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その気の奔流は、蕎が目的地への“道”を開いたことを全員に伝えていた。昨夜のうちに決めていたことだった。
『こん中で道開けるんは、俺くらいや』
そう言い切ったのは、蕎その人だ。無論、その言葉に翠琉は反論した。
『私でも、開けよう。そのような負担を掛ける訳には』
―― いかない……
その言葉は、蕎によって遮られた。
『あんさんは囮や』
その言い様に険しい表情になったのは白銀と周だ。
『貴様ッ!』
『あんたっ!言うに事欠いてッ!』
それを止めた無言で止めたのは誰でもない紗貴だった。
『で?蕎くんの考えを聞かせて?』
恐らく、敵の勢力が二分しているのだろうということは、ここへ訪れる前に白銀から既に聞き及んでいた。
“3人の始祖”に付き従う“忌部一族”
“梵天”という絶対君主に忠誠を誓う“邪神”
この二大勢力は、ある一点に於いてのみ思惑が合致していた。それこそが“神剣の在処を知ること”だった。16年前、当時の覇神一族が宗主、覇神 由隆が邪神の主たる“梵天を”身を賭して封じる際に用いたとされるのが、“天定”と呼ばれる一振りの神剣だ。
布都御霊劔と呼ばれるこの剣は、翠琉自身が現時点で“鞘”となり治めている“崇月”と対なす剣だ。“佐士御魂”と呼ばれる神魂が宿るとされている。
その“神剣”が、忌部と邪神を繋いでいると推測されていた。
忌部一族は、あくまでも神剣を求めている。
邪神の真の目的は、神剣ではない。その先にあることは想像に容易い。“神剣天定”に封じられた梵天の半身ともいえる“御力”を取り戻そうとしているのだ。つまり、忌部とは異なり、最終的には神剣の破壊を目的としているということで。
ちなみに、神剣を持って来るように告げたのは、此未都葵だ。此未都葵は、忌部一族の者である。
『“待つ”言うたんは、あくまでも“忌部”や。邪神らは、一言も言っとらん』
「だからこそ、神剣の使い手がここに残り、持たない者が道を開く……正解だったみたいだな」
翠琉は、昨夜のやり取りを思い出したのか、薄い笑みを浮かべた。良くも悪くも、神剣は力ある者を呼び寄せる。まして、翠琉が“鞘”代わりを務めているとはいえ、今の状況は神剣が抜き身のまま歩いているのとさして変わりがない。
道を開くにはそれなりの時間を有する。
破魔術には、大まかに分けて“紋様式”と“詠唱式”の2通りが存在する。今回は、その二つを掛け合わせた“融合術式”と呼ばれる特殊な術式が用いられていた。
今から向かうのは、結界が張られている神路山だ。強力な呪術を構築する際には並外れた集中力を要求される。そんな中、万が一でも襲撃を受ければ一貫の終わりだ。蕎が“門”を構築するまでの保険として、翠琉がその場に留まったのだ。
「何せ、アンタ達の狙いは“神剣の使い手”諸共剣を破壊する事なんでしょう?」
紗貴が切り込みながら宮毘羅に迫る。そして、宮毘羅と競り合ったまま振り返ることなく自分の背後にいるだろう弟に言う。
「早く先に進みなさいッ!」
その、いつになく鋭い声に由貴は駆け寄ろうとしていた足を思わず留めた。
「私はいいから、早く前に進みなさいっ!」
「八雲奏でるは天津風の調べ。遍く虚空より凄惨なる蒼古の霹靂呼び醒まさん。招来雷公」
※※※※※
姉ちゃんの叫びと、翠琉の声、そして轟音が耳をつんざく。蕎が待っている正門前まで、一気に醜が消し飛ばされていた。
「今のうちに行くぞ」
どうやら、翠琉の仕業らしい。言うなり、翠琉が先陣を切って走り出した。向かうのは、蕎が待っている正門だ。白銀、周もその後に続いて走って行く。判ってる、先に進まないといけないって。でも、それでも俺の足は前に進まなくて。
「何やってんの!アンタの覚悟はそんなもんだったの?仲間、信じられないくらい薄っぺらいモノだったの!?」
その叫びに、はっとした。そうだ、言ったのは俺だ。
“誰の命も奪わせない! ”
それは、きっと俺一人じゃ無理で。すごく甘い事を……理想を言っている事は、頭のどこかで判っていて。それでも……諦める事が出来なくて。
「……ッ……待ってるから、後で絶対に来いよな!」
信じることも大切なんだと、俺は自分に言い聞かせて、俺は姉ちゃんに背を向けて走り出した。
※※※※※
背中に去っていく気配を感じながら、紗貴はふっと笑んで弟へと囁いた。
「私の役目はね、東方守護総代筆頭分家 瑞智家当主としてアンタを無事、神剣へと導く事……」
その声が届かないと判っていながら、そっと囁いた。そして、すっと笑みを引くと渾身の力を込めて宮毘羅を押し返す。
「随分と優しいのね?弟達を見逃してくれるなんて」
口は笑っていても、目は全く笑ってはいない。鋭く睨み付けながら放たれた言葉に、宮毘羅はふっと余裕の笑みを口の端に浮かべた。
「主こそ、一人で我の相手が務まるとでも?」
紗貴は圧倒的な力に竦み上がりそうになる両脚を叱咤する。
『死ぬなよ』
不意に耳元に蘇ったのは昨夜の熱。
『待ってるから、後で絶対に来いよな!』
ついさっきの由貴の必死な叫び。
―― 絶対に勝つッ!
「はあああッ!!」
声を上げて、宮毘羅へと攻撃を仕掛ける。だが、攻撃が届くか届かないか、その一瞬のうちに宮毘羅が視界から消えた。
「ちっ!」
紗貴は軸足に体重を掛けて身体を反転させる。そのまま防御の体勢を取って宮毘羅の攻撃を受け止めた。防いだところから、痺れるような痛みが走る。
「ほう?防いだか。中々やりよる」
宮毘羅は余裕綽々といった様子で紗貴を嘲笑った。
「いつまで、笑ってられるかしら?」
―― 負けるわけにはいかない!!
紗貴も負けじと冷笑を浮かべると、気を引き締めるように、相手を睨みつけたまま体勢を整える。一瞬、何とも甘い香りが鼻腔を擽った気がしたが、気にしている余裕はない。
「さて、我が術を破る事が適うと良いな?」
宮毘羅が物騒な言葉を零したが、紗貴に届く事はない。それも計算のうちだと言わんばかりにニタリと笑んだまま、仕掛けて来る紗貴へと刃を向けた。
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