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『“援護者”っていうのは、破魔の業“邪狩り”を遂行する上で、情報収集を行ったり、日常生活を円滑に過ごせる様カモフラージュしたり……字の通り“祓師”をサポートする者の総称だ』
蘭姉ちゃんの言葉を、頭の中で反芻する。
将先輩は“異能者”って呼ばれる部類に入るんだって。“呪力”とはまた別の力を持ってる人なんだそうだ。
因みに、よし兄もそうなんだって。よし兄も緋岐先輩と同じ、“隔醒者”らしいんだけど……でも、鴻儒っていうのは西方守護総代神羅一族の筆頭分家だって言ってたし……。何より、破魔武具持ってたよな??数珠振り回してたもんな???隔醒者は破魔武具持ってないんじゃなかったのか???
何かもうホントに新しい言葉がたくさん出て来て俺の頭の中はパニックだよ。
『“祓師”っていうのは“邪狩り”といって実際に妖退治をしている術者のことを指す言葉』
――“援護者”と対なす言葉だ
そう色々教えてくれた蘭姉ちゃんは、もうここにはいない。今もそれぞれの部屋を訪問中の筈。
実は、俺の一番怪我が酷かったっていうことに驚いた。どうやら、GパンにTシャツっていうのがいけなかったらしい。そういえば、他の人達って色々とコスプレちっくな服着てたよなあ。あの服が、実は皆が軽傷で済んだ秘訣みたいだ。
“守衣”って呼ばれている服で……絹より軽く鋼鉄より頑強な守りを誇るらしい。それを着ていなかったから、もろに攻撃を喰らったってわけだ。
でも、ちゃんと治療してくれる蘭姉ちゃんが居るんだから問題ないんじゃないかなあとか思っていたら、その心を読まれたらしくてきつく諭された。
「いいか?私は確かに援護者で、治癒能力を有している。でもこれだって万能じゃない。実際は私が治してるわけじゃない」
蘭姉ちゃんも、勿論“破魔一族”ではあるんだけど……これまたちょっと立場が違うんだって。代々受け継がれている能力が“精神感応”。他人と同調する事で、対象となった者の治癒力を高める。
『だから、治りが早いように見えるが。対象者の精神力が弱っていれば何の役にも立たない』
―― それに、受けたダメージを“なかった”事には出来ない
つまりは怪我は治るだけで、身体疲労の回復までは出来ないって事で……傷を完治させるのにも、結構な体力を使うんだって。
『首が飛んだり、腕が千切れたりしてしまえば、もう私にはどうすることも出来ん』
―― だから、自分は大事にしろ
『ゲームみたいに、現実は上手くいかないんだからな』
そう、最後には説教をされてしまった。
『明朝、夜が明ける前には発つ。それまで、とにかく今はゆっくり休んどけよ』
そう言われたものの、眠れるわけがない。色んなことが一気に起きすぎて、なんだか実感がわかないっていうのが俺の本心だ。未だに、現実なのか夢なのか、良く判らない。
ただ一つだけはっきりとしている事は、俺にとっての“非”日常が、俺の周りの人たちにとっては“日常”だということで……いや、違う、俺だけが知らないんだ。俺だけが、現実を見ていなかった。
「俺が……俺だけが、知らないのか?」
音に出してみれば、とても虚しい寂寥感に襲われる。駄目だな。今まで何やかんやでバタバタしてて、考える暇とかなかったけど……こうも時間が出来ると、色々考えてしまう。しかも、部屋の中には俺一人。それこそ、色んな事が頭の中をグルグル回って……それは、全部悪い方に向かっていて。
「由貴、ちょっと入るわよ?」
そう言って、突然の来訪者は俺の返事を待たずにずかずかと部屋の中に入って来たのだった。
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紗貴は「ああやっぱり」と心の中で嘆息した。気になって弟の部屋に来てみれば眉は頼りなさ気に下がっている。由貴が口を開くより、紗貴が早かった。
「悪かったわね。色々驚かせて」
その言葉に、由貴は「違うんだ」と首を横に振る。
「ごめん、姉ちゃん。俺、何にも知らなくて……」
「そりゃあ、知らなくて当然でしょうよ」
苦笑しながら紗貴はそう応える。その響きは限りなく優しい。
「私が、それを、望んだの」
「姉ちゃんが?」
言い聞かせるように、一言一言大切に噛み締めるように伝えれば、由貴は不思議そうに聞き返して来た。
「……そう……」
紗貴は、頷きながらはっきりと応える。破魔の業は、例え親類縁者であっても“呪力”を有さなければ知るところではない。つまりは、完璧に“表の世界”とは隔離されたところにある。確かに由貴には頑強な封印が幾重にも施されていた。それは全て、由貴を護る為のもので……だからと言って、由貴は部外者ではない。本来ならば、事情を知って然るべき理由、力を兼ね備えている。
―― それでも……
「私が、願った事よ。おじいちゃん……現東方守護総代代行に申し出たの」
どうしてだと、由貴は無言で紗貴に訊く。だが、紗貴が口を開くより先に何か結論に達したのか、更に情けない顔になった。
「俺、そんなに頼りない?……姉ちゃんと、ホントの姉弟じゃないから?」
その言葉が終わるか終わらないか……間髪居れずに、紗貴は怒鳴るように由貴へ言葉を返す。
「馬鹿言わないでっ!!」
それは、紗貴自身も驚くほど鋭い声音で。
「あんたを……私は頼りにしてた。家族の中で、唯一あんただけが“破魔”の業を知らない。だから、安心した」
―― そう、これは私の我侭だ
何度、その素直な心に救われた事か……
“破魔”として対峙する妖は、時に人の成れの果てであることも少なくなかった。人の醜い部分を厭というほど見せ付けられた。
それでも人を嫌いにならずに済んだのは……
「まだまだ人間、捨てたもんじゃないって思えたのは……由貴、あんたが“表の世界”で待っててくれたからよ」
―― だから、本当は一生弟には無関係で居て欲しかった
―― “こちら側”に来て“何か”変わってしまうのではないか。そんな恐怖が付き纏っていて
でも、そんな考えは杞憂に終わった。
「正直ね、おじいちゃんが母さんの事言った時……私も諦めてた」
『桜殿の事は、捨て置け。神剣の破壊 ―― 梵天討伐が最優先事項じゃ』
その一言をどんな思いで宣告したのか……計らずとも判りきったことだ。だからこそ、反論出来なかった。だが由貴は違った。真っ向から反対した。破魔の“業”に縛られぬ故のその破天荒な言葉が、どれほど救いになったか知れない。
『敵を倒す為に、武器を手にしたんじゃない。“守る為”におれは闘う』
その言葉は紗貴の心の奥底に響いてきて……諦めかけていた自分を恥じた。ガツンと頭を殴られたような感覚と共に、目が覚めたような気がした。
「あんたのその、馬鹿すぎるくらい真っ直ぐなところに、皆救われてるのよ」
それはきっと、様々なしがらみを知らない由貴だからこそ開ける事の出来た風穴。もしもあの時由貴がいなかったら‥‥考えるのも恐ろしい。だってそれは、母と二度と会えないと同意義なのだから。
「それに、ホントの姉弟かどうか、なんてが今更でしょ?」
言いながら、由貴にデコピンをかませば「痛てっ」と短い悲鳴が上がる。
「あんたと過ごした16年間って、そんな簡単に揺るぐような、そんな薄っぺらいものだったの?」
呆れたように、半ば諭す様にそう言ってくる紗貴に、とうとう由貴の瞳から涙が零れた。無言で首を横に振る由貴に紗貴は微笑を浮かべながら頭を小突く。
「ホント、世話の焼ける弟だこと……こんな馬鹿の姉なんて、私くらいにしか務まらないって……ねえ?」
言葉とは裏腹に、その言い様は限りなく優しくて。緊張の糸が解けたのか、俯いたまま嗚咽を抑えるように唇を噛み締めている弟を、そっと抱き寄せたのだった。
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