⑥
こちら一方、紗貴。宮毘羅からの攻撃を紙一重でかわしながら、カウンター攻撃を繰り出す。だがしかし、その攻撃が届くことはなくて。時折、鼻腔をくすぐる甘ったるい香りに紗貴は違和感を覚えつつも、それを考える余裕はなかった。
それが、そもそもの間違いだったのだ。
……じわり、じわりと……まるで、蜘蛛の巣の様に紗貴を絡め取っていく。それは正しく蜜色の罠だった。攻防の応酬を繰り広げてから、どちらからともなく間合いを置く。
―― まずい……
紗貴は、心身共に限界を感じていた。だというのに、相手は息一つ上がった素振りを見せない。
―― むしろ、まだ余裕綽々って感じよね
どういうつもりか知る由もないが、宮毘羅がまだ本気でないことは紗貴にも判りきっていた。それが余計、紗貴の癇に触る。
―― 落ち着け、焦るな。必ず機はある
自身を叱咤しながら、右腕に装着している絶風爪を掴む左手に力を込めた。
「か弱いことよ。もう限界か?」
嘲笑うような宮毘羅の言葉に、紗貴は闘志を隠そうともせずに睨み返す。
「お気遣い、ドーモ。けど……お生憎様。舐めてんじゃねえよって感じ?」
言いながら、渾身の力を込めて地面を蹴った。
―― 何ッ……?
……蹴った、つもりだった。
しかし、紗貴の意に反して身体は硬直してしまったかの様に、指先一つ動かす事が叶わない。
「な……に……?カ……ラダ……?」
―― 身体が、動かないッ!?
気付いた時には、言葉をまともに発する事すら出来ない状態になってしまっていた。そんな紗貴の様子に、ニヤリと満足そうな笑みを宮毘羅は浮かべる。
「ようやっと、効いて来たか」
「あ……んた……何をッ……」
朦朧としてゆく意識。霞む視線は定まらない。それでも、負けてなるものかと、その一心で敵を……宮毘羅を睨み付ける。
「ほう?まだ抗うか……面白い娘だ」
心底おかしそうに、くつくつと喉で嗤う宮毘羅は、そのまま紗貴の目の前へ手を翳した。それが、合図だった。
―― ガクン……
まるで、糸が切れた操り人形の様に、紗貴はその場に膝をつき、力なく項垂れる。その瞳からは、生気が消え失せてしまっていた。
「この香に、ここまで抗ったのは、主が初めての事ぞ」
―― 誇るが良い
言いながら宮毘羅が握っていた右拳を開くと、僅かな風に怪しい煙が舞い上がる。新しく手に入れた人形の顎に手を添えて、自身の方へと向けた。
「我の二つ名、まだ教えておらなんだな。“操師”……それが、我の通り名よ」
その二つ名の通り、宮毘羅は他者を操る。相手の意識を殺してしまい、その肉体を人形の様に操るのだ。
意識の“死”とは、即ち“精神”を破壊する事を意味する。
「だがの。時折、居るのだよ。主の様に頑強な精神の持ち主が……」
言いながら、さらりと紗貴の頬を撫でる。それでも、紗貴は何の反応も示しはしない。
「中々に落ぬ者に、この香を使う」
そう、あの攻防自体が、宮毘羅の仕組んだものだったのだ。紗貴も、判ってはいた。宮毘羅が“本気”ではないことを。しかし、“何故、本気ではないのか”その目論見を推し量る事が出来なかった。それが紗貴の敗因だった。
「壊しがいのある……作りがいのある、人形であったぞ」
紗貴に聞こえるはずがない。それは宮毘羅自身が一番判っている事だ。それでも尚、自身の人形へと語りかける。
「さて、主が来るのを待っておる童子どもがおったの。挨拶に行くとしようか」
クイッと宮毘羅が指を引くような仕草をする。呼応するように、紗貴が……否、紗貴であった“モノ”がその場に立ち上がった。
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