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沙羅夢幻想~ さらむげんそう ~  作者: 梨藍
地上編 第四章【過去の呪縛】
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「もう一度聞く、何故このような事をした」


翠琉の言葉に、水比奈はきっぱりと応えた。


「私は、間違った事をしたとは思っておりません」


「何?」


「翠琉さまから、笑顔を……“日常”を奪ったのは、神羅です!忌部の屋敷に居た頃の貴女の方が、幸せそうだったっ!」


今度は翠琉が言葉を失う番だ。


「私は昔、貴女様のお父上にお仕えしておりました」


その言葉に緋岐も息を呑んだ。


「だから、翠琉さま。主が……翠琉さまのご尊父が記憶を封じる前の貴女のお姿も、私は知っている」


無邪気に笑っていた。無垢な子どもから、全てを奪ったのは神羅一族だと水比奈は言う。主を失い、付喪神としての力も弱まり始めていた。祓われる覚悟をしていた。


なのに運命の悪戯は二人を引き合わせた。


「偶然なのか、それとも必然なのか……でも、私は貴方になら祓われても構わないと思いました」


だから、無駄な抵抗は止めた。


「なのに」


記憶の欠片すら残ってはいない筈だ。


鴻儒(こうじゅ) 緋翠(ひすい)は稀代の術師。その才能を買われて、筆頭分家の次男でありながら、神羅一族の宗主にと望まれた逸材だ。失敗など有り得はしない。それは、彼の式神として常に共にあった水比奈が一番良く知る事だった。彼の望みはたった一つ。


『お前は忘れなさい。全てを忘れて新しい道を歩みなさい』


―― 闇に身を堕とした自分と、幼子には重過ぎる“咎”を忘れて前へと進むこと。


その為に父として……親として唯一出来る事が“記憶隠蔽”だった。その意思を、水比奈には無視する事など出来なくて。


「あなたは、私を自身の式神とすることで拘束した」


心と裏腹なことを、水比奈は敢えて口にする。


―― 貴方は私に手を差し伸べて下さった


だから、今度こそ守ると……


主君を死なせはしないと忠誠を誓った。だが、そう心に決めて付き従えば従うほどに突きつけられる現実。神羅(しんら) 翠琉(すいる)と名乗るようになった少女への仕打ちは酷いものだった。


生傷の絶える事のない日々。

味方なぞ居はしない。

牢獄のような、地獄の日々。


いつしか、翠琉から笑顔が消えた。


ただ事務的に、妖を祓う日々が待っていた。


水比奈の心に、は焦りと怒りのみが募っていった。


唯一の救いが、真耶の存在。彼だけは、翠琉を“人”として愛した。守ろうと必死に両手を広げていた。でも、その真耶すら失った翠琉の救いはいよいよなくなった。


―― だから……


水比奈は、忌部の里へと単独で還った。そして秘密の計画は動き出す。


忌部の里へと導けば、何か思い出すかも知れない。そうすれば、忌部へ帰参するかも知れない。


笑顔が戻るかもしれない。


もう、こんなにボロボロになるまで剣を振るわなくても良いかもしれない。


そんな淡い期待を抱いての事だった。


―― しかし、現実は違っていて……


翠琉は、どんな形であれ未来へ進む道を選んだ。だから絶対に口には出さない。


翠琉の事だ。こんな事を言ってしまったら、きっと自身を責めてしまう。心優しい少女の胸は、きっと抉られてしまう。だから、上辺だけの真実を言葉にする。


「私は過去に戻りたかった。現在なんていらない。だから、あなたを道連れに忌部へ帰ろうとしました。でも、それも叶わないのなら」


―― あなたを殺して自由を手に入れるまで……


水比奈の言葉に呼応するかのように、砕け散った鏡の破片が宙に浮く。そして一斉に翠琉の方へと刃を剥いた。


翠琉も走り出す。


『お前、鏡の付喪神か』

『どうぞ‥‥覚悟は出来ております』


幼い、小さな手が跪く水比奈に差し出される。


『死にたくないのだったら共に来るか?』

『よろしいのですか?』

『ああ、どうせ捨てる命なら私にくれ』

『はい……はい、喜んで』


―― 水比奈、私が望んだのはこんな事じゃない……


こんな事、望んではいなかったのに。


崇月を構え、叫び声を上げながら一点に狙いを定めて駆ける。


水比奈の仕掛けた破片が翠琉の身体に裂傷を与える。


だが、それにも構わず翠琉は駆ける。


「ああああああ!!!」


それは、慟哭のようで。


―― キィィィィィィン


そんな耳を劈くような音がしたかと思うと、真っ二つに割られた手鏡が宙を舞った。その手鏡こそが、水比奈の本体だ。そして地に落ちる前に光の粒子となって霧散したのだった。


(由貴さん、翠琉さまをどうかよろしくお願いします)


いきなり脳内に響いた声に、由貴は驚いたように、緋岐と紗貴に視線を送った。でも二人とも何も聴こえていないのか、翠琉の後姿をただ黙って見守っている。


(ってことは、これは俺にだけ聴こえた言葉……)


それは、水比奈さんの、遺言だ。


―― ああ……


と、由貴は悟る。やはり、水比奈にとって大切なのは翠琉だけだったのだと、由貴は思い知らされた。


恐らく、あえて恨み言を言い、未練が残らない様にしたのだろうということも、容易に想像することが出来た。


自分が消える事で、翠琉が泣かないようにと。


何て愚かで

何て身勝手な


一途な愛情なのだろうか……


(水比奈さん……判ってたんじゃないのか?こうなるって……)


もう返ってくることはない。それでも、由貴は問わずにはいられなかった。


(それでも少しの望みに賭けたかったんだよな?翠琉の笑顔の為に)


『……主を……翠琉さまをよろしくお願いします』


(思えばあの時、水比奈さんは全てを覚悟していたんだろうな)


―― 自分が消えた後、翠琉を守る誰かをきっと探してたのだと、今なら判る。


(ちゃんと、守るよ)


改めて、由貴は胸の奥深くで水比奈に誓ったのだった。


「急ごう。道場が危ない」


沈黙を破ったのは翠琉だった。


沈黙といっても、10秒も経ってはいない。先程の余韻を一切感じさせない気丈な振る舞いに、三人の胸は痛んだ。


だが、ここで感傷に浸っている時間などない。直ぐに、呪の詠唱を翠琉が始める。



※※※※※※



瑞智家に辿り着いた由貴、翠琉、緋岐そして紗貴の四人は、目の前に広がる惨状に息を呑んだ。


庭の木は薙ぎ倒され、居間の天井も半分が吹き飛ばされており半壊状態。激戦が繰り広げられた痕跡が生々しく残っていた。


庭に一人佇む白銀。正宗、蕎そして周の三人は、横たわったままピクリとも動かない。


「嘘、だろう?」


変わり果てた我が家を愕然と見つめて、由貴はその言葉だけをどうにか絞り出したのだった。



〈第四章・了〉

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