⑤
―― 翠琉、お前を護ってやれなかった……
「……真耶……」
最期の言葉を思い出して、そうぽつりと呟く様に故人の名を口にする。
叫ぶでもなく。
泣くでもなく。
そっと、静かに呟いた。
「何で、私は……」
続く言葉は、音にならない。言っても詮無き事だと判っていても、言わずにはいられない。後悔だけが降り積もっていく。
そんな少女に掛ける言葉が見付からなくて、隠れていた木の陰からそっと去ろうする人影が一つあった。
だが、立ち去ろうとしたその瞬間……
―― ゲホゲホッ
嫌な咳が、耳に届いて思わず振り返った。遠目でも翠琉の手が赤く染まるのが判る。
「せっかく、水比奈がくれた命なのにな……」
―― 本当に嫌になる
「私はいつも、奪ってばかりだ」
―― やはり、この身は鞘には成り得ないのか……
胸に拡がる憂いと共に、翠琉は自身を静かに抱き締めた。その時、誰かが近付いてくる気配にサッと振り返る。
「誰だ!?」
鋭い誰何の声に、驚くでもなく慌てるでもなく、少年は翠琉に近付いた。その頭はしっかりと頭巾が覆っている。
「悪い。盗み聞きするつもりじゃなかったんだ」
頭巾を付けている為か、くぐもった声でそう翠琉に詫びる少年の声に、翠琉は光を失ったその漆黒の瞳をさ迷わせながら「ああ」と安堵の息を漏らした。
「青影殿か」
名を呼べば、相手が苦笑するのが気配で伝わる。
「隣、良いか?」
青影と呼ばれた緋岐は翠琉に尋ねているようでその実、白銀にお伺いを立てていた。白銀は、そっと静かに立ち上がると翠琉に気付かれないように気配を消したままその場を去った。
「ああ」
翠琉が頷くのを確認して、緋岐は隣に腰を下ろした。
「……青影殿、ここまで巻き込んでしまってすまない」
突然頭を下げられて、緋岐は思わず動揺してしまった。言葉もなく動揺した事は、翠琉にも気配で伝わったのか。その動揺を違う意味で受け取ったらしい翠琉は、苦笑を漏らす。
「今更、だな。本当に……私は何でこう、全て上手く出来ないんだろう」
自嘲の笑みを浮かべる翠琉に、緋岐は短く「いいや」と応えて、言葉を続けた。
「そんな事ない。これは……俺が選んだ道だから……君のせいじゃないよ」
妹だというのに、何と呼んだら良いのか迷ってしまう自分が情けなくて、緋岐はそっと目を伏せた。思い出されるのは先ほどの蘭子の言葉。
『治りたいという気持ちがなければ、私の力は意味を成さない』
そう、蘭子の力は治癒ではない。あくまでも精神感応だ。他者の精神に同調し、力を底上げするというのが、蘭子の持つ本来の力。
『あの子は、自分の“生”に対する執着が全く無い』
先の戦いで多かれ少なかれ負傷した面々の治療に奔走していた蘭子は、例外なく翠琉の元にも訪れていた。だが、蘭子の能力は翠琉には通用しなくて……それでも、翠琉の傷は塞がった。
―― そう、本人の意思とは関係なく
異様に発達した常人離れした回復力が、翠琉の意思とは関係なしに自己治癒を行った結果だった。
『死ぬ気だね。あの子は』
不吉な言葉が、何度も繰り返し緋岐の頭を巡る。振り払おうとしてもそれは消えず。気付けば自然と、妹の姿を捜し求めていた。だが、いざ実際見付けてしまうと、掛ける言葉が見付からなくて。
「君は、死ぬ事が怖くないのか?」
飾らない、そんな言葉が口を吐いて出たのだった。呆けた顔で、自分の方を向いている翠琉。そんな翠琉の表情を見て、自身の失言を悔いてももう遅い。
「あっ……いや、そのッ……」
―― 俺は馬鹿か!?
自身を心の中で罵倒するも上手な言葉が見付からず、しどろもどろと意味のない言葉を口篭ってしまった。そんな緋岐の様子に苦笑を浮かべて翠琉が応える。
「別に、怖くないな」
それは世間話でもする様に、何の感慨もなしにあっさりとした返答だった。
「特に、執着もない」
ふいと視線を上に移し、見えない筈の月を仰ぐ。しばらくそんな翠琉の横顔を見ていたが、重い口を緋岐は開いた。
「君が死んだら、家族が悲しむ」
はっきり断言するように言われた言葉に、翠琉はゆっくりと頭を振った。「どうして」そう緋岐が問う前に、翠琉が遠い過去を見詰める様に目を細めて話し出した。
「父と母は、もういない。兄とは、縁がない……こちら側に、来てほしくないし、私は嫌われているから……」
その言葉に、緋岐の心臓がドキリと大きく跳ね上がった。
『……あ、に、……さま……』
手を伸ばす先にいる少年は、困惑気にただそこに佇んでいて……再度、少女が口を開きかけたその瞬間。
『俺を兄だなんて呼ぶな!!俺から全部奪って、一人ぬくぬくと過ごしてきたくせにッ!!俺から、何もかも奪っておいて、今更なんだよッ!!!お前みたいなバケモノが妹なわけないだろう!!』
綺麗な服を着て、綺麗に髪を整えられているのに、自分よりも不幸なまなざしをして、救ってほしいと手を伸ばす相手に少年は苛立ちを押さえきれなくて。
『返せよ!!!母さんを、……父さんをッ……俺の居場所を、呪力を返せッ……出来ないんなら、もう俺の前に現れるな。俺を兄だなんて呼ぶな!!!迷惑なんだよ!!』
耳にこびり付いて離れない、そんな罵倒は……だがしかし、翠琉にしてみれば、投げかけられて当たり前のこと。だけど、平然とその言葉を受け止められていることが、緋岐にはどうしようもなく悲しくて。
「不快な思いをさせてしまった……」
―― 誰が、こんなバケモノに“兄”と呼ばれて喜ぶだろうか?
その翠琉の言葉に、緋岐は思わず自身の拳を強く握り締めた。声が、震えないようにするのが今の緋岐には精一杯だった。
「君を罵った……自分のことばっかりで身勝手なヤツを……その兄を恨んでないのか?憎くないのか?」
どんな言葉も、受け止める覚悟は出来ていた。だがしかし、翠琉の反応は大きく緋岐の予想を裏切ったものだった。
「何故?厭われて当然だろう、私の様な者は……」
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