⑧
『ほら、これをあげよう‥‥布都御魂の宿った剣だ。私の渾身の一作。切れないものはない……布都御魂劔という、うちの一つだ』
『―――、流石は大兄、見事な一振りだな』
億劫もなく、素直な賛辞を述べるその青年に、苦笑を漏らす。
『そう、褒めないでくれ。なんともくすぐったくて叶わない』
『だが、本当に良い刀だ』
真面目に続ける青年に溜息交じりに言う。
『その剣に認められた証拠だよ。布都御魂は主を選ぶからね。認めぬ相手が振るっても、鈍ら刀より役に立たない』
満更でもなさそうに、剣を手に取った青年は両刃の剣を翳す。
それを見やりながら、言葉を続けた。
『これには、一対の兄弟剣がある』
―― そう、その剣の名は……
「……崇月天定。佐士布都神(さじふつのかみ)の宿った剣、か……?」
って俺、何言ってんだよ!
でも、何なんだ?この剣は……
俺初めて持った筈なのに異様なまでに手に馴染んでるっていうか。
唐突に、この剣が何なのか、理解した。
いや、“思い出した”か?うん、こっちの表現の方がしくりくるかな。
布都御魂のうちの一つ、佐士布都神の宿った二振りの剣から成る神剣。
それが、この崇月天定。
その片割れがこの崇月?
「お前、まさか……緒鬼嶽命の?」
いやいや、白銀さん?
そうボクに疑問投げられても、俺自身良く判ってないんだってば。
そのまえに、オキナントカって誰よ?
皆、固まってるし。
いやいやいや、敵さんまで固まってるっておい、どうよ?
「お前は一体……試してみるか……」
って、何試すっていうんだよ!
怖いよ、黒尽くめ鎌男っ!!!
ああ!!
寄るなっ!
黒尽くめ鎌男っ!
「あっぶないだろ!?殺す気かよ!」
「俺は、お前の敵ぞ?」
—— あ、そうか……
古今東西、敵は倒すものだって決まってるもんなあ。
ってうわっ!?
鎌大きく振りかぶりやがった!
「あっぶねえ~……って……」
うっそぉ、マジかよ、そんな馬鹿な。
確かに上に跳躍して、攻撃避けたよ?
でもさ、何で俺は浮いてるんだ?
小学校中学校の時の文集の“将来の夢”の欄に“空飛ぶ”って書き続けて来た成果?
いやいや!
あり得ねえって!
さっきから、視線が痛いっ!
何だよ、一体俺が何したっていうんだよ!
まるで珍獣扱いじゃんか!
翠琉だって周だって、空飛んでたじゃねえか!
—— そうだよ!
みんな、飛んでたじゃん!
俺なんか判ったぞ!?
「人は皆、鳥の仲間だったんだ!」
「「「んなわけあるか!!」」」
うはあ、翠琉、白銀に周のキレイなハーモニー。
でもさ、容赦のよの字もない否定しなくたってさ、いいじゃんか。
「こんな馬鹿がッ……こんな阿呆が、そうだというのか?認めぬっ!」
黒尽くめ鎌男が何かキレた!?
「うわっ!?待て!落ち着け!!話し合おう!!話せば判る!きっと判る!!」
「何を、戯言をっ、食らえ!!」
「のおおおぉおぉおお!!」
「そんな、馬鹿な……あいつが、そうだというのか?」
翠琉は、呆然と呟く。
「とにかく、助けないと!」
そう言って飛び出そうとする周を押し留めたのは、誰でもない翠琉だった。
「待て。少し、確かめたい」
「翠琉姉様!?」
白銀に支えられ、左手で周の右手をしっかり掴む。
「もしも、あいつが緒鬼嶽命だというのなら。神剣の使い手というのなら……」
そう、神剣の真の主であるならば
これくらいのことは
一人で乗り切れるはず
それが、魂に刻まれた記憶の力
「判りました」
周は、その言葉に構えた錫杖を素直に下ろした。
そう、どうこう言っても由貴に羅刹の攻撃は一切届いてはいない。
寸での所で、総て回避していた。
※※※※※※
「くそっ!」
きりがない!
避けてばっかりだと、こっちがもたねえ。
とにかく、隙ついて一気に片付けるしかねえよなっ!
「覚悟!」
大きく振りかぶりやがった!
チャンス!!
※※※※※※
由貴が懐に入り込む。
そして、ほんの一瞬生じた隙に。
―――ザシュ!
肉を斬る確かな感触……
いや、人じゃないって判ってるよ?
—— でも……
何か、やけに生々しく手にその感触が伝わってきて。
成功したことよりも人を斬った事に、俺はショックを受けてしまった。
腹を切られた羅刹は、その傷を抑えながら……
口に笑みを浮かべて立ち上がる。
「どうやら、間違いないようだな。お前は。まあいい……今日のところはこの辺でひくとしよう。次に剣交えるときを、楽しみにしているぞ」
良かった、結構思ったよりも元気そうだ!
あんまり深手にならなかったんだな、うんうん。
「おう!気を付けてな!」
「馴れ馴れしく声を掛けるな!」
言いながら黒装束の鎌男、去る。
……っていうか、消え去った。
「間違い、ない。あいつが……」
身体が揺らぐ。どこか遠くで周の必死に自分を呼ぶ声が聞こえた気がした。向こうから由貴が駆け寄ってくる気配がぼんやり判る。
しかし、抗う術を見出すことが出来ずに、翠琉はそのまま意識を手放した。
―――何故、お前なんだ……由貴……
言葉にならなかったその問いに、応えはなかった。
〈第一章・了〉