⑨
「俺、今何か小難しいこと言った!?言ったよな!?っていうか、剣は?十掬剣はどこに消えたんだあ!!」
しんみりしたムードも何もあったものではない。
だが由貴の普段どおりの慌てっぷりに、正宗はある種の安堵を覚えずにはいられなかった。
信用していなかったわけではない。
しかし、もしもこの重過ぎる業に耐えられなかったら?
今までそんな世界と無縁の生活を送ってきたというのに、いきなりその渦中に巻き込まれることに反発したら?
そうしたら継承は上手くはいかない。
もし由貴が宗主に相応しくないと見なされれば、容赦なく左手が飛んでなくなっていたであろう。
現実を素直に受け入れ
立ち向かうことを決めたからこそ
十掬剣もまた由貴を受け入れたのだ。
「じいちゃん大変だっ!一瞬で剣が盗まれた!早く警察に連絡しないと……くそう!」
本気で慌てふためき、いもしない架空の強盗への憤りを露にする由貴に正宗は本日何度目になるかしれない深い深い溜息を付く。
そして、渾身の一撃を放った。
―― ドカッ!
「じっ、じいちゃん。痛いよ、殴る相手違うだろ!?俺じゃなくて強盗だろ!?」
「いつ、どこで、何を盗まれたというんじゃ?」
「ボケるの早いよ!」
―― ゲシッ!
「グハッ……」
ぼっ、木刀で……そんな、思いっきり容赦なく殴らなくても
「これ以上馬鹿になったらどうしてくれるんだよ」
「案ずるな、それ以上馬鹿になりようがない」
さらりと酷いよな
本当にもう、泣きたいぞ?
一人落ち込む由貴をよそに、正宗が言う。
「契約に成功したということじゃな」
「へあ?」
何とも情けない声を出す由貴に、正宗は落胆したように肩を落とす。
―― 何と緊張感の無いことか……
楽天的というか
考え足らずというか
先を思うと頭痛を感じずにはいられない正宗であった。
とにかく、状況把握が仕切れていない由貴に説明すべく口を開く。
「良いか?剣が消えたのは、契約に成功したからだ。晴れてお前は十掬剣の使い手になれたということじゃ」
「じゃあ、剣はどこに?」
「念じてみい」
正宗の言葉を受け、由貴は素直にそれに応じる。
—— すると……
「うわ!?」
何も無かったはずの由貴の右手の中に、一振りの日本刀が間髪いれずに現れたのだ。
「破魔継承武具も、契約がうまく結べれば破魔真承武具と同じく、常に使い手と共にある」
やっと納得できたのか、正宗のその言葉にうんうんと頷いている由貴に正宗は渇を入れる。
「何をぼさっとしとるか!行くならさっさと行かんか!」
「へい!」
その渇に何とも気の抜けるような返事を返すと、急いで立ち上がり道場出口に急ぐ。
「由貴、気を付けてな」
そう言う正宗に由貴は一瞬だけ振り返ると微笑を浮かべ
「はい!」
そう今度は威勢良く応え、駆けて行った。
その駆けて行った姿を、庭の木陰から覗き見る影が二つ。
由貴は、気付いてはいなかった。
「さて、どうする?」
「行くに決まってるだろう」
「賛成ね。危なっかしいったらありゃしない」
苦笑混じりにそう応える紗貴に、緋岐は何か決意を秘めた表情で深く頷いたのだった。
※※※※※※
「覇神の継承者と神羅の媛巫女がここに向かっている」
黒き翼に第三の瞳を持ったその者の言葉を受け、その場にいた者たちは下げていた頭を上げた。
「それはそれは、丁重におもてなししなくてはなりませんね」
中の一人がそう嘯くのに、周りが失笑で応える。
「我らが主は、まだ傷が癒えてはおらぬ。主らに与えられた業、しかと全うせよ」
「御意‥‥全ては我らが導師、真達羅様の御心のままに」
平伏す者達 ――
忌部一族の者達を見下し、真達羅は微笑を浮かべた。
〈第二章・了〉