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いやうん、もう、何ていうかね?
びっくりすることだらけで、俺どうしようってカンジなんだよね?
沈黙が痛いし……
今、丁度翠琉の診察が終わったところで、お医者さんが帰って行った。一段落着いたってことで、こうやって座敷にじいちゃん、母さん、白銀、周に俺が座ってる。
テレビでは、さっき出た化け物
―― 醜っていうらしいんだけど‥‥
そいつらのことと、いきなり起きた富士山が震源地と思われる地震でどの局も騒いでいた。静かな部屋の中に、テレビのアナウンサーの声だけがやけに大きく響く。
「あのさ、聞いてもいい?」
って言っても誰も反応してくれないし!
どうしろっていうんだよ、この沈黙っ!
身悶えしたくなるんだって、このいや~な間っ!でも、聞かないことには始まらないしな。返答があるとも思えないけど、とりあえず聞くしかないよな。
「まず、醜って何?破魔一族って?破魔武具って何だよ!あと、さっき現れたラスボスっぽいの……それから……」
—— バコッ!
何故か、聞いただけなのに、叩かれた!!判らなかったから聞いただけなのに何でじいちゃん、叩くんだよ!
「 “一件は百件に負ける“って言うだろ!?」
―― ベシッ!!
だから、どこからハリセンを出したんですか?ううっ!声にもならないこの痛さっ!たんこぶ出来た……でも、じいちゃんにとっては俺の恨めしそうな視線なんか屁でもないみたいに、そう!例えるならば目に見えないバリアが張られてるみたいに跳ね返されてしまった。しかも、深いふか~い溜息っていうオプション付きで。
「それを言うなら“一見は百聞に如かず”だろうが。このたわけが。しかもいっぺんに答えられる訳がなかろう。順に説明する、少し待て。そして、お前は口を開くな。馬鹿ということが露見し過ぎる」
繊細な
ボクのハートは
ズタボロさ(季語なし)
一句出来てしまった。
そりゃあ、俺だって余りの言われように言い返そうとしたよ?
—— でも……
「ハイ」
じいちゃんに睨まれたらもう返事して、“お口にチャック”するしかなかった。
※※※※※※
由貴自身、はっきり言って自覚があったわけではない。
しかし、正宗と由貴の漫才とも取れるそのやり取りで、緊迫した場の空気が和んだのは言うまでもない。それを受けて、周が深呼吸をしてからその重い口を開いた。
「すみません、自己紹介が遅れてしまって。破魔西方守護総代神羅は媛巫女の庇護師 神羅 周と申します」
頃合を見計らって周がそう言って頭を下げるのに、先ほど「黙れ」と正宗に言われたばかりの由貴が大きく手を上げる。
「はいっ!質問!だから何なんだよ!破魔って……で、庇護師って何!?」
「その前に訊きたい。あなたは本当に何者なんですか?」
※※※※※※
いや、逆に訊き返されても……俺自体何が何だか判ってないって。多分、今テレビの画面の中で逃げて慌てて顔面蒼白になってる人たちと、持ってる知識はさほど変わらないと思うし。
……っていうか、ヤバイ!
じいちゃんから“お口にチャック令”が出てるんだった。
コワくてじいちゃんの方向けないし
周の質問の答えは俺は持ってないし
…… 一体どうすればいいんだ!?
手を上げた状態で硬直していると、以外にもじいちゃんが助け舟を出してくれた。
「おい、翠琉さんの様子を看て来い」
助け舟なのかな?
パシリにされた気がしなくもないんだけど。
体よく追い払われたって気もするし。
でもまあ、この空気に耐えれる自信ないしな!
ラッキーなのには変わりないから、俺は有難く退散させてもらうことにした。
「はいよ」
そう返事をして席を立つ。
何か言いたそうな周の視線に気付いてはいたんだけど
どうせ俺には答えられないし……
だから逃げるように俺はその部屋から出た。
――……お前、まさか……
緒鬼嶽命の?
「俺の方が訊きたいって。何だっていうんだよ」
今まで、ずっと当たり前だと思ってた生活
それがいきなり遠のいた気がした。
でもまあ、悩んでても仕方ないしねえ……
「神獣、ねえ?」
白銀は、その“神獣”の部類になるらしい。
んで、破魔一族っていうのがいて……
何でなんだろう?
破魔って聞いた瞬間、すごく懐かしくなった。
「ゆうちゃん」
俺は、母さんの呼び止める声に足を止めた。
「母さん?」
「少し、話しよか?」
いつもと同じはずなのに
そう言った母さんは
すごく悲しそうで……
「全部、話してくれるのか?」
そう訊いた俺に、静かに、でもはっきりと頷いた。
俺は
“もう引き返せない”
そんな警告を
頭のどこかで聞いた気がした。
由貴の去った後、白銀は正宗に訊く。
※※※※※※
「あの者が、覇神の生き残りですね?」
それは“訊く”というよりも確認に近い。
「そうだ」
「では、何故力を感じない!?あれではただの常人と同じではないか!」
詰め寄る白銀。だがしかし、その剣幕に微動だせずに、正宗は続ける。
「覇神が何故狙われたか、お判りかな?」
※※※※※※
―― 不の感情……
それを喰らい、産まれる
それが“妖”
そう称されるものたち
「そして、その中でも最も地位が低く意思を持たないもの、それが“醜”。古より、それらと対峙することを義務付けられた一族。それが破魔一族いう者達や」
俺はただ、静かに聞くことしか出来ない。突然打ち明けられた真実を、頭の中で整理するのでいっぱいいっぱいだ。
「えっと……ってことは、破魔武具ってのはその破魔一族が使う武器とか?」
母さんが頷く。
ってことはだな、
あの周って子が持ってた杖
翠琉が使ってた数珠
そして、この今も尚俺の手の中にある剣も、破魔武具ってことになるわけで……
「そう、破魔一族が妖を調伏に用いる為、その昔匠葵耀尊が作ったと言われる武具、それが破魔武具や。その頂点に立つ謂れる剣、それが……」
※※※※※※
「神剣‥‥布都御魂劔の使い手が現れた……その脅威に晒された“闇”どもが覇神を滅ぼした」
「だが、一人生き残ったと……?それを隠すために?」
白銀に、先を告がれて正宗は肯定の意を示した。
「先ほど崇月と同調した際、封は解けたがな」
時代の裏を、闇を隠すために、共に表舞台からその名を消した一族
……それが、破魔一族。
一族は、血を守るために分裂した。
西は神羅
東は覇神
瑞智家は東は覇神一族の分家として、その業をまっとうしていた。
だが闇を抱いた代償は、余りに大き過ぎた……
それは突然、何の前触れもなく訪れたのだった。
破魔東方守護総代覇神一族が十六年前、何者かによって惨殺された。
二本柱と謳われていただけに、受ける衝撃はまた大きかった。
だが、風説とも取れる噂が巷に流れた。
—— そう……
覇神一族宗主の一人息子は、まだ生きている。
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