②
『真の咎人にはこの通り、然るべき罰を与えました。情深い宗主はあなたの復帰を認めた上に、赦免なさるとの仰せだ』
『!?翠琉!!!』
緋岐は思わず、鉄格子を掴むと叫んでいた。
血臭が鼻をつく。
牢に繋がれていたのは、痩せ細った妹の姿。
その瞳は虚ろで、本当にそこにただ在るだけの“人形”。
—— そして……
その手に握られているガラスの破片は
左手首に深く
食い込んでいて……
『何なんですかっ!これは!!』
『言っているでしょう?咎人だと』
『早く!早く手当てをっ!!』
焦燥感に駆られて叫ぶ緋岐を、不思議そうに眺めながら首を傾げる。
『どうせ死にはしませんよ、あなたも重々ご存知でしょう?』
―― これがどういう生き物なのか
—— どういう生き物の胎から生まれたモノか
その言い様は既に翠琉を人として扱ってはおらず、緋岐は思わず絶句してしまった。
『それに、このバケモノにはちょうど良い罰ですよ。貴方様の父母の仇でもある……違いますか?』
「違う」と、そう叫びたかった。
でも、喉まで出掛かったその叫びは声にはならなくて。
「だって、俺もそう信じて生きてきた。翠琉を“バケモノ”だって……俺から、すべてを奪ったんだって……蔑んで、憎んで、恨んで」
―― あの頃の自分は、馬鹿でどうしようもなかった
「過去の幻影だったんだ。そいつの言っていることは……」
だから、反論出来なかった
代わりに涙が出て来た
『俺の、たった一人の大切な妹……たった一人残った、“家族”なんだよ』
―― 馬鹿だよな
傷付いた姿と
過去の自分の幻影を見るまで
気付けないなんて……
更なる事実が、緋岐を責め立てる。
ずっと、牢の中で翠琉に寄り添うようにして傍にいたのが、他でもない白銀だった。
そんな白銀が、苛立ちを隠そうともせずに緋岐に無情な現実を突きつけた。
『せいせいしたか?お前は、翠琉を随分と憎んでいたからな。この結果に満足か?』
そんな、憎まれ口を叩かれることは覚悟していた。自分がどれだけ最低な八つ当たりをしていたのか、責任転嫁をしていたのかは、判っていたから。
だけど、それだけではなかった。
『お前に、一族の理を押し付けるなと。自由を奪うなと、翠琉は尽くしていた。忘れるな……お前の、その享受している安穏とした生活の裏にあった、翠琉という存在の犠牲をッ!!』
—— もう、翠琉という後ろ盾はない。守ってくれる存在はないのだから、せいぜい足掻くがいい
「ずっと、一人で背負ってくれてたんだよ……俺が自分のことでいっぱいいっぱいだった時に、翠琉はずっと俺を思ってくれていた……」
—— なのに……
翠琉が真耶を殺した罪を問われていると知った時、緋岐はすべてを悟った。
―― 自分が、何故一族復帰を命ぜられたのかを
現宗主の次代を担う“呪力”を持った男児は
緋岐と真耶の二人だけだった
「だから真耶が死んだ事で、俺に白羽の矢が立ったわけだ」
―― 血を守る為なら手段を選ばない
……それが“神羅”だ
「翠琉が真耶を殺したなんて、俺にはどうしても信じられなかった」
―― それほど、依存しあっていた
お互いを必要としていた
でも、真実を探す事はしなかった
神羅の地にも、あれ以来行ってはいない
調べる事もしなかった
「もう、誰の言葉も届かないと、俺はそのとき翠琉を捨てた」
―― 何度差し伸べられた手を払いのけただろうか
そんな自分を……こんなにも情けない兄を赦してくれるとは到底思えない
「赦してくれと言う権利すら、俺にはないんだ」
―― それでも、俺の前に翠琉が現れた
ならば……
「守ってやりたい……力になりたい。勝手な考えだけど。翠琉は望んでなんかないかもしれないけれど。でもやっぱり、たった一人の、大切な家族なんだ……」
紗貴は掛ける言葉が見つからなくて、ただ聞いているだけしかなかった。
そんな紗貴の様子に気付いた緋岐は、苦笑を浮かべて問う。
「こんな、最低野郎……嫌か?」
間髪居れずに、紗貴は緋岐を抱き締めた。
言葉はなかったが、それが紗貴の答えだった。
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