⑥
―― ガバッ!!
屈み込み抱き付いて、頬擦りしてくる由貴に、白銀は言わずにはいられなかった。
(我が名は“シロ”ではいのだが)
「だってお前、白いじゃん!だからシロっ!」
自信満々にそう言ってのける由貴に、思わず白銀は脱力する。人間の行動であれば“肩を落とす”この表現が一番的確であろう。しかし白銀は、そのことを一瞬で脳内から削除し、対峙する二人へと意識を戻した。
「ククク……どうした?攻撃して来い。出来るのならばな……まあ、出来ないだろうが?下手に動けば、そこの人間の命はないからなあ」
優越感に酔って笑む操鬼を、白銀が威嚇する。
「やめろ、白銀!……操鬼、お前の望みは何だ?」
「ほう?物分りがいいじゃないか」
言いながら操鬼は歩を進める。
先にいるのは言うまでもなく翠琉だ。
「こうすることだ!」
―― ドスッ!
鈍い音と共に細い翠琉の身体が宙に浮く。
更に追加攻撃を一発二発と操鬼は容赦なく叩き込む。
※※※※※※
「なっ!やめろ!」
ひでえよ、あんまりだ!
見ているこっちが痛くなる!
「がはっ、くッ……」
ああっ!馬鹿野郎!
立つなっちゅうに!また攻撃されるだろうが!
—— って、え……?
「あいつ、目が見えてないのか!?」
「ああ、我が主の瞳は見えてはおらん」
…………
俺、思考ストップのため、しばらくお待ちください
…………
「おッ……おおおおぉおぉぉおお、お前はあぁぁ!……むぐっ!」
シロォ!?って、口塞ぐなあ!
「お静かに」
低音美ボイスでそう言われて、俺は反射でコクコクと何度もうなずくしかなかった。
わあ~ぉ……シロが一瞬にして、和服姿の美人な兄ちゃんになったよ。ミスターマ○ックもびっくりだな!
しかも、俺を抱えてジャ―ンプ……力持ちだな……
その前に、どういう仕組みで俺は……俺たちは空中に留まっているんでしょうか?と、いきなり翠琉が笑い出す。
「お前が馬鹿で助かったよ」
クロ助、何気に切れた?
「貴様、気でも狂ったか?……まあいい、止めだ!!」
「出来るのならば、やってみろ」
ああ!またそんな挑発して!
駄目だってば!
殺されるってマジで!
—— ってか……
「なあ、下降りねえ?後さ、どうやって俺たち空中に浮いてんのか、タネ明かししてほしいんだけど」
「すぐに片がつく。黙っておれ」
言葉で一蹴、俺撃沈。
いや、だからさあ……そんな、睨まなくてもいいじゃんか。ちょっと聞いただけなのに……
「御光よ」
シロが呟く。一体なんだ?
「どういうことだ!なぜ身体が動かない!?娘!何をしたあ!!」
クロ助ご乱心?
「どうした?来ないのならば、こちらから行くぞ?」
完全に優劣が逆転していた。手で数珠を弄びながら、操鬼を眺める。それを操鬼は怒りと畏怖の念を込めて睨む。
「足元、見てみろ」
翠琉の言葉に誘われるように、操鬼は自分の足元を見る。そして愕然としてしまった。
そこには幾何学的で複雑な陣が描かれていた。
「いつの間に!」
「そう‥‥縛呪だ。これでお前の動き、全て封じた。私がただで殴らせると思ったか?……愚か者め」
「貴様、何をする気だ!?」
もはや、操鬼に余裕はない。ただ恐怖の念に駆られ、目の前の娘から視線を放せないでいた。
「こうするに決まっているッ!!!」
即答かよ、お前……
お?シロ?
「始まる……解!」
シロが一言なんか言った途端に、俺たちは光の膜らしきものに包まれた。
間を置かずに翠琉が数珠を構える。
「奉霊の時来たりて、此へ集うは万象に集いし眷属。我集い、誘うは灼熱の儀式。其に捧げるは聖なる抱擁」
「いッ……嫌だ……やめてくれ……ッ……助けてくれ!!」
情けを請うが、翠琉は操鬼のそんな言葉に耳を貸そうとせず、呪を唱えあげた。
「紅蓮の炎従え我の前へその姿示せ、朱雀!!」
―――ブワアアァァァ―……
うっ!わああ!すげえ!
滅茶苦茶でっけえ鳥が出て来たよ!
言葉の通り、火の鳥だ。
「轟炎をもって薙ぎ払え!」
しかも、翠琉のその一言で全部終わっちまった。
紅蓮の鳥が、本当に一瞬でクロ助を焼き払った。
—— 跡形もなく、だ……
これも、いつもの夢だったりして
何か、現実味がねえ……
「サンキュー……」
俺は、半ば放心状態で手をヒラヒラさせて呟いた。
「あ!」
反射的に由貴が翠琉に駆け寄ったが、間に合わず黒い怨気が翠琉に直撃した。
その衝撃に耐えかねた翠琉の痩身が揺らぐ。
(苦しめッ……苦しむがいい……破魔一族の娘よ。我が最期の呪詛でな)
一陣の黒い風に乗り、操鬼の最期の言葉と哄笑が響き渡る。俺は、倒れ込む翠琉を抱き留め、クロ助の残像を凝視した。
幻とか
幽霊とか
ましてや運命なんて
信じるほうじゃなかった。
――― そう……
この瞬間までは……
でも、否応なく腕の中にある重みが
“総て夢じゃない、現実なのだ”
と無言で俺に語りかける。
そして、この出会いが、全ての始まりだとは、この時の俺は知る由もなかった。
〈序章・了〉