③
由貴の心中を読んだのか紗貴はとどめと言わんばかりに、バナナを更に投げ付けた。残念ながら目の見えない翠琉に由貴が何者かの飛び道具で倒されたようにしか感じられなくて……
「いきなり攻撃して来るような輩を信じろと?しかも呪力の欠片も感じない一般人。足手まといはいらん。即刻立ち去れ」
殺気を隠そうとはせずに、翠琉は低く唸る様に相手を睨み付ける。
―― 二人か。だが“呪力”を持たないのなら、相手ではない
心中でどう動くか翠琉が思案していたそのとき、女の隣に立っていた男が口を開いた。
「頼むっ!一緒に、行かせてくれ……いや、連れて行ってくれるだけで構わない」
声の方を翠琉は見やる。
一瞬、逡巡した。だが伝わる由貴の気配からは外傷もさほど酷くはなく、ただ昏倒しているだけらしい。誰にも気付かれないよう、そっと小さく安堵の溜息を漏らすと、口を開いた。
「みすみす死にいくか。ふん……まあ、いい。来るなら勝手について来い。ただし、どうなっても私は知らないからな」
「感謝する」
男の返事を聞くや否や、翠琉は境内の方へとずいずい進む。そして、何の躊躇いもなく宮の扉を開けると、足を踏み入れた。狙いは中に鎮座されている鏡だ。
翠琉が中へと入っていったのを確認してから、紗貴は由貴を蹴り飛ばす。
「いつまで寝てるのカナ?ゆきりんこ!」
「いってぇ!むぐっ!!?」
「声、大きい。静かに!」
いやいやアンタが俺に叫ばせたんでしょうが!
しかも、口だけじゃなくて鼻っ!!鼻も塞がってるから!!!
酸素がっ……俺はエラ呼吸じゃなくて肺呼吸なんだよ。姉ちゃん気付いてくれぇ!
「紗貴、由貴が……」
後ろから遠慮がちに緋岐先輩が止めに入る。
「あら、情けないわねぇ」
いやいや!違うしっ!
なんかコメント間違ってるし!!
—— それよりも……
「なんで二人がここに居るんだよ!しかも何、その格好」
ちょっと場の空気を読んで小声で話す。姉ちゃんが着ているのはいつも見慣れた胴着じゃなくて、どことやらチャイナドレスを髣髴させる動きやすさを重視した胴着だ。
緋岐先輩も、何かちょっと変わった服を着ている。
「私の戦闘服よ」
「じゃあその銀行強盗でも始めそうな被り物は趣味?」
「へえ?そんな面白い馬鹿言っちゃうんだ」
ねっ、姉ちゃん……満面の笑みだけど怖いよ、怖すぎるよッ
「これは、私達の呪力を隠すものよ。ああ、封じてないから、呪力自体はちゃんと使えるわ。だから大丈夫」
「何から驚けば良い?緋岐先輩がこっち側の人間だって事?それとも姉ちゃんがこっち側の人間だってこと?それとも顔馴染みの二人が変な胴着着た上に変な頭巾被ってること?」
「いちいち全部に驚いときなさい」
うわ-……胸張って、言い切っちゃうんだ。まあ、そこが姉ちゃんの姉ちゃんたる所以なんだけどさ。
「で、そんな被り物してまで正体隠したい相手っていうのは、この場合翠琉なんだろ?なんで?」
もっともなこの由貴の質問に、緋岐は言葉を詰まらせた。
紗貴がやれやれと溜息を付きながら言う。
「『馬鹿でどうしようもない弟が、心配で居ても立ってもいられなかったので、付いて来ました』なんて事、翠琉ちゃんに言って欲しかったと?いいのよ?あんたの男株が大暴落するだけだから」
「その前に大暴落するくらい、株あったのか?」
「あ、そうか、ないか」
いやいや二人とも何か酷いし。何か誤魔化された感があるけど、正直、姉ちゃんと緋岐先輩いてくれたら凄く心強い。あ、でも、翠琉に名前ばらしちゃ不味いんだよな?後、さっきの会話もうっすらと聞こえてたんだけど、俺は姉ちゃんと緋岐先輩の事知らない設定なんだよな?
どうしよう……
「俺、二人を何て呼べばいいんだよ」
「そうねえ……」
姉ちゃんが口を開きかけたとき、細かい装飾が施されている鏡を一枚持って、翠琉が歩み寄ってきた。
「何をしてるんだ?」
尤もな質問だ。
「え?ああ、うん。女性の方が赤影さん、男性のほうが青影さんっていうんだって!ちょっと、これからの算段を相談してただけだよ」
うん、我ながらに、ナイスなあだ名!
……と、思っているのは由貴だけ。
―― そのネーミングセンス、どうにかしろ!
紗貴と緋岐がそう心中で叫んだ事は、言うまでもない。
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