表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
沙羅夢幻想~ さらむげんそう ~  作者: 梨藍
地上編 第二章【星の廻り】
15/89

魑魅魍魎の跋扈する

見慣れている筈の街並み


いきなり現れたその招かれざる訪問者に、人々は逃げ惑うことしか出来ないでいた。


我先にと当てもなくただ我武者羅にその場から離れる烏合の衆

その流れに逆らう、二つの影。


「きりがないわね」


予想していた現状とはいえ、瑞智 紗貴はあまりの多さに思わず溜息を付いた。


―― キシャアァアァァア‥‥


文字通り、奇声を上げながら右隣から飛び掛って来たその異形のもの


―― (しゅう)を、鉤爪にも似たそれで何の躊躇もなく


振り返ることすらせずに、切り裂く。

そして間髪置かずに少年を振り返った。


「凶つを絶ちし鉄槌の烙印を芳命せん!」


緋岐が唱えると同時に、群がる醜や今まさに人を襲おうと牙をむいたものに印が浮かぶ。

それを確認するや否や印を切った。


破裁(はさい)っ!」


醜に刻まれたいた印が呼応しているかの様に一層眩しい光を放ったと思ったら、粒状となってその場霧散した。


「流石ね」


紗貴は緋岐に対する杞憂を拭い去ると、真っ直ぐ正面を向いた。


脳裏を掠める、先刻の緋岐話……


『もう察しは付いていると思うけど、俺と翠琉は血のつながった兄妹なんだ』


―― だけど……


かつて、“母”だと信じていた女がいた。


『牢に繋がれたバケモノが父さんを唆して、俺たちを棄てたんだって……そう、ずっと言われ続けてたんだ』


地下牢に繋がれているのは、美しい金糸の長い髪の女性。


毎日の習慣だった。

必ず、一日に一度、連れて行かれた。


耳元で、ずっと囁かれ続けたのは、呪詛のような怨恨の数々。


アレは魔性のものなの。だからほら、ご覧なさい……薄気味悪い……もう飛べないように、羽を杭で打ち付けたのよ


“母”と信じていた女は、優しく、穏やかに、毒を注ぐ。


『ひどい有様だったよ』


背中から生える1対の羽は、確かに“ソレ”が人外であることを示していた。


異形のバケモノ。

邪鬼(じゃき)だと教えられた。


妖の中でも、

意志を持ち

知恵を持つ

厄介な敵。


1対の黒い翼は封印の鎖で雁字搦めに縛り上げられ、呪符を杭で打ち込まれていた。


『当然の報いだって……父さんを唆したんだからって』


妹の存在も聞かされていた。


本家で、大事に育てられているのだと。

妹のせいで、自分たちは冷遇されているのだと。


父を奪い

生活を奪い

居場所を奪った、憎むべき存在。


それが、妹であると……


ある日、邪鬼であると教えられるバケモノのところに、忍び込んだことがある。

何故か、呼ばれた気がしたのだ。


『緋岐、来てくれたの?って、優しく笑ってくれて……でも、俺は怖くてその場から逃げ出した』


でも、それが契機となった。


時折、“母”の目を盗んで会いに行くようになった。


果たして、目の前のバケモノが、本当に邪鬼と呼ばれるような忌むべき存在なのか、判らなくなった。


そして、その時は訪れる……


『8歳の、誕生日だったんだ。その日は……』


何だか、無性に地下にいるバケモノに会いたくて。

誕生日を一緒に祝ってほしくて。


“母”の目を盗んで会いに行った。


せめてケーキだけでも一緒に食べようと、お皿に二人分のケーキを載せて。


『運が悪かったのか。謀られたのか……』


—— 今となっては、もう判らない……


“お誕生日、おめでとう”


そう、微笑んでくれた瞬間、無性に泣きたくなった。

どうしようもなく、触れたくなった。


無意識のうちに、牢屋の中へと手を伸ばした瞬間……


“母”だったものが、豹変した。


“やっぱり、お前もバケモノの子どもね!!外見が緋翠(ひすい)兄さまに似ているから、たくさん愛してあげたのにッ!!やっぱり、そのバケモノを選ぶなんて!!!”


『母だと信じていた人は、実は、母じゃなかったんだって、その時初めて知ったよ』


—— そして、本当の母は……


“やめてッ!!私が口を噤めば……何も話さなければ、子ども達には手を出さないと約束したはずよッ”


今までバケモノだと蔑んでいた人が、初めて焦燥感に駆られるように声を荒げる。

それが可笑しくてたまらないのか、それまで“母”だと信じていたはずの女性が、不気味な笑みを浮かべた。


『邪鬼だと……憎むべき存在だと言われていたその人が、俺の本当の母さんだったんだ』


“私のモノにならないのなら、お前もいらないッ!!殺してやる!!!”


向けられた殺意に動けなくなった緋岐を抱きしめるようにして、その凶刃から守ったのは……


『初めて、抱き締められて……それが、最後になった』


その時、初めて力が顕現したのだという。

過ぎる力は暴走し、そして、“母だと信じていたもの”も、実の母親の亡骸もすべて……何もかも消し去ったのだと、緋岐は淡々と紗貴に語って聞かせた。


『本家でぬくぬくと、大切に育てられてるって聞かされてきた妹に対しては、憎しみだとか、恨みだとか、そんな感情しかなかった』


—— 母は、ずっと願っていたのに……


“あなたの妹を、助けてあげて……”


母を奪い

父を奪い

生活を奪った


『そう思い続けてずっと憎んでいたよ、あの頃は……』


だから、伸ばされた手も無視した。


『また、耳に残ってる……小さな手を伸ばしながら、“兄さま”って呼ぶんだ……でも、俺は、俺より恵まれてるのに、なんでそんな不幸な顔してって……』


だから、躊躇いがなかった


『言い訳にしかならないよな。そんなの……』


―― 自分のことで精いっぱいだった


自分の心を守ることに必死で、何も見えていなかった


—— 否……

見ようとしていなかった


一族の曲がった正義に気付こうともせずに


蔑み

忌み嫌い

罵詈雑言の限りを尽くした


『自分が母親を殺した罪すら、翠琉のせいだと責任転嫁することで自分を慰め、庇護した……最低だろ?』


―― 自分の過ち

一族の歪みに気付いたのは


皮肉にも神羅から絶縁を言い渡され


“外の世界”を知った時で……


『でも、俺は逃げた。必死に忘れようとした』


―― だけど……

―― 忘れようとすればするほど


「助けて」と、か細い声で俺を呼ぶ声が

拒絶した瞬間、諦めたように力なく下ろされた小さな手が


心を乱した。


『半年前、突然神羅一族の使いが来た時は本当に驚いた。やっと忘れられたと思っていた“罪”を改めて突きつけられた気がしたよ』


使いだというものは言う。


「あなた様の疑いが晴れました。どうぞ神羅にお戻り下さい」


断る事も出来ず、思いもしなかった帰省を緋岐は果たした。

そして、何も判らないまま連れて行かれた地下牢に繋ぎ止められていたのは……


『変わり果てた翠琉の姿だった』


今でも目を閉じれば脳裏に浮かぶその風景。


同時に

思い出す度に襲われる

この歪んだ行為を正当化しようとする


一族の“正義”への憤り


そして何の疑いも持たずに

その“正義”を信じていた

昔の自分への嫌悪感。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ