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もう、口開いてもいいよね!?
「ちょっとさっきのアレ何なんだ!?あの真っ黒仮面集団も変だったけど、とりあえず全部おかしくね!?」
俺だけか!?
俺だけなのか!!
置いてけぼりはッ!!
「なんか、新しい情報が多すぎて、何から聞いていいのかわかんないんだけど!」
そもそも、俺が大将って冗談だろ!?
部活の主将とはワケが違う。
⋯⋯と、思ってたけど、姉ちゃんも、緋岐先輩も、何なら将先輩と蘭姉ちゃんも置いてけぼりっぽい!!
良かった、仲間がいてッ!!
寧ろ、緋岐先輩がこの上なく険しい顔で、責めるように口を開いた。
「まず、確認させてほしい⋯⋯」
その瞬間、場の空気が凍ったような気がした。
※※※※※
「翠琉が、本来ならこんな目に合う必要はなかった。京御三家がもっと早く動いていれば、翠琉は神羅で辛い思いをしなくても済んだんじゃないのか?」
『選定者のお役目は、天駆凰叢剣の主たる者を見極めること、ほんで珠美姫が現れた際、守り従うこっとす』
確かに、そう言った。
滅罰部隊の言いようからすると、翠琉が“珠依姫”だという予測は立っていたはず。神羅が勘付くことに、京御三家が気付かないはずがない。
自分の行いを棚にあげた言い分だということは重々承知している。
―― それでも⋯⋯
「あんたらには、翠琉を守る⋯⋯救い出すだけの力があったんじゃないのか?」
責めずにはいられなかった。
まっすぐ砂霧に視線を向けたまま尋ねる。
瞬間、眼鏡の奥で砂霧の眦がピクリと揺れた。
蕎と槃の表情は無く、そこからは何も読み取ることが出来ない。
話の渦中の人物である翠琉は、緋岐の膝を枕代わりにして眠っている。
まだ、目を覚ます気配はない。
紗貴をはじめとするメンバーがしっかりと養生するためにも布団に寝かせることを勧めたのだが、緋岐が頑として聞かなかった。
目を覚ました時、独りでは心細いだろうと頑なに主張したのだ。
「⋯⋯狩神⋯⋯この名まえに聞き覚えがありますやろ?」
それは、疑問ではなく確認だ。
その名が出た瞬間、緋岐は目を見開いて息を飲み込んだ。
それは、世間を騒がせた殺人鬼に付けられたあだ名であり、そして⋯⋯
「⋯⋯父さんのこと、だろう⋯⋯?」
今から遡ることおよそ10年前に現れた、忌部一族に力を貸していた稀代の祓師の事を指す。
―― 当時、“神隠し”だと騒がれる事件が多発した
跡形もなく、消え去ったのだ。
破魔の間では、まことしやかに「忌部一族の食事として喰われた」のではないかと囁かれている。
「人間やのに、人の心にひしめく“闇”に手ぇ貸して妖を作り上げ、忌部一族に献上する。…その狩神が連れてた鬼子っちゅうのが、翠琉さんのことやろなぁ…この意味、判ります?」
「補足すると、翠琉のこと守ってた式神⋯⋯神獣?が、本来の力を完璧に隠蔽している状態だったからな。⋯⋯神羅は神羅で隠したがってたし」
槃がため息混じりに補足する。
白銀は、翠琉の力が露見することを極端に恐れていた、神羅は翠琉という切り札を是が非でも隠し通し手の内に置いておきたかった。
――皮肉にも、相反する思いを抱く者たちの思惑が合致してしまった結果だったといえるだろう。
狩神とは、破魔一族に伝わる古い伝承に出て来る殺人鬼の名で、世間を震撼させた。
その再来と謳われた男に神羅一族が総力戦で挑み、討ち取ったと云われている。
余談ではあるが、滅罰部隊はこの時新設された。
その時囚えられたのが、記憶を失い、力の一部を封じられた翠琉だった。
「正直、これでも早い方だぞ?神々廻の一部は、まあだ二の足踏んでたからな?」
「お山も同じ様なもんや。⋯⋯まあ、権大僧正の特権フル活用したんやけどな」
罪人かもしれない、記憶もない少女が、言い伝えに出て来る“珠美姫”だと、どうしても信じられなかったのだ。
「最後の最後まで及び腰やったんが、土御門家やったんやけど⋯⋯まあ、何とかなったんやから、ええやないの」
奥歯に物が詰まったような物言いの砂霧が強引に話を切り上げようとしたのだが、思わぬ方向から待ったの声がかかった。
「何を、巫山戯たことを言っているのですか……?」
それは、今まで黙って聞いていた璃庵だ。水面に落とされた波紋のように、静かに響く。
「狩神が、殺人鬼……?忌む部族で、忌部……?」
そう呟く声音は、困惑というよりも怒りに染まっている。
「……璃庵?」
困惑したように緋岐が名を呼ぶと、璃庵はハッとする。
そして、自分を落ち着けるように息をゆっくりと吐き出した。
『いずれ、我らのことは忘れられるでしょう』
『それでもいいわ。大兄に、また会えるのですから』
目を瞑れば、在りし日々の仲間の笑顔が鮮明に思い出される。
――其方たちの思いが報われるなど、あってはならぬ
どこまで、人の犠牲にならねばならぬのか
――其方たちの覚悟が歪められるなど、あってはならぬ
どこまで、人に奪われねばならぬのか
心の奥底で、理不尽な謂れ無き暴力に沈んだ仲間の怨嗟と嘆きがとぐろを巻くように渦巻く。
「俺も聞きたい」
そんな璃庵の思考を断ち切ったのは由貴だった。
「手強い相手だったし……された事とか、してる事は許せないけど……」
――でも……と訴える。
「どうしても、忌部だけが悪いって思えないんだ」
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