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沙羅夢幻想~ さらむげんそう ~  作者: 梨藍
地上編 第一章【罪と罰】
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「次期宗主殺しの罪に問われておる。現在は行方知れずの咎人となった媛巫女……違うか?」


「あなたが現覇神一族の宗主殿か?」


静かに翠琉(すいる)正宗(まさむね)を見る。光なき眼はだがしかし、そこにある真実を見抜くかのように真っ直ぐに正宗を向いている。


「いいや、違う。わしは、破魔(はま)一族東方守護総代・覇神(はがみ)一族は筆頭分家 瑞智(みずち)家当主34代瑞智正宗と申す」


その言葉に翠琉は落胆を隠し切れないように溜め息をついた。


「そうか。ならば、覇神の末裔を知らないか。否、末裔でなくてもいい。当主ならば知っているはずだ。神剣の在り処を」


「……それは……」


何も理由が判らない、何を言っているのか判らないのは、恐らくこの場では由貴ただ一人なのだろう。いつもの陽気な、よく知っている祖父ではないような厳しい面持ちの正宗に、焦燥感ばかりが募る。何より、翠琉は傷ついているのだ。考えるより先に、身体が動くのが先だった。


「ちょっと待ってよ、じいちゃん!なんでそんな怖い顔してるんだよ。翠琉は怪我人だよ?傷ついてる人がいたら、優しくしろって、ばあちゃん言ってただろ!?」


いつもなら、「いい子やねえ」なんて言いながら由貴を褒めるであろう桜は、だがしかしただ悲しそうに微笑むだけで。


「時期が来たんかもしれへんねえ」


ポツリと零されたその呟きに、由貴はどうしようもなく不安になった。


「由貴、後で儂の部屋に来い。全てを話そう」


(なんだよ、これ。意味が判らないし、話が見えないッ)


頭の中も、心の中も大混乱だ。正宗の言葉に、辛うじて頷く。そんな由貴の隣で、今度こそ翠琉は完全に身体を起こした。そんな翠琉を、由貴は焦るような声で止める。


「だから!ちゃんと休んで、怪我を治さないとッ」


「もうここに用はない。神剣の在処が判らないなら、去るまでだ」


尚も言い募ろうとした由貴の言葉を遮るように、正宗はスッと由貴の肩を叩く。


「じいちゃん?」


正宗は由貴の声に応えないどころか、視線も向けずに、翠琉へと言葉を向ける。


「右腕に禁忌の証である刻印を持ち、破壊の呪を有するとまで言われておる、呪われし巫女」


正宗のその言葉に、翠琉は自嘲の笑みを浮かべる。


「本当に、御当主殿は情報通のようだ。ならば問おう……そこまで判っておきながら、なぜ私に構う?私に関わらぬが良い事など、先刻承知のはず」


「そうですね、媛巫女……この人殺しが!!」


まるで、その空間を切り裂くような鋭い声が割って入る。声に導かれるように由貴、正宗そして桜は視線を庭へと移した。


「庭の木がしゃべって……るんじゃない!?」


更に上に視線を向ければ、その木の上に人影が。


「不安侵入じゃんかこれって!!」


「それを言うなら、不法侵入じゃろうて」


正宗のツッコミも耳に入らないのか、由貴は続ける。


「こら!!危ないから降りてきなさい!!木の上に登って降りれなくなるのは、猫だけで十分だ!!」


違う方向に行きかける由貴に、正宗は溜息を一つ。そして、懐からおもむろにハリセンを取り出したかと思うと、見事な一閃で由貴を床に沈めた。


「少し、黙っておれ」


「……あま、ね?」


声に誘われるように、翠琉は庭先へと駆け出す。正宗と桜もその後を追うように表へ出た。少し遅れて、由貴もその後を追う。


「神羅一族媛巫女 神羅翠琉。大御所様の命によって神羅一族が庇護師(ひごし)、神羅 (あまね)が処罰いたします」


淡々と紡がれる言葉に、翠琉が言い募る。


「弁解する気はない。だが、時間をくれ……せねばならぬ事がある。それを終えれば、犯した罪はこの身をもって償おう」


「しないといけないこととは?」


「今は言えない」


「そうやって」


周はそこで一旦言葉を切ると、宙を舞いながら呪を詠唱する。そして、そのまま翠琉に刃を向けた。翠琉も素早く身構える。その瞬間、光の珠が翠琉めがけて放たれた。


「逃げる気ですか!?」


言いながら、杖を再度構える周。見守るしかない、突然始まった激戦に、ただただ由貴は目を見開くばかり。


—— だったが……


ふと、あることに気が付いて顔をしかめた。


(昨日変な技使ったとき、翠琉数珠持ってたよな?)


それは、小さな小さな違和感だった。


(確かそれって今、机の上じゃなかったけ?)


「まずいんじゃないか?これって……」


呟くなり、由貴は踵を返して走り出したのだった。翠琉は自らの懐に手を入れ数珠を探る。だが、そこにあるはずの数珠がないことに気付き舌打ちをする。そして両手で印を組み呪を詠唱し始めた。


「其は忌むべき芳命にして偽印の使途、神苑の淵へと今、招かん!」


その呪を詠唱し終わったと同時に、凄まじい破裂音と共に、光の珠は霧散した。その瞬間、翠琉は胸を押さえ苦しそうにその場に倒れ込む。その隙をついて、更に畳み掛けるように攻撃を仕掛けた周に、白銀が飛び掛った。


「!?」


寸でのところで攻撃をかわす周。その周に白銀は威嚇の唸り声を上げる。


「だい……じょ、ぶ……私、は……ッ……へ……きだ。白銀、下がれ……」


荒い息の中、やっとの思いで言葉を紡ぐ翠琉は、言うや否や地を思い切り蹴って、周と対峙した。


「姉さま、なぜ防いでばかりいるのですか?何故、破の呪をお使いにならないのです!?」 


周の攻撃をことごとく打ち砕きながら、翠琉が応える。


「使わない。そう、真耶(まや)と約束した」


『……る。翠琉……破の呪だけは、どんなことがあっても使うな、どんなことがあってもだ。決して使ってはならない。お前が傷つくだけなのだから』


そう言った数日後、真耶はこの世を去った。


「何を今更ッ……なぜ、そこまで思うなら殺してしまったのです!?何故、何も話してくれないのですか!?私はそんなに頼りないのですか!」


叫ぶように訴える周に、しかし翠琉は応えない。


「何とか言ったらどうなんです!?」


同時刻。


―— スパンッ! 


勢い良く襖を開く。そして、客間の机上にあるそれを確認して、足早に歩み寄って手に取った。


「これだ。間違いない!」


由貴は数珠をしっかり握り締めると、一息つく間すら惜しむように客間を飛び出した。


―― ザシュッ……


錫杖の切っ先が、翠琉の手の平に深々と突き刺さる。それに構わず、翠琉は錫杖を握り締める。ちょうどその時、場違いな元気な声が響き渡った。


「俺がちょっと目を離した隙に、何てことになってるんだよ!」


幸か不幸か、その声が皆の気を逸らした。


「翠琉!」


由貴が呼べば、翠琉が振り向いた。だけど、やはりその瞳の焦点は定まっていない。だがしかし、由貴には自信があった。なぜかは本人にも判っていない。


だけど、これは届くと。そう確信して、由貴は思いっきり振りかぶって翠琉に向かって数珠を投げ飛ばした。


―― パシッ!


そして、乾いた音を立てて、翠琉が受け取ったのだった。



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