⑥
同時刻、瑞智家。
「白銀さま、それは本当なんですか?」
「ああ、間違いない。私が見た全てだ」
事の真相は余りにも残酷で……周は言葉を失った。
「何で、姉様は私に言ってくれなかったのでしょうか」
教えてくれさえいれば、あんな愚行は起こさなかったのにと翠琉に一度でも刃を向けてしまった事を後悔しても、もう遅い。起こってしまった事実を変える事は出来はしない。過去は変えられないのだ。
「周、そなたが傷付くことを翠琉は恐れていた」
「そうかも知れません。ッ……それでも、私は……」
言葉に詰まる周に白銀は続けて言う。
「神羅から追われる身になるは判りきった事。当然、周は追う側となる。ならばいっそ、罪人として追われる事を翠琉は選んだ。全てを捨てたのだと、言っていた」
真実を知る事で、周の枷となるのなら……神羅の中で生きていくには、その中の秩序を守っていくしかない。遵守するほか、在りはしない。
それまで親しい仲だった者に追われる“覚悟”が如何ほどの物なのか、それは翠琉以外知り得はしない。
「それでも私はっ……」
―― 私は、真実を知りたかった
真実を知らず、あなたを恨む事のほうが辛かった。
知らず握り締めた拳の上に、雫が落ちる。
静かに涙を流す周を白銀はただ静かに見守っていた。
―― 翠琉、あなたを想い涙してくれる人は、まだいます
だからどうか“未来”を恐れないで下さい。祈る気持ちで、そう今は静かに寝ているであろう主に心の中で話しかけた。
—— が、そのとき……
「翠琉?」
別部屋で寝ているはずの翠琉の気配がない事に気が付いた。
―― しまった!!
人化を解いて犬の姿に戻ると一直線に翠琉が寝ているはずの部屋に走る。
(翠琉!!)
だが予想していた通り、今現在部屋の主であるはずの翠琉の姿はどこにもなかった。
「白銀さま?」
急いで後を追った周は同じく部屋がもぬけの殻になっていることに驚きを隠せずに、呆然としてしまった。白銀が部屋に入ると、翠琉が寝ていた布団の上に一枚の呪譜が置かれている事に気が付いた。それは、ある一定時間だけ身代わりになる呪譜だった。
(我々の眼を欺く為に?)
既に布団から人の温もりは消えている。それは翠琉がここを抜け出して時間が経っている事を示していて……
「白銀さま、姉様は一体どこに……」
(判らぬ)
白銀にも皆目検討が付かなかった。だがしかしその行く先は間違いなく梵天がいるであろう事は、容易に想像する事が出来た。そして、周と白銀の身を案じてだということもまた然り。
否、白銀の身を案じての事だろう。だが、そう思案に耽る事は許されなかった。
新たな邪気が、瑞智家を包み込む。馴染み深い、しかし絶対に相容れない存在。
「白銀さま、この気!!」
(間違いない妖だ。行くぞ!)
「はい!」
どちらからともなく母屋の居間に向かって走り出す。
「正宗さん!」
「おお、周さん。良いところにきた。ちょうどドラマが佳境でな」
のんびり茶を啜りながら二時間ドラマをどこぞの奥様よろしく熱心に観ている正宗の前に周はかしこまって座ると、正宗に言う。
「妖に囲まれました。私と白銀さまで向かい討ちます。ここには結界を張りましたので絶対に一歩たりとも外へは出ないよう願います」
口早にそういう周に正宗は余裕すら伺える笑みを浮かべて応える。
「気付かぬとでも思うたかな?わしとて瑞智をあずかる者。年寄り風情と、侮られては心外じゃ」
「それに奴さんの狙いは、判ってはるんです」
奥から、これまた場の緊迫感にそぐわず茶などを注いで持ってくる桜。
「お義父はん、もうよろしいどすな?」
「ああ、頃合だろう」
その言葉を受けて桜は自らの腕に嵌めていた腕輪を何の躊躇いもなく外す。瞬間、白銀と周はたじろいでしまった。予想に反する、強力な“呪力”の奔流がその場を包み込む。
「なるほど、犯人は岡崎警部補だったか」
などとドラマの結末を観て満足したのか、正宗はテレビを消すと立ち上がった。
「さて、客を丁重に御もてなしせねばな。白銀殿、周殿……ご助力、願えますかな?」
答えは判っているのだろう。正宗は微笑んでいる。
「勿論です。では結界を解除します」
周はそう言うと短く何事か呪を唱えた。同時にパンと何かが破裂するような音が耳に届いたかと思うと、何の合図もなく激しい攻撃が3人と1匹を襲ったのだった。
「玄関から来るという常識を無視しおってからに」
「正宗さん、その前に“お邪魔します”ってこいつら言ってません」
「靴も脱がんと上がってくるんはマナー違反やわ~」
「減点され過ぎたな、貴様ら……よって、死刑だ」
言葉が先か消えるのが先か……人型となった白銀の鋭い爪に引き裂かれて霧散する。力の差は歴然としており庭先まで醜を追いやるのに、そう時間は掛からなかった。
その様を高いところから見下ろす影が三つ。
「へえ?中々やるじゃない。破魔一族の血を薄めた、愚かで馬鹿な奴らの子孫にしては」
うち1人が楽しそうにクスクスと笑う。
「そう言うな。曲がりなりにも我らと血を同じくする者達ぞ」
諌めるでもなくただ淡々と言う青年に、少女は舌を出す。
「おい兄貴。あいつら、切り刻んで良いんだよな?あいつらみたいに……」
物騒な事をそう無碍もなく言う少年。
その少年に兄と呼ばれた青年は頷く。
「ああ、ただし……情報を引き出してからだ。どんな手段を使っても構わん。我らが導師の為に」
「我らが導師の為に」
兄に続いて二人も復唱すると、標的に向かって急降下を始めたのだった。




