②
―― ああ……
何だか翠琉の言いたい事が、判ってしまった。不謹慎だけど、少し嬉しい。
本気で俺の事を心配して言っている。
自分自身だって大変なのに……
他人を慮る余裕なんかない筈なのに……
多分、これが『神羅 翠琉』って人間の本質。
だから、きっと俺も放っておけないんだ。
「何がおかしい」
思わず、口元が緩んでしまっていたらしい。翠琉、ちょっと怒ってる?
「ごめん。でも、これって俺の問題でもあるんだ」
そう、多分それは翠琉と会ったあの桜の散る夜から、俺は『部外者』から『当事者』に代わった。
―― いや……
俺が知らなかっただけで、本当は最初から俺もフィールドに上に立っていたのかも知れない。
「だったら、俺は戦う。覚悟なんて、とうに出来てるよ。もう何を聞いても驚かない自信もあるし。例えば「地球は四角だった」とか聞いても、平常心でいられるし」
「いや、地球は丸いだろう?由貴、お前頭大丈夫か?」
「例えばの話だよ!」
ううっ!真面目に哀れみの目で見られると、何か心が折れそうだ……
「とにかく!知っちゃったもんは気になる!で、俺にも関係ある話なら、俺も戦う!戦える力があるのに逃げるのは、それは卑怯者のすることだ」
それに翠琉は『日常には戻れない』って言うけど、絶対にそんなことないと思うんだ。
少なくとも俺は、そんなことないって信じたい。
「翠琉にも、信じて欲しいんだよ」
「私には、戻る場所も、戻りたい『日常』もありはしない。だから私は、全てを捨てて戦える」
そう言い切れてしまう翠琉は、強いようで何だか寂しい。
でも、聞いてはいけない気がした。
気丈な言葉とは裏腹に、スゴク泣きそうに見えたから……
だから、聞けなかった。
あ、でもそうか!
「よし、判った!じゃあ、俺達と一緒に楽しくって仕方ない、帰りたくなる『日常』を作ろう!」
我ながら何てナイスでグレイトフルな案なんだろう!
「は?」
「いいか?忌部一族とやらをぶっ飛ばして、梵天と羅刹天やっつけて帰ってきたら、まず花火だ!」
ああそうだ、後少しで8月になる。そしたら、夏の祭りがぼちぼち始まる。
「祭りに行って、それから……それからカキ氷!んで、皆でバーベキューとかしてさ」
ないものは、作ってしまえば良いんだ。俺は、守りたいものがあるから戦えるんじゃないかと思う。
何もないとか、悲し過ぎる。
だって、じゃあ『戦う』っていう生きる理由が
――『梵天』っていう敵がいなくなったその後は?
その先にある未来を、翠琉は見ていない。
しかも同年代の女の子がっ!
世を儚むには、どう見積もっても60年は早過ぎる。
「な?ほら、もう出来たじゃん。作りたい『日常』が」
「……何故……」
「え?」
「何故、昨日今日あったばかりの私に、そこまで親身になれる?しかも、私はバケモノなんだぞ?」
もう、どうしてくれよう、溜息しか出ないぞこれは。どうやったら、ここまで暗い性格が出来上がるんだ?
「何回も言わせるな!翠琉は、ただの女の子!少なくとも、俺にはそう見える」
よし、決めた。
今、決めた!
翠琉が自分の事を『バケモノ』って言う間、俺は隣でずっと『ただの女の子』を連発してやる!
「とにかく、行くぞ?」
「え?私はまだ、お前の同伴を許した覚えは」
「俺は、俺自身のものだ」
頭のてっぺんから、足のつま先まで、俺自身のものなんだ。
「だから、悪いけど翠琉に俺を止める権利はないよ」
—— そう ……
“戦う術”を持たないなら致し方ない。着いて行ってもただも足手まといだ。
でも今の俺は違う。足手まといにならない為に、十掬剣を手に取った。
ちゃんと“戦う術”も持ってる。“戦う理由”だってある。“覚悟”だって俺なりにして、ここまで来たつもりだ。なら、誰にも俺の意思を止める権利はない。
観念したかのように、翠琉が溜息をついた。
やったね、俺の粘り勝ち!
「付いて来い」
言いながら、神社の境内へと続く階段を翠琉は登り出す。
その後を、俺も追うようにして付いていった。
はっきり言って、恋だの愛だのは良く判らない。敦とか蕎は「恋」だとか言ってたけど、でも俺自身はまだピンと来ない。
ただ判ってるのは、放っておけないってこと。
そして……これは、翠琉だけの戦いじゃなくて、俺の戦いでもあるってことだ。
「翠琉?」
先に歩いていた翠琉が、突然立ち止まった。不思議に思って名前を呼んでみたけど、反応がない。首を傾げながら翠琉の隣に立って、俺は思わず叫んだ。
いや、叫びかかった。
「えぇぇえぇぇええ!!?あっ‥‥ふがっ!!!??」
何で、姉ちゃんと緋岐先輩がここに!?しかも、なんで俺の口の中に黄色い大魔王が?
いやいや、その前に、その覆面マスクっぽいのはどういう趣味だよ二人ともッ
「由貴!?敵か!?大丈夫か?……貴様、何をした!」
翠琉は由貴の倒れる気配を感じた瞬間、警戒から臨戦態勢へと変わった。
「まあまあ、お嬢さん落ち着いて?私らも、ちょいとばかし、忌部さんに恨みつらみがあってね。そう、弟がやられちゃったのよ……だから、その仇討ちに行きたいの。同行させてもらえないかしら?」
—— よっ……、よくもぬけぬけとッ
スラスラと滑らかに嘘八百言いやがって、姉ちゃんの馬鹿やろ……って、え?
ガフッ!!!