①
昏い昏い、鬱蒼と生い茂った森
樹海の深淵、その先に在る闇
そこで今、魔の胎動が永き時を越え
目を覚まさんと息づいていた。
幾重にも施された封印が悲鳴を上げる。
一度目に起こった衝撃で
樹海が揺れる。
二度目に起こった振動で
封印に亀裂が走った。
—— そして……
三度目に起こった爆撃で
大地が大きく揺れ
—— 同時に……
「呼んでおられるのか、我が君……」
―― 災厄が目覚めた
※※※※※※
―――……悪夢……
――― イヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ
「イヤだ……出来るわけ、ないッ!」
混沌とした意識
交錯する過去と現在
『わたしに、ちかづくな!』
『なんで?』
『だって、“ちから”が大きすぎて、おさえきれないんだ』
ガクガク震える自分の手
「ごめん……ごめんな?俺、お前のこと傷つけて……ッ……」
「……ッ……真耶……出来…ない……出来るはずがないッ!」
涙を流しながら、少女は少年に訴える。
だが、少年は真っ直ぐに少女を見て言う。
「翠琉!早く、しろ!……っ……もう、俺にも…抑え切れない!早、く……やつごと、俺を……!」
――― 気が、狂いそうになる
否、いっそ、狂ってしまえたらどんなに楽だろう
『わたし、みんな傷つけちゃうんだ。だから……おそとに出たら、いけないんだ』
「……封、解……ッ!」
『ふぅ~ん?でも、キミのほうが傷ついてるみたい』
差し伸ばされた手
それまで“闇”しか知らなかった少女に
初めて差し出された光
血の繋がった実の兄ですら否定した自分を受け入れてくれた
これは一体、いつのことだろう?
「其の眠り深淵の果てより呼び覚まし給う。殊にかふりょくをいたして邪を祓わんと、恐み恐み白す。顕現せよ、神剣崇月!」
カッと光が起こったかと思うと、低い声が翠琉を包む。
(身の程知らずの不届きもの。その名を申せ)
『キミ、名前は?』
「神羅一族は媛巫女の翠琉……契約をッ!!」
『……すい、る……』
(ほう?……おぬし、中々興味深い魂の色をしておるな。良かろう……真の主ではないお前が、我を手にするには代償を支払わなければならぬ。何を差し出すか?)
―― 真耶……唯一の、光
「……我が光……」
—— 光を失うのに
この場に留まる理由がない
共に、闇に堕ちるだけ
『んじゃあ、すいる!今日からは僕が守ってあげるからね!』
―――ザシュッ‥‥‥
鮮血が皮肉にも緋い月の下
紅葉と美しく舞う。
『翠琉!』
うらやましいとさえ思う、屈託のない笑顔。
自分には絶対に出来ない
—— まさに“光”……
だが今前にある笑顔は儚く、壊れてしまいそうになる。
己の血で深紅に染まった両の手で、翠琉の頬に触れる。
「すい、る……?泣い、て…る、の……か……?」
自分の頬を撫でるその手を握り締めて、翠琉は首を横に振る。
「ごめん。……ごめん、な……翠…琉。また、守っ…て……やれな、か……」
—— 最期の抱擁
薄れゆく意識の中、
少年は確かに愛しいものの温もりを感じ又、少女は ——……
翠琉は、少年の身体から熱が引くのを感じていた。
「ま、や……?」
少年の身体から、風が吹き抜けたかのように力が抜ける。
少女は、声にもならぬ慟哭をあげた。
—— その瞬間……
少女から全ての光は失われた。
―――翠琉。誰がお前の敵になろうと、俺がお前を必ず守る
―――ガシャーン!
「……義母様……」
「いや!バケモノ!!私のッ……私の息子を返して!」
物とともに飛んでくる罵詈雑言
非難の視線
「バケモノ」
「物の怪の子」
「一族の汚点」
「呪いの御子」
「人ならざる恐ろしい異端者」
―― そう、私はバケモノ……
そんな翠琉を守るように立ちはだかるのは、
「おやめください!もう充分のはず!これ以上……これ以上主を責めないで下さい!」
「いいんだ。白銀……」
「……っ!?……ですがっ!」
静かに、微笑すら浮かべて静止を掛ける翠琉に、白銀は言い募ろうとする。
「いいんだ、これで……」
だが、そのどこか全てを諦めたように笑む翠琉に遮られ、白銀は押し黙ってしまった。
―― そう、これでいいんだ
頬を涙が静かに伝う。