⑦
「でも、嫌いじゃない」
紗貴は一言そうはっきりきっぱり言い切って祖父と …… 否、破魔一族東方守護総代代行と真っ向から対峙する。
「悪いけど、私も由貴に賛成。私、諦め悪いのよねえ。それに……」
そこでふっと不敵で挑戦的な笑みを浮かべて正宗を見据えた。
「甘い考え?上等じゃない。やらないで後悔するなら、やって後悔する方が何万倍もマシ!」
「……姉ちゃん……」
感極まった由貴は、咽び泣きながら紗貴を見る。
「何情けない顔してるのよ。馬鹿ね」
何となく感動のクライマックスを迎えている瑞智兄弟に、思わぬ方向からストップが掛かる。
「何か策はあるのか?」
それは、至極まともな……だが全く空気を読んでいない問い掛けだった。
その場の空気が固まった事を気にも留めずに翠琉は続ける。
「それは、だから二手に分かれて」
由貴の言葉を待たずに翠琉は重ねるように言葉を続ける。
「だから、その戦力分散が危険と判断されての決断……違いますか?」
最後の方は、正宗に向けられたものだ。正宗は、それに視線を伏せる事で同意を示した。再び、重たい沈黙が圧し掛かって来る。
―― と、その時
「おい、邪魔するぞ」
そんな無遠慮な声と共に襖が開いた。そこに立っていたのは何とも人相の悪い青年 ―― 高条 鋭その人だ。
纏う空気は堅気の人間のものとは到底思えない。そんなどす黒いオーラを醸し出している青年は、咥えた煙草を何故か不味そうにふかしながら口を開く。
「おいジジイ」
それは紛れもなく正宗に向けられた言葉で。
「ジジイとは何じゃ」
呆れた様に息を吐き出しながら抗議する正宗に、鋭は「悪い」と気のない謝罪を述べながら、中庭に煙草を投げ捨てると緩慢な動作で敷居を跨いで部屋の中へ入る。そして正宗の前まで進むと見下ろした形のままで、再度口を開いた。
「間違った。“クソ”ジジイ」
その時……
―― いや、それは尚悪いんじゃ……
全員の心は一つになった。
約一名を除いて。
「まあ良い」
―― いいのか!?
だがしかし、誰もそのツッコミを口にするものはなかった。
「して、どうかしたかの?」
「外が騒がしくなって来てる。皐月家、吉柳家、志筑家の連中が既に到着済み。外で坂本が応対してる」
相変わらずの仏頂面で玄関の方をくいっと指差す。
「俺は伝達係だ。」ともっともらしい事を言ってはいるものの、その実面倒事を体よく相棒に押し付けただけのようだ。
「あいつらに捉まると、話長げえぞ?半端なく。こんなところでちんたらしてる場合じゃねえだろ」
経験があるのか「ああだりい。」そう不快そうにぼやきながら言う。
事態についていけていない面々を取り残したまま正宗は重たい大きく一つ溜息を付くと、未だ茫然としたままの由貴達に向かって言う。
「どうやら覇神の分家連中が騒ぎを嗅ぎ付けて押し掛けて来たようじゃ。奴等の相手はわしに任せて、主らは早急に場を移すが良い。これは、主らの戦い‥‥好きにせい」
そこまで一気に話すと、一息ついて今度は鋭に向けて正宗は続けて言う。
「頼んでおった道は、もう繋いでおるの?」
「ああ。天海と楼条院には伝えてある。裏山で待機中だ」
鋭の口から出て来た思いもしなかった名前に目を見開いたのは由貴だ。
「将先輩に、蘭姉ちゃん!?」
由貴の驚きの声を無視して、事態は急展開を迎えていく。天海と楼条院というのは、由貴にも親しみ深い名である。
天海 将は緋岐と同じ児童養護施設出身の少年で、由貴も籍を置く南条高等学校剣道部主将サマだ。お人好しを体現したような風貌で長身の彼は、緋岐の同居人である。
楼条院 蘭子は紗貴の無二の親友だ。大和撫子を絵に描いたような出で立ちなのだが、外見を大きく裏切る中々に男気溢れる少女で。
どちらも由貴にしてみれば昔馴染みの仲である。
「まさか、将先輩と蘭姉ちゃんまでとは……」
―― ホントに世間は狭いねっ!
一人でそう感慨に耽っている由貴を余所に、皆そそくさと移動を始めてる。
「何してるの、行くわよ由貴!」
「待ってよ、姉ちゃん」
呼ばれて事態の把握もままならないまま、由貴は慌てて立ち上がる。
「じゃあ、じいちゃん……行って来ます!」
そんな言葉を残して、皆の後を慌てて付いていった由貴に正宗は苦笑を浮かべた。そして、縁側の柱に背を預けて二本目の煙草に火を点けている最中の鋭の隣に並んで立った。
「かたじけないのう」
「……何がだ」
たまたま、あんなタイミングで出て来たとは到底思えなくて。判り難い思いやりにふっと正宗は微笑を零した。
「ひねくれておるのう」
その言葉に、鋭は不満げに更に眉間の皺を深めた。
「それはお互い様だろうが。あんな判りやすい挑発しやがって」
暗に、全部盗み聴いていた事を仄めかしている鋭の隣に並びながら、正宗は静かに答える。
「はてさて、何の事かのう?」
しらばっくれる正宗に鋭は素っ気無く返す。
「あいつが見捨てる選択を選んだらどうする気だったんだ?」
首を擡げた興味心に勝てなくて鋭は正宗に問いを重ねた。
『この戦いに負ける訳にはゆかぬ。その為ならば多少の犠牲も仕方在るまい』
これから先、激化するであろう衝突を前にどうしても確かめておかなければならなかった。
由貴の“覚悟”が如何程のものか ――
だが、それは杞憂に終わった。
その事に、内心ではほっと胸を撫で下ろしていたのだった。その心中を察しての鋭の問いに「さあのう」と言ってはぐらかす。
その表情から応えは返って来ないと判断した鋭は、聞き出す事を早々に諦めて「狸じじい」とぼそりと漏らす。
「さてと……もう少し付き合ってもらえるかな?高条警部補」
からかいを帯びたその物言いに鋭は眉根を寄せて心底嫌そうに溜息と共に煙を肺の底から吐き出しながら「めんどくせー。」そうぼやきながらも足音のする方を冷めた目で見遣った。
そこに居並ぶのは、破魔一族東方守護総代 覇神一族の分家当主の面々で。
「よく、来てくれたのう」
柔和な笑みの仮面を穿いた正宗は、既に紗貴と由貴の祖父ではなくて守護総代代行の顔になっていた。
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