⑤
……って、なんでうちの剣道部はこおんなに遅いかなあ……
8時だよ?
しかもただの8時じゃない!
夜の8時だ!
暗いんだって、コンチクショウ
あの、変な夢を見始めてから、もう3か月。
慣れるか、慣れないかで言ったら、まあ、慣れるものでもないけど、毎日勉強に部活に道場の稽古に、時々遊びに行って……なんていうか、日常の生活に溶け込んじゃった感じ?
季節は、もう既に夏の気配。まだ暑い!!ってわけじゃないけど、7月にもなれば陽が暮れるのも遅くなる……んだけど、流石に8時にもなると真っ暗だ。
一応、東京に住んでるけど本当に名ばかりの東京で原宿とか新宿とか渋谷とか、一般的にいう東京からはかけ離れた田舎でさ。都心から電車に揺られて1時間くらい行ったところに俺んちはあるんだ。だからさ、夜になると古い建物が強調されて、デルって感じなんだよ。
しかも、同じ剣道部の友人には『気を付けて帰れよ?なーんか、嫌な予感するんだよな』なんて言われるし!
『俺の勘が言ってる』
が、口ぐせのヤツなんだけど、その勘っていうのが本当に当たることが多いから、マジでやめて欲しいッ
今日に限って、いっつも一緒に帰ってる先輩達とは別行動だし……なんか、用事があるんだって。夜のバイト、うちの高校禁止されてるはずなのに、時々「今からバイト」とか言って、どっか行くんだよね。で、姉ちゃんも一緒にしてるみたいで……何やってるんだって感じなんだよなあ。
でも、じいちゃんたちも、先生たちも公認???してるっぽし……うーん。
とにかく、さっさと家に帰ろ……
腹減ったし。
――でも、何でだろう?
俺は例の神社の前まで来ると、急ぐ足を止めて、鳥居を見遣った。
そこで脳裏を掠めたのが、昼間の敦の言葉。
『必然なら、また逢えるさ』
敦の言ってた“必然”が、一体なんなのかは俺には判らない。
でも、ただなんとなく……
7月に桜が咲くはずがないんだけど
“逢える”気がしてならない。
無意識のうちに、俺は石段に足をかけていた。
……え……?
………いや……
夢なら醒めて欲しいんっすけどっ!?
マジ!?よし!確認!
―― ギュウウゥゥ……
うし!痛い!
滅茶苦茶痛い!
これは現実だ!
「お前に用がある」
「……」
絶句って、こういう状況のこというんだろうな、きっと……
「顔を出せ!」
「……は……い……?」
月明かりに映し出される姿はあの時のままでいいんですけど……ね?
文句なしっすよ?
……でも……その意味不明な言葉は一体何!?顔を、これ以上どうやって出せと!?っていうか、そんなどす効かせた声で睨まれても……
何とか俺は声を絞り出す。顔筋が引きつるのが、自分でもよく判る。
「あの……俺に何か用?」
――ううぅ~……
空気が寒い、視線が痛てぇ!
「出て来る気がないのならば、無理矢理にでも引きずり出してやる」
っておい!こっちの質問、カミングアウトかよ!
っつーか、その前に話噛み合ってねえし!
――って……
………何だっ!?
その見るからに怪しい数珠は!
……とっ……取り敢えず、足あるか確認っ!
よし、足はあるな。良かった、生きてる人間だ。こんな時に何だが、昼間「少女は霊説」を俺にかましてくれた蕎に、ガッツポーズだ。
「我望まんは、真なる幻影……更也りて……」
何なんだ!?
この怪しい呪文は!
一体なんだってんだよぉ~……
もう泣きたくなってきたぞ!?
本っっっ当に、こいつ何者!?
はっ!
まさか、新手の宗教勧誘!?
「……虚妄の真偽を今問う時ぞ。我が前に、その真なる姿を現し給え操鬼!」
「何じゃこりゃあ!」
ちょい待ち!タンマ!
マジストップ!
マジックショーなら種明かししやがれ!
むしろ明かして下さい!
冗談きついよ!?
なあんで、俺の影から狼人間みたいなクロ助が出てくんだよ!?
説明してしんぜよう!
俺命名「クロ助」の外見。
顔、狼で身体はワイルドでマッチョな人間の大男
下半身は毛むくじゃら
手の先も何気に獣で素敵に尖った爪付き
――……みたいな?
ウゲエ……きもい……
どうせなら、もっと可愛いやつ出て来いよなあ。
……ったく……
これならまだポチの方がマシ!
――……って……
あれ?
……そういや……
俺、昼間蕎に、何かに憑かれてるって言われなかったっけ?
確か……ポチ?……あの犬、黒かったよな?
…………まさか…………
クロ助の頭は
狼じゃなくて
……犬?
クロ助 = ポチ?
とか何とか言ってる間に、戦闘ものになってるし
「ち!小賢しい娘め!昼間はうまく逃げおおせたというに……何者だ!?」
クロ助がしゃべったあ!
犬ってしゃべれたか!?
その前に、アレは犬としても人としてもやばかろう。
「お前のような小物に名乗る名などない。大人しく消えろ……」
あわわわ……娘さん!
やばいっすよ!
“小物”発言でクロ助キレちまったようですよ!
クロ助の周りの温度が急低下してます!
「我を……小物、とな……?」
「ふん。小物に小物と言って何が悪い?何かに憑かねば、形を成すこともままならぬ下っ端風情がっ!」
そんな、あんさん冷静な……
あまつさえ冷笑浮かべて挑発すんな!
ってか、俺の存在完璧無視されてるよ。
んでもって、無視ったまま格闘もんになってるし……
―― バシュッ!
操鬼の攻撃を横に跳躍し回避しながら、娘はその手に落ちていた長めの木の枝を握る。
俺はRPGを生で体験してんのか?
……ってか、どこでカメラ回してんだ!?
オラ!ドラマ撮影とか、ドッキリとかならもうそろそろディレクター出て来いよな!っていうか頼むから出て来てください、オネガイシマス。
ああっ!今度は何!?
何の呪文!?
「奉霊の時来たりて、此へ集うは万象に集いし眷属。我紡ぐは汚穢物絶ち凪ぐ言の葉。降魔の剣と成りて我が左手に宿り給え!」
―― うおおおぉぉぉぉぉ!
意味さっぱりわかんねえケド、すげえ……娘さんの手にあったただの木の枝が、スッゲエ切れる武器になってクロ助に切りかかる。
―― ガキイイィィィン―……
すんげえ攻防戦だなあ、おい。
―― いやあ~……
も~、見てる方の心臓に悪いわ。
―― え……?
それなら見てないで逃げろ?……しまった、その手があったあ!じゃなくて!!俺も逃げれるならとっくの昔に逃げてるさ。
―― でも、できねえのよ、これが……
あ、ぎっくり腰じゃないからな?
聞いてびっくり、見て仰天……なんと俺の影とクロ助の影が縫い付けられたみたいに繋がってて、俺は動けねえんだ。
……バッと、どちらからともなく間合いを開ける。お互い軽い掠り傷を負っただけで、あとはどうもないようだ。
ハイ!先生質問デス。
なあんであの二人、息が全然上がってないんだ!?なんで乱れてねえの!?あんっだけ暴れといて……って、あのぉ……視線??
「なっ……なんだよ……」
「何故逃げないんだ?普通は逃げるだろうが……」
うおおおぉぉぉ!
やめてくれぇ!
お願いだから、そんな不思議そうに首傾げないでおくれえぇぇぇ!!
「逃げれるもんなら、逃げてらいっ!……動かねえのよ、コンチクショー!」
「!?ちぃ!」
あう、舌打ちされちったよ。って、何かが前に?娘サン??
「其は忌むべき芳命にして偽印の使途、滅せよ!」
―― ジャラ……
数珠がなると同時にクロ助の放った攻撃が跳ね返される。
守ってくれたんだ……
「貴様の力の源、この人間か……通りで雑魚にしてはやると思った……重複寄生だな?さしずめ、犬の魂に寄生してから、こいつに寄生した……か」
「ああ、そうだ……こいつ、ただの人にしてはかなり力を持っているからな」
卑ひた笑みを浮かべる操鬼に、娘は眉をしかめる。
「……卑怯な……」
ストオーップ!
寄生って何だよ!
それじゃアレか!?
クロ助は、じつは新種の南極大陸のさる某研究所で開発された、虫!?
そんなバナナ!
ちなみに俺は、バナナが死ぬほど嫌い!
(翠琉、手を貸しましょうか‥‥?)
「いや、いい……どんな小細工を弄したところで、所詮小物は小物。それに、下手に動けば宿主のそいつが危ない。白銀はそいつを頼む」
(は、仰せのままに……)
今度は何だよ
犬と以心伝心しちまったよ
……こう、何てえの?
脳に直接ビビ!……みたいな
ムツ○ロウさんもびっくりだよ
それより
そっかあ
あいつ、“すいる”っていうのか
服装だけじゃなくて、名前も変わってるんだなあ
一歩間違ったら“するめ”やんけ
俺が考えに耽っている間に、その白い犬が俺を庇う様に立ちはだかっていた。
何か、胸が熱くなってきたぞ!
「お前、俺を守ってくれてるのか!?ありがとうっ!!」