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沙羅夢幻想~ さらむげんそう ~  作者: 梨藍
地上編 第四章【過去の呪縛】
33/108


「ったく、世話の焼ける……」

「余裕だのう。戦いの最中に相手を気に留めるとは……」


どちらからともなく、間合いを取る。


「いや、待たせて悪かったな。出来の悪い弟分を持つと大変なんだ、色々」


飄々とそう言ってのける緋岐(ひき)に、男は微笑を漏らす。


「流石、我らが同志たる鴻儒(こうじゅ) 緋翠(ひすい)の子だ。どうやって抑えておるかは知らぬが、中々の度胸と呪力の持ち主と見える」


その言葉に緋岐はピクリと僅かに反応を示す。


「どういう……だ?」


言いながら構えるのは緋岐の所持する破魔継承武具(はまけいしょうぶぐ)楼華来数珠(ろうからいじゅず)だ。


「我らの仲間となるのなら話してやろう」

「悪いな、なる気はさらさらない」


思わぬところで耳にする事となった実父の名に、一瞬動揺を示したもののすぐに緋岐は相手を見据えなおす。


「その根性、気に入ったぞ、小僧!」


言いながら二振りの刀で緋岐を襲う。紙一重でかわしながら、緋岐は相手の動きを伺う。尚も男は余裕綽綽といった風に言葉を続けた。


「我が名は迂津至命(うつしのみこと)。此れは我が愛刀“染朱双剣(せんじゅそうけん)”」


負けじと、攻撃を受け止めながら緋岐も言葉を返す。

「親切にどうも。俺は鴻儒(こうじゅ) 緋岐(ひき)……今更、神羅は関係ない!」


―― 母を……


そして自分を捨てた面影すら覚えていない父の存在よりも、今の緋岐には大切なものがある。そう、割り切って生きてきた。


“神羅”という名を捨てたとき、過去とは決別したのだ。


だが、突然突き付けられた父の過去。

気にならないわけが無い。


矛盾していることは、緋岐自身が一番良く判っていた。


「おぬしの妹君も、その昔我らが同志であったとしてもか?」


―― 切り札のつもりだったのだろう


だが、緋岐はその事は先刻承知していた。

神羅一族でも極一部のものしか知らない事実。


翠琉自身すら知らない過去。

十数年前、破魔一族を震撼させる存在が現れた。


それが神羅 緋翠。

正真正銘、緋岐と翠琉の実父である。


稀代の呪力を保持しながら、祓うべ“闇”にその身を呑まれた。通り名を“狩神(かがみ)”という。


狩神の対処にあたったのが、神羅一族だった。狩神の正体が神羅一族の者であることを隠蔽する事も、狙いのうちにあった。その狙い通り今や狩神の正体が神羅 緋翠であった事を知る者は神羅一族の者以外他に無い。


だが、まさか忌部一族と通じていたとは……

恐らくは、神羅一族の中でも知る者はないであろう新事実である。緋岐が一瞬動揺してしまったのも無理はない。9年前、狩神を“祓う”事で事態は収束した。


そして、一人の少女が捕縛された。


名を翠琉。


十にも満たないその幼子は、だが大人顔負けの呪力を有していた。


様々な検査の結果、神羅 緋翠の実子である事が判明。



夜には大人たち同様“邪狩り”の任務を与えられた。


当時まだ7歳だった緋岐は何の事だか判らぬまま、一人の少女への憎悪だけを植え付けられた。


―― 母親だと信じていた女によって……


『俺達から、お父さんを奪ったバケモノ』

『自分の父親を、闇に堕とした悪魔』

『忌部一族の手先』


毎日のように、繰り返し……

繰り返し言い聞かせられたその言葉……


『緋岐……緋岐、あなたはどこにも行かないで。私を一人にしないで……』


呪詛のように耳について離れない声。自分を抱き締める幻影は、重い重い鎖となって、緋岐を深淵へと繋ぎ止めていた。


襖の向こうから伸ばされる自分を求める傷だらけの小さな手。


『兄、様……』


耳を塞ぎ、求める手を振り払った過去の自分。

本当は嬉しかった。物心ついた時には既に心を患っていた母親だと信じていた女と二人の生活は、苦痛以外の何ものでもなくて。


だから、妹の存在を知った時、本当はとても嬉しかった。


会いたいと思った。


一緒に、日の当たるところで笑いたかった。


伸ばされた手を握り返したかった。


でもそれを許してはもらえなかった。


“憎む”事しか、許されなかった。


“恨む”事でしか、自分を守ることが出来なかった。


でも、今は違う。


「悪いが、過去に縛られるのはもう止めたんだ。翠琉が何だろうが俺のたった一人の妹。ただそれだけだ」


本当なら、当たり前の答え。


この応えに辿り着くまで一体何年掛かったのだろう?周りの沢山の人たちのお陰で、ようやく気付いた。


「そして、今の翠琉はあんた等と戦う事を決めた。ならば俺があんた等と組む要因なんて一つも無い」


なあ翠琉……もう遅いのかもしれない。

お前の中に“兄”はもう存在しないかも知れない。


—— それでも俺は……


翠琉、お前がまだ“闇”の中にいるというのなら


足掻く事すら諦めて

その現実を受け止めているというのなら……


昔伸ばされた手を今掴むよ

望まれていようがいないだろうが構いやしない


一緒に、“未来”を生きたい

沢山、話をしたい


—— 翠琉……

全部お前の口から聞きたいんだ


「それは、残念な事だ」


さして感慨もなさそうに迂津至命がそう言葉を返す。


「さらばだ、少年」


言うや否や、仕掛けたのは迂津至命だ。


「くっ!?」


ようやっと防いだものの、全てを防ぐ事は叶わなかったらしく数箇所裂傷を負う。目の前に居たはずの迂津至命はいつの間にか緋岐の後ろに移動していた。


(見えなかった!?)


更なる攻撃が続く。最早、力の差は歴然としており緋岐の身体には裂傷が刻まれていくばかりだ。呪を詠唱する時間すら与えてはくれない。


「次で、最後だ」


―― ドスッ


刃物が突き刺す、独特の音が嫌に大きく静寂の中に響いた。


伊須厨(いすず)……何故……?」


だが、そう驚きの声を上げたのは緋岐ではなく迂津至命の方だった。肩を貫くのは伊須厨の所持する二つの武具が一つ、鋭砕飛刀(えいさいひとう)だ。


「そんな、迂津至命……?」


攻撃が当たってしまった事に戸惑いを隠せず、伊須厨が呆然と呟くように言う。


―— そして……


「何やられちゃってんだよ!」


少し怒った様に緋岐の隣に立つ由貴。


「うるさい。一言余計だ」


何だか無性に腹ただしくて、緋岐は容赦なく由貴の頭に鉄拳制裁を下す。


「いてっ!」


そう言いながら屈み込む由貴を見る。

満身創痍ではあるが、まだ余力は十分に残っているようだ。


「遅いんだよ」


そんな言葉をぶっきらぼうに投げかけながら、改めて相手を見据える。伊須厨の鋭砕飛刀は迂津至命に致命傷を与える前に僅かながら方向転換したらしく、致命傷には至らなかったらしい。それどころか不思議な事に、刺さった鋭砕飛刀を抜いた痕すら残ってはいない。しかし、その再生力が返って彼らが人ならざる者である事を雄弁に語っているようだった。


目に入りかかったのだろうか。血を豪快に手の甲で拭いながら由貴も自身の武器 十掬剣(とつかのけん)を構える。


「一人より二人、だろ?」


言いながら、緋岐に笑む。何だかその笑顔に安堵している自分が恥ずかしくて、思わず仏頂面でもう一度由貴を殴った。


「当たり前だ。ここから、反撃開始だ」


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