⑤
崇月天定
布都御魂劔の一つで
佐士布都神っていう精霊が宿っている一対の神剣
うん、とりあえず何となくだけど判って来た。
簡潔にまとめるとだな
結局はこういうことなんだだろ?
①悪いやつらの総称が“妖”で、その一番下っ端が醜
②破魔一族っていうやつらが破魔武具とやらを使って妖を退治してて、東と西に分かれてその“血”を守ってると‥‥
③そんでもって、西と東に分かれて守ってたんだけど、東の覇神一族はやられちゃって今は西の神羅しかいない。
④うちは、滅んでしまった東の覇神一族の分家
⑤俺は、神剣の使い手?
まとめないといけない事が多過ぎなんだよなぁ~。
俺、今この瞬間に一年分の知力を使い果たしたぞ?
特に、⑤!!そんな力、俺にあるなんて驚きだって!
とりあえず、じいちゃんに“頼まれた”こと済ませるべく
俺は翠琉の眠っているはずの部屋の前で立ち止まった。
「失礼しまぁす」
一応、お伺い立ててみたりして。
返事があるなんて、これっぽっちも期待してないんだけどね。
でも、襖開けたとき俺は絶句した。
—— いやまあ……
返事があるなんて期待
これっぽっちもしてなかったよ?
それは本音
……でも……
「普通、あんだけ酷い傷負ってたら歩けないだろ!?」
なくていいのは返事だけ!
布団の上で寝ているはずの人まで、そこにはいなかった。
「あーもー!!だから、何考えてんだ!?」
とにかく!文句は本人の目の前で言うべし!
だよなっ!!
「どうやって探そうかな」
途方に暮れてたそのとき……
―― キィイイイィイン……
手にある崇月が、何か言った気がした。
「翠琉のところまで、連れて行ってくれるっていうのか?」
何でだろうな。
これも俺が剣の使い手だから、かな?
崇月が翠琉のところまで案内してくれるって言ってる気がする。
……こいつ、犬?
「サンキューな?」
剣の指す方向に進む。
今は犬よろしく翠琉の匂いを辿っていると思われるポチならぬ崇月に頼るしかない。
これも勘でしかないんだけど、俺の剣は崇月じゃない。
その前にこの剣は翠琉のだから、最初っから返す気だったけどね。
—— っておいおい……
どんどん家から離れてるし!
どんだけ進めば気が済むんだよ!
「ここは……」
立ち止まったのは、例の神社
よくよくこの神社と縁あるよなあ
とりあえず、登るか。
石段を登りきったそこには……
「いた!」
お宝ならぬ、翠琉発見!
声を掛けようと、一歩踏み出した。
でも、次の瞬間広がった光景に
思わず足を進む足を止めてしまった。
雲に隠れていた月が顔を出す。
それに呼応するかのように吹きぬけた一陣の風に、枝垂桜の葉が舞う。
その風に誘われたように
どこからともなく現れ
一瞬のうちに翠琉を囲う無数の鳥達
近付いた由貴にも気付かず、翠琉は深い溜息を付いた。
「天定の在り処は判らないか」
「すごいな翠琉!鳥の声まで判るのか?」
「なっ!?」
不覚にも、すぐ傍まで近寄っていた由貴の気配に気付けなかった翠琉は、その場から飛び退いた。
—— ショック……
そんな慌てて飛び退かなくてもいいじゃんか、ちょっと傷付いたぞ?
「すまない。ここまで驚くつもりはなかったんだ」
「うん、大丈夫」
……って、ちょっと待て!
男『あ、ごめん、そんなに驚かせるつもりじゃなかったんだ、そんなに驚いた?』
女『うん、大丈夫‥‥びっくりしたけど』
これが、世の王道だろ?
逆転しちゃったよ!
「風を聴いていたんだ」
しまった!
今、聞き逃してしまった……
「カゼ、引いてんの?翠琉……」
「ボケているのか?」
「いえ、至極真面目に応えたつもりだったんデス」
うわ!滅茶苦茶ショックかもっ!
一瞬固まったかと思ったら
肩揺らして、声殺して笑ってるよ!
いやね?確かにね?
「笑ったら可愛いだろうなあ」
とか
「笑った顔みてみたいなあ」
とか思わなかったか?
って聞かれたら思ったよ!?
でも、こういう風に笑って欲しかったんじゃなくて……
「まだ私も笑うこと、出来たんだな」
「俺の葛藤無視して、自問自答かよ!?」
「いや、すまない……本当に。何だかお前といると驚くことが多い」
「……由貴」
噛み合わない会話に、翠琉が困惑する。
それに構わず……否、気付かずに、仏頂面のまま由貴は続ける。
いかんせん、今の由貴は翠琉の心中を慮る余裕はなく、自分の動揺を隠すのに精一杯な状況だ。
「俺の名前、「お前」じゃなくて、由貴だって!」
―― 反則だろ!?さっきのは……
俺は心底“翠琉の目が見えてなくて良かった”って今、思った。
いきなり見せられた笑顔に俺は自分でも判るくらい顔が真っ赤だ。
思わず顔、そらしちゃったし。
「すまない」
やばい、勘違いされてしまった。
ちっ、沈黙がっ……
俺は、バナナ、お化けについで沈黙が嫌いなのに!
話題、話題……っと、あった!
「あのさ、これ。返しそびれてた……大事なもの、なんだろ?」
そういって崇月を翠琉の手を取って握らせてやる。
「ありがとう。大切……なんだ、とっても……」
翠琉は手に馴染んだ感覚を確かめるようにしっかりと握る。
そして、一瞬あとには剣の姿は翠琉の手の中から消えていた。
「何かさ、崇月って犬みたいだよなあ~」
この場合、伝書鳩でも可!
こう、飼い主のところに戻ってくる本能が働いてるっていうか……
魂が宿ってるって時点で、何となくただの武器って気がしないんだよなあ
“生きてるんだ”って感じてしまう。
所詮ものなんだけど‥‥割り切れない。
うん、やっぱり“生き物”としか思えない。
しみじみと一人納得していたら、翠琉が苦笑交じりに呟いた。
「お前は、本当に不思議なヤツだな」
どういうこっちゃ‥‥
首をひねる気配を感じて、翠琉はフッと苦笑を零す。
武器はあくまでも力を得る手段でしかない、そう思っていた。
だから、純粋に驚いた。
武器すら
“一つの命あるもの”
と認めてしまえるその心根
―― 変わってないな……
真っ直ぐな、芯の強い少年。
その幼い在りし日の面影が、翠琉の脳裏を微かに過ぎった。
変わらないその心根を持つ少年は、だが
自分のことは覚えてはいないのだろう
……望んだのは他の誰でもない、自分……
一生、関わりなどない筈だった少年
ひょんなことで出会った少年は、また自分の目の前にいる。
言葉を交わすことなど、もう一生ないだろうと諦めていたのに
……こうしてまた、隣にいる。
その出会いは、一瞬でしかなかった
でも、翠琉にとっては掛け替えのない大切な時間