③
ところ変わって中庭では、緋岐と周が並んで話していた。冗談でも感動の再会とは言い難い雰囲気である。
因みに、今は翠琉が傍にいないので緋岐も頭巾を取っている状態だ。まあ“再会した”と大袈裟に表現する仲でもないのだが。真耶は生前、時折ふらりと緋岐の前へ現れた。無論お忍びでだ。それは、翠琉に関する事象を報告する為で。
一度、「何故来るのか?」と尋ねた事がある。そ「もう関係ない」と相手に仄めかしたのだ。聡い真耶が、その真意を汲み取るには容易くて……だが、敢えて気付かぬ振りをして笑顔で
「だって、緋岐兄さんには知る義務があるから」そう宣った。
それは暗に「逃げる事は赦さない」と緋岐へ向けられた言葉だった。そんな真耶の供として時折随行していたのが、周その人だった。殆ど会話らしい会話を交わしたことはない。顔見知り程度だ。
「じゃあ、本当に翠琉が真耶を?」
「はい。私だって、信じられなかったっ……ですがッ……」
―― 風に紅の葉が乱舞する
―― 朱い月が怪しく照らす
『!?兄様……姉様……?』
最初に変わり果てた二人を見付けたのは、周だった。兄姉と慕うその二人の余りの凄惨な光景は、今でも鮮明に思い出すことが出来た。木に寄り掛かるようにして、白かった装束を己のそれで真っ赤に染め上げ微動だにしない真耶。鮮血に濡れた刀を握り締めたまま虚空を仰ぐ翠琉もまた、朱く、朱く染められていて。
「それから翠琉は牢に監禁されたんだったな」
緋岐の言葉に周は頷く。申し開きも何もなかった。ただ一言「私の咎だ」そう呟いて、沈黙してしまったのだ。
「私は、事情も判らず責めてばかりだった」
それは周の今まで誰にも言えなかった悲痛な叫び。
―― 何故!?
真相も判らぬまま、ただ目の前には“真耶殺しの犯人”としての翠琉が居るだけ。だからこそ、翠琉が赦せなかった。赦す事がどうしても出来なかった。
それは、それだけ信用していたからで……だけど、一度だけ……たった一度、翠琉の監禁されている牢へ足を運んだ事があった。そこには変わり果てた翠琉の姿があった。
―― 否、それは既に翠琉ではなく。生きる屍……まるで人形のよう……
そう、ぐったりと、ただそこで息をするだけの人形がそこには在った。その人形が握り締めているのは、硝子の欠片。手の平と硝子の境が判らなくなるほど血で染まっているそれを、絡繰人形が如く何度も何度も突き立てる。傍には砕けた花瓶があった。
『翠琉!止めなさい!!』
そんな翠琉を必死に止めようとしていたのが、同じ檻の中に閉じ込められた状態で、何らかの呪術で人型を保てなくなった白銀だった。だがしかし、犬の姿で出来ることは限られていて……
耐え切れなくなった周は ――
「私は、その場から逃げてしまった」
―― 何て、情けない……
そう自分を恥じる周に緋岐は静かに首を横に振る。
「俺だって、同じだよ。俺も、逃げ出した」
半年前 ――
神羅に呼び出されて向かった先で翠琉の姿を目の当たりにした。
『何なんですかっ!これは!!』
緋岐は焦燥感に駆られるままに隣の男を問い詰めた。
『言っているでしょう?咎人だと』
だが、男はただ涼しい顔でそう応えるだけだ。
『早く!早く手当てをっ!!』
視線の先にあるのは、深々と突き刺した硝子片をそのままに虚ろな瞳をさ迷わせる妹を象った人形。
『このバケモノにはちょうど良い罰ですよ。貴方様の父母の仇でもある……違いますか?』
その言い様に返す言葉が見付からなかった。その男はまるで過去の自分そのものだったのだ。
翠琉を“バケモノ”だと蔑み憎み、そして居場所を奪ったと恨んでいた、かつての自分がそこには居た。もう過去とは決別した筈なのに、蓋をこじ開けられたような感覚が緋岐を襲った。だから、捨てた。
言われるがままに、神羅一族宗主の証である継承武具“楼華来数珠”を継承し、来たるときが来れば、神羅の業を背負うと約束して、その場から逃げ出したのだ。
「もう、誰の言葉も届かないと、俺はそのとき翠琉を捨てたんだよ」
―― 何て身勝手なんだろう……
自嘲の笑みを浮かべてから緋岐は周に問う。そう、今この場で周と相対しているのは決して昔を懐かしむ為ではない。
「神羅は、必ずしも味方ではないんだな?」
その緋岐の確認するような言葉に周は頷く。それは今年の4月の事だった。周が十四の誕生日を迎えた日のことである。突如一族は騒然となった。頑強な結界によって閉ざされていたはずの牢が打ち破られ、もぬけの殻となっていたのだ。それは、つまり翠琉が逃亡した事を意味していて。
直ぐに会合が設けられる事となった。無論、その場に周も出席する筈だったのだが……密かに“御所”と呼ばれる神羅一族の長 ―― 西方守護総代でもある祖父から呼び出された。
『お前は、翠琉の庇護師。なれば、媛巫女の傍におるが責務であろう。一刻も早く見つけ出せ』
『恐れながら、媛巫女は罪人です。裁かれるべきです!!』
間髪居れずに、周は祖父に拝跪したままそう異を唱えた。
『ならば、己が眼でしかと確かめて来ると良い。その後、命を狩るも付き従うもそれはお主にしか判らぬ。詮無き事よ』
「最初、私には何の事だかさっぱり判りませんでした。でも今なら……」
今になって理解する事が出来た。“あの夜”の真相を白銀から聞き及んだ時から、周の心は決まっていた。固い意志がその瞳には込められていて。
「強いな、周は……」
そう、寂しそうに緋岐は微笑んだ。
その時 ――
「そんな流暢に恰好付けてる場合かよ、このへたれ」
言葉という名の暴力が、緋岐を容赦なく殴り倒したのだった。
「ろ、楼条院……」
―― あのなあ……
そう非難するように蘭子を睨み付けるものの、蘭子は何処吹く風だ。
「先ほどは、ありがとうございました」
ついさっき蘭子から治療を施されたばかりの周は、そう言って頭を下げる。
「気にするな。それが私の仕事だからな」
フッと笑みながら蘭子は頷く。
「あ、もしかして……緋岐兄様に何か御用事でしょうか?」
―― でしたら私はこれで……
気を利かせて退散しようとした周を呼び止めたのは、誰でもない蘭子だった。
「聞いておけ。守りたいんだったらな」
その言い様はいつになく真剣で……緋岐は生唾をゴクリと飲み込み思わず姿勢を正したのだった。
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