③
「プッ………………ッハッハッハッハッ!」
「~~~~~~~」
あまりの怒りに、俺の叫びは声にならなかった。
思わず手に持ってた牛乳パックを握りつぶす。
顔が真っ赤なのが、自分でも判る。
恥ずかしいからじゃねえぞ!
いや、確かに恥ずかしいってのもあるけどよ、でも断じて違うっ!
俺は今、究極に腹が立ってるんだっ!
「ゆゆゆゆゆゆ夢っ……しかも、美人な……ぷっ……女の人………忘れられないってか?……腹がっ……腹筋がっ!いてっ……苦し…………」
「夢じゃねえ!一回はマジで逢ったんだって!」
いつもなら学校に行ってる間で一番楽しいはずの昼休み。
でも今日の俺にとってはまさに生き地獄だった……
この、今にも悶絶死しそうな勢いで腹抱えて大笑いしやがっている失礼極まりない奴は、俺の幼馴染にしてバスケ馬鹿な高条 敦だ。
事の発端は俺が相談したことから始まった。
――そう、あれは……
俺がまだ高校に入学して間もない、4月……
不安と期待(9割不安)を胸に、俺はまだ新調の制服に身を包んでいた。
「いや、近所の兄ちゃんのおさがりだし……っていうか、不安要素多いな、お前」
そして、俺はその日も遅くまで部活にも行かず、勉学に勤しんでいた。
「ただの補習だろ?春休み明けのテストが全教科合わせて百点だったから、お前だけ特別に」
その日の帰り道のことだった。
※※※※※※
由貴は、昔よく遊んでいた神社の目の前で、思わず立ち止まってしまった。
何でかは、由貴自身にも判らない。
ただ、夕暮れに舞う桜に誘われるようにして、彼はその石段を登っていた。
風が導くその先に広がっていたのは
幻想の世界
漆黒の髪を風に戯そばせ
一振りの刀を携えて佇む人影
傍には月光を浴びて
銀に輝く犬
いきなり眼前に広がった浮世離れしたその光景に、由貴はただ魅入ることしか出来なかった。
「……一体……」
その呟きに、由貴が来たことを悟った鳥たちが、一斉にその人影から飛び去る。
「!?」
その人影が、驚いたように振り返る。
それは……
――美しい少女だった
少女は、由貴の登場に困惑を隠せないでいる様子だった。
呆けてしまっていた由貴は、その少女の様子に酷く慌てていた。
「あ!ごめん!ちょっと上がって来てみたら、お前いて……びっくりしただけだからさ。あ、俺、瑞智 由貴。お前、名前は?引っ越して来たのか?」
とにかく、近付いて手を差し出す。
そのとき……
――ザアアァァァ……
桜吹雪に視界を奪われ、思わず目を庇う。
次に目を開けたときには、ただ残りの桜がひらひらと舞うだけで、娘の姿はどこにもなくて。
「……おおお……お化け!?幽霊!?」
動揺してあたふたと慌てふためく由貴のその問いに応える者は、そこにはいなかった。
※※※※※※
物心付いたときから
俺は時々不思議な夢を見る
広い広い草原
果のない澄んだ青い空
その向こうで微笑む人
懐かしいのに辛くて
名前を呼びたいのに
呼ぶべき名が判らない
そして
触れたくて手を伸ばしても
決して届くことはなかった
※※※※※※