①
すっと、翠琉は身体を起こした。先ほどまで自身を苛んでいた痛みはもうない。
だがしかし、着実に己の限界が近付いている事に翠琉は気が付いていた。
「やはり私では鞘になれない。急がなくては」
誰にともなしに呟く。
立ち上がると何の躊躇いもなく襖を開ける。
「もう、夜か……」
風の運ぶ匂い
肌を掠める空気
周りを囲む音
――― そう、視覚以外の五感が翠琉に伝えていた
そっと部屋を後にする。
遠くに人の気配を感じた。
「……白銀に、周」
慎重に気配を探る。どうやら部屋から出て来る気配はない。
話し込んでいるようだ。
心の中で謝ると翠琉は迷わず庭へ……
そして表の門へと歩を進めた。
視力を失っても翠琉の世界に何ら変化は起こらなかった。翠琉にとっては“見える”“見えない”は瑣末な問題でしかなくて……逆に今の翠琉には“光”がない事が有難くすらあった。
門を一歩出ると同時にすっと右を向く。
視界は相変らず闇に包まれているが、だがそこにははっきりとした存在がある。 すっと目を細めて怪訝そうにその気配の主を呼んだ。
「由貴、何故お前がここにいる?」
うわっ!怖ぇ~。
まさかいきなり振り向かれるとは予想外だぜ。
「よっ!女の子が1人で夜の散歩は危険だよ?連れはいかが?」
「結構だ。間に合っている」
うん、これは俺も予想してたよ。
でもさっ……
……でもさっ……
0.1秒すら考えてくれないなんて流石にちょっとショックだ。
いやいや、ここで負けちゃあダメだぞ俺!……と、自分を励ましてみたりして。
最初っから判ってた事だ。
ここが一番の難関だって。
翠琉に同行する事を許可してもらうのが、一番難しいって事。
でもこっちだって色々と言い分あるわけだし?
むしろ、奥の手必殺技がある!
「断っていいのかなぁ?」
「……何が言いたい」
よし、乗ってきた。
この調子だ、頑張れ俺!
「周とか、白銀とかに教えちゃおっかな~」
うおっ!?いきなり翠琉の周りの温度が氷点下くらいまで急転直下した感じだ。一歩下がりそうなところを、俺は何とかぐっとこらえた。
「ちょっと顔を貸せ」
言うなり翠琉は俺の腕を掴むとずんずんと石段を迷わず降り出す。
怒るだろうなあ……とは思ってたけど、まさかここまで怒られるとは。
怖いって!
しかも、痛いよ!
いや、掴まれた腕じゃなくって沈黙が何か痛いよ!
でも、「星、きれいだね~」とか「ほら、あの星の輝きをみてごらん!まるで君のようだ!」とか、そんなステキな世間話が出来るような雰囲気でもないし……困っている俺をよそに、翠琉はどんどん歩いていく。そして辿り着いたのは、翠琉と最初に会った神社の前だった。
そこまで来たら、いきなり翠琉が立ち止まって俺の方に向き直った。
「お前、言わないと約束しただろう?」
「条件出したよな?言わないって約束したよ?でも、この世は“ギブアップ”なんだよ」
「馬鹿か?それを言うなら“ギブアンドテイク”だろうが。お前は人生の脱落者か?」
「そういう些細な間違いは気にするな!」
そう、確かに言わないって約束した。その代わり俺が付いて行く。
そうちゃんと言った。翠琉は承諾する前に倒れてしまったけど、でも俺も俺なりに覚悟決めてきたつもりだ。
知ってるのに
見てしまったのに
「知らない振り」は出来ない。
だから、俺は行くって決めたんだ。
「武具も持っていない奴、役に立つか。足手まといになるのが目に見えている。私にはお前を守っている余裕などない」
「ふっふ~ん。じゃあ、持ってたらいいんだな?」
声が明らかに変わった。
翠琉は嫌な予感がした。
自分が、“とんでもなくまずい一言を言ってしまった”……そう察知したがここまで来ては、後には引けない。
「ああ、戦力になるならば問題ない」
完全に売り言葉に買い言葉の状態だった。
由貴は、しめたと言わんばかりのしたり顔だ。
「この紋所が目に入らぬか!」
そういって俺は水戸○門よろしく、剣を翠琉の目の前に剣を突きつけた。あ、紋所の部分を剣に変えるの忘れてたよ。まあそこはご愛嬌ってことで。
「これは……」
言いながら翠琉が手を触れて確認してくる。
よし、俺の勝ちだ。
「破魔継承武具“十掬剣”紛れもなく、破魔武具だ。覇神一族に伝わるな」
「何!?由貴、それは本当か!」
おお?これまた予想外な反応だ。
何かすっっっごく驚いてる?
「おおよ!」
何だか俺は鼻高々になって、ちょっと自慢げにそう言ったんだけど………もしもし翠琉さん聞いてます?
「なんて事を……」
翠琉の呟きの意味が、俺には判らない。
でも、何だろう?すごく動揺しているのが俺にも伝わってきた。
「武器を手に取るということは“戦う事”を意味する。一度刀を握れば、もう『日常』には戻れないんだぞ!?」