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沙羅夢幻想~ さらむげんそう ~  作者: 梨藍
地上編 第六章【誰(た)が為に】
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二度目のワープは……コーヒーカップの高速回転のようでした。だから何で、皆平気なんだ!?“目が回る”なんて生易しいもんじゃない。


「三番器官が、ぐっちゃぐちゃにされた気分だ……」


「“三番”器官やのうて、“三半” 規管やアホちゃうか。何や三番て。一番と二番が気になるわ」


 酷いよ、蕎!そう言えば昔‥‥遊園地に行った時の慣例行事がコーヒーカップの地獄の高速回転だったんだよなあ……嫌がる俺を、姉ちゃんが満面の笑みで引っ張っていってさ。


『あんたの為だから』


とか、訳わかんねえ事言いながら悲鳴を上げる俺をそっちのけで、そりゃあもう楽しそうにコーヒーカップをぐるんぐるん回しまくってた。もう忘れ去りたい過去のエピソード ナンバ ーワンだ。


―― そういえば、こうも言ってたな……


『コーヒーカップも修行の内よ!』


ん?あれ??修行のうち……???まだ視界がぐるぐる回っている俺の思考回路を読んだのか、姉ちゃんが得意満面の笑みを浮かべてバシバシ背中を叩いてくる。


「ほぉらね。言った通りだったでしょ?“修行のうち”って……」


「ありがとう!姉ちゃんっ!!」


やっとまともな視界と感覚が戻ってきた俺は、そう言って姉ちゃんの手を握り締める。一瞬だけ、姉ちゃんの頬が引き攣ったように見えたのは……この際見なかったことにしよう!



※※※※※※



キラキラと純粋な眼で礼を言われては、“何ちゃって。実はあんたの反応が余りに面白かったからよ!”という残酷な真実を突きつける事は出来なくて……紗貴は、深い溜息を吐き出すと由貴の肩を労わる様に‥‥何故か同情たっぷりに軽く2度叩く。


「悪徳商法に、引っ掛からないように気を付けるのよ?」


紗貴の意図する事が判らず、由貴はしばし眼を瞬かせてから「うん!」とこれまた何の捻りもない素直な返事を返したのだった。そんな二人に声が掛かる。


「何をしてるんだ二人共。ほらさっさと中へ入れ」


そこには玄関を開けたまま二人のやり取りを静観していた蘭子が立っていた。どうやら他のメンバーは、既に中に入ったらしい。


「ごめんごめん。ほら行くよ」


紗貴は言いながら、由貴を放って歩き出す。


「わわっ!待ってよ!!」


その後を慌てて由貴が追い掛けた。



※※※※※※



周は、訝しげな視線を露骨に向けていた。口はあんぐりと開いたままだ。そんな注目を浴びて、緋岐は視線を必死に逸らす。蕎は我関せずといった風で、白銀と翠琉は何やら話し込んでいる。


―― 眼は口ほどにものを言う


まさに、現状を表すに相応しい格言だろう。周の心情が手に取るように汲み取れた。


―― 緋岐兄様……こんなところにいらっしゃったのですか


―― いやその前に、何ですかその悪趣味な頭巾は


―― 忍者にでもなりたいんですか?


―― っていうか、熊さんて……


嫌な汗が、背中を伝う。緋岐にとってはまるで地獄のようなその沈黙は、長引けば長引くほど精神に大ダメージを与えていく。


(頼むから、口を開くな)


もう、胸の中で何度訴えただろうか‥だが、そんな緋岐の必死な訴えも音にならねば意味を成す筈もなく。周がついに、言葉を発すべく息を吸い込んだ。


まさにその時 ――


ガラッと障子が開いた。そこには蘭子を先頭に由貴と紗貴が立っている。


「遅くなって悪いな」


さして悪びれる風もなくそう一言社交辞令を口にすると、蘭子は座敷に入って腰を下ろした。由貴と紗貴もそれに続く。


「さて、今後のことだが……まずは、とにかく休め」

「いやでも蘭姉ちゃん」


由貴が言い募ろうとするのを、蘭子は視線のみで制す。


「そんなボロボロな状態で突っ込んで行ってどうする?万全の体制でも勝てるかどうか判らん相手だぞ?」


的を射たその正論に、誰も返す言葉が見付からない。


「焦燥に駆られ突っ走っても玉砕するだけだ。目に見えてる」


そこまで黙って聞いていたのだが、周が怖ず怖ず手を挙げた。


「あの……」


控えめなその言葉に、「何だ?」と蘭子が問う。


「いえ……まだ、自己紹介がまだだなあ……とか、思ったんですが……」


言外に、“あなたは誰ですか?”と尋ねる。


「あ、私は神羅 周と言います。翠琉姉様の庇護師です。よろしくお願いします」


「何や突然自己紹介タイムかいな」


周の隣に座している蕎は、軽く溜息を付くと一瞬だけ……ほんのちらりと由貴を見やってから口を開いた。


「相模……いや、坐神 蕎や。……本来京御三家が一、高野山の権大僧正(ごんのだいそうじょう)をやっとる」


無言でバトンを渡されたのは由貴で、思わぬ友人の自己紹介に目を白黒させつつも、居住まいを正す。


「えっと、瑞智 由貴「16歳です。馬鹿です。以上」


途中から紗貴に乗っ取られてしまった由貴は、部屋の隅っこで“の”の字を書いていじけてしまった。そんな由貴を見遣りながら蕎が一言。


「うざいで由貴。ホンマのこと言われて、拗ねる奴があるか」


身も蓋もないその言い様に、由貴は打ちひしがれる。だがそんな由貴も何のその、現況を作った筈の張本人は我関せずで口を開いた。


「瑞智 紗貴。由貴の姉です。趣味は“弟いじり”です」


そう言った紗貴の笑顔は、一段と輝いて見えたとその場に居合わせた少年Hは後に語る。


「……青影」


短くボソリと俯いたまま緋岐がそう言った瞬間……翠琉を除く全員が視線を逸らした。そして、肩が震えるのを見て緋岐は涙が出そうになったのだった。


しかも、視線をサッと逸らした中の一人に、まさかの紗貴がいるではないか。お揃いで被っていたウサギのアップリケ付きの赤い頭巾は、いつの間にか取り払われており、しれっと「赤影」ではなく「瑞智 紗貴」として自己紹介までしている。


(ヒドイ、紗貴……信じてたのに……)


心の中で訴えても届くはずもなく。


「寄るなよ、この変態頭巾」


止めの一言をしっかり忘れない蘭子。部屋の隅っこ族が、こうしてまた一人増員されたのだった。


「楼条院 蘭子だ。開業医を営む傍ら、代々“東方守護”の専属医を務めている家柄だ。私は紗貴の“庇護師”を務めている」


「あのさ、さっきから言ってるヒゴシってなに?トウホウシュゴ??」


 聞き慣れない単語に、由貴は遠慮がちに蘭子に尋ねる。無論部屋の隅っこから。


「そうか、お前には“こちら側の事情”は全く知らされてないんだったな」


 一人納得したように頷いて、簡潔に由貴へと告げる。


「“破魔一族”にも色々と役割があってな。蕎が言っていた京御三家は中立で“監視者”の業を担っている」


実働部隊とでも言おうか……実際に前線へ赴き妖と対峙しているのが、今は亡き覇神家を筆頭とする東方守護と称される一族。


「瑞智家はこの分家筋に当たる。だが今は総代代理……事実上トップだな」


―― そして……


「神羅家を総代とする西方守護と称される一族。その筆頭分家の名が鴻儒だと記憶しているんだがな」


 蘭子の言葉に「え?」と由貴は隣に視線を向ける。だが、それ以上口を開く前に蘭子が言葉を続ける。


「まあ、西がどんな常態か私は知らない。守備範囲外だ。言ったろ?私の家は、代々“東方守護”の専属医だと」


言外に“西の事情は一切知らない”と言い放つ。無論、問い質すような視線を緋岐に向けたまま。


破魔一族より東西へと派生した覇神一族と神羅一族は、それぞれが独自の発展を遂げていた。京御三家にいたっては、その実情すら知られていはいない。


不可侵が暗黙の了解となっていた。それが何故なのか……今となっては様々な説が囁かれている。


「例えばどちらかの家が倒れた時、もしも関係があった場合共倒れし兼ねない。そうすれば破魔の業を継ぐ者がいなくなる。そういった最悪の事態を避ける為ね」


そう、蘭子の言葉を継いで紗貴が言った。


「俺らは常に公平且つ冷静な判断を下し、道を正すようにと誰からの干渉も受けへん変わりに全ての事情を把握しとる」


これは、蕎の言葉だ。言外に「説明は不要」と告げたのだ。その意を汲んで、蘭子は頷いて最後に言う。


「とにかく、早く身体を休めたほうが良い。由貴、お前には後で説明してやる」


こうして翠琉と白銀が簡単に自己紹介をした後その場はお開きとなり、何時の間に用意されていたのか、各々に部屋が宛がわれており部屋へと引き上げたのだった。



※※※※※※

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