は」
戒都は、そんな宮毘羅を睨み付けると、口角だけ持ち上げた。
「覚えてくれていたとは、こりゃあ光栄だね」
覇神一族が一夜にして滅ぼされた事は、祓師の間では有名な話だ。
生存者の数はゼロ。……否、当時赤ん坊だった生まれたばかりの、たった一人の跡取り息子だけが、生き証人としてその命を留める事が出来た。
―― そう……
生存者は、その赤子を除いて一人もいない。決して弱かったわけではない。覇神は東を統率するだけの力を、当然持っていた。祓師の数が減少の一途を辿る中、覇神には優秀な祓師が頭数を揃えていた。
……それが、仇となったといっても過言ではないだろう。
『どうした?……ッ……なっ……何をする!うわあああ!!』
混乱は、直ぐに広がった。祓師の一人が、仲間を有無を言わさぬ速さで切り殺した。それが、始まりの合図だった。同志である筈の仲間が、何者かに操られている。
―― もしかしたら、こいつも操られているのでは……?
皆が、疑心暗鬼に陥った。
それが、敵の狙いだったと気付いた時には、もう収集の付かない状況だった。
誰も彼もが疑う。身を守る為に武器を手にする。
お互い、武器を手にした姿を見て「操られている」そう勘違いをして同士討ちが始まった。
『やめろ!まずは仲間を信じなくてどうする!裏切るような野郎が居るもんか!まずは、信じろッ!』
当時、覇神の精神的支柱であった戒都の鋭い一声に、周りに居た者達が落ち着きを取り戻し出した。
そんなタイミングを見計らったかのように、一番近くに居た祓師が、突然戒都に刃を振るった。……避けることなど、出来る筈がなかった。
『ちッ……違う……俺じゃ……俺の意思じゃッ……』
攻撃を加えた祓師が、己の行動に慄いた様に目を見開く。「大丈夫だ」そう戒都が声を掛けようとした瞬間。
『ああああああッ!』
自分の喉を掻っ捌いて、祓師は絶命した。次々に、意思とは反した行動を取ってしまう者達。
『……そん……な……』
同士討ち、或いは自害を、自分の意思ではなく第三者によって強いられる。そこはもう、地獄絵図さながらの光景だった。
※※※※※
「操師 宮毘羅……今ここで、皆の無念を晴らしてくれるッ……」
言いながら、戒都は自身の破魔武具“迅雷悍弓”を構える。
「多勢に無勢とは心が痛むが、致し方あるまい。確実に仕留める為だ」
言いながら、翠琉が呪を唱え出した。させるかと宮毘羅が引き連れてきた妖どもが一斉に翠琉目掛けて飛び掛って来る。それを、白銀と周が薙ぎ払う。
「なるほど……人ん身体に糸を付けて操っとるんか。悪趣味やな」
言いながら、自身の周り……仲間の周りへと、一見意味のない攻撃を繰り出したのは蕎だ。
「種明かしは、もう終わりや。あんさんの術は使わせへんで」
無表情のまま、しかし確実に仲間を……己を操る為に張り巡らされていた蜘蛛の巣の様な罠を撃破した。
「小癪な真似をしてくれるものだな」
宮毘羅の顔から、余裕がなくなった。変わりに苛立ちを顕にする。
「覚悟しろッ!」
間髪居れずに、戒都が気で練り上げた矢を射る。ひらりと後方に飛ぶと、何もない空間に降り立った。
「気に障る奴等よのう」
言いながら、もう一段飛び上がる。先ほどまで宮毘羅が居たところを、凄まじい熱量の攻撃が追い討ちを掛けるように襲ってきた。どうやら、翠琉の技のようだ。
「お前が元となっているというのなら、お前を倒せば、紗貴さんが元に戻るという事だ」
―― ならば、全力で倒すまで……
それは、どうやら全員一致の気持らしい。目に力が篭る。
「ほんに愚かなことだ。虫唾が走るのう」
そんな翠琉達を一笑に付す。
「人如きに、この宮毘羅が遅れを取ると本気で思うておるのか?この、十二神将の名を冠する我が、主ら如きに?」
そこで、ふっと笑を引くと突然無表情になった。
「巫山戯るのも、大概にせい」
冷たく言い放ったかと思ったら、無数の衝撃波が襲い掛かってきた。
「護法芒陣!」
翠琉が咄嗟の判断で不可視の盾を展開する。
間一髪のところで蕎、周、白銀そして戒都はその衝撃を免れた。
……だが……
妖と呼ばれる宮毘羅の仲間である筈の異形の者たちは、その無差別な攻撃をまともに喰らい、断末魔を上げる間もなく四肢を千々に裂かれる。
「酷いッ……仲間を……」
嘔き気に襲われたらしい周は、思わず右手で口を塞ぐ。そんな周の言葉が耳に届いていたらしい宮毘羅が嘲るような笑を湛えた。
「こやつ等が、仲間?何の戯言を言い出すかと思えば……道具に決まっておろう?消耗品に過ぎぬ」
―― 無論……
「この人形もな」
言って、指をパチンと鳴らすのと、戒都が宮毘羅に再度狙いを定めて矢を放ったのが丁度同じタイミングだ。
「嘘ッ……紗貴さんッ!!」
周の悲鳴にも似た叫びが響き渡った。
由貴と刃を交えていたはずの紗貴が、宮毘羅を庇う様に、突然現れたのだ。
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