唯一無二の③
「……る……いる……翠琉……」
呼ばれる声に、ふっと目を開ける。
そこには、いつもと変わらない微笑みを浮かべた白銀と水比奈がいて。
「白銀……水比奈ッ……」
名まえを呼びながら白銀に抱きつけば、しっかりと抱き留めて優しく背中を擦る。水比奈が隣から、翠琉の頭を撫でれば、鼻の奥がツンと痛んで目から涙が溢れそうになった。
グッと噛みしめて堪えていたら、水比奈が心配そうに翠琉を覗き込んできた。
「翠琉様、いかがなさいました?ご気分が優れませんか?」
そう言ってくる水比奈に、翠琉は大きく頭を振る。
「怖い、夢を見たんだ……」
―― そう……
(あれは、全部……夢だったのか……?)
「翠琉?どうしたというのです……」
水比奈と同じく、白銀も心配そうに翠琉に問いかける。その問いかけに誘われるように、翠琉は震える声を必死に絞り出した。
「怖い、夢を見たんだ……白銀も、水比奈も……いなくなる……」
そんな翠琉に、水比奈は残酷なまでに優しい微笑みを浮かべる。
「おかしな、翠琉様……」
そんな水比奈に、白銀も同調するように苦笑交じりに続ける。
「本当に……困った人ですね……」
そこまでだった。
白銀と水比奈だったものが、崩れ落ちた。
辺り一面朱に染まる。
「……ッ……」
声を詰まらせて、ハッと自分の右手を見れば、誰のものか判らない血で真っ赤に染まった刀が一振り、握られていて。
「あなタが、ウバったのでしょウ?わタしたチの、イのちを……」
誰の声なのか、判らない……そんな、歪な声が響き渡る。聞きたくなくて耳を塞いでも、それでもなお責めるように響く。
「つギは、ダレのいのチを、ウバうのデしョうね?」
誰かが、後ろに立っていることに気が付いて振り返ると、そこには兄の姿があって。
「あ、に……」
―― 兄様……
それは、音になることはなかった。伸ばされた手は空を掴む。
兄が目の前でそのまま倒れ込んだのだ。
その更に後ろに、佇んでいる人がいる。それは、胸が赤くそまったまま微笑んでいる真耶だった。
「ねえ、翠琉……あと、何人キミは殺すのかな?あと幾つ、命を奪うのかな?」
―― 俺の命を奪ったときのように……
その言葉が終わるか終わらないか……責めるような眼差しでこちらを睨んで来るのは、かつて冷たい檻の向こう側でしか見たことがない。触れたことのない母親で。
「か、か……さま……」
碧い瞳が、冷たく翠琉を睨み据える。
「約束を、守ってくれない子なんて要らないわ……守ってとお願いしたのにッ……緋岐まで害したら、貴女を絶対に許さない……」
思わず視線を彷徨わせた翠琉は、そのまま目を見開いた。
「そ、んなッ……」
そこには、物言わぬ冷たい肉塊と化した緋岐、紗貴、由貴、蕎、周、将、蘭子に正宗、桜の姿があった。
虚ろな瞳が、無言で翠琉に訴えて来る。
―― お前が“死”を運んできたのだと……
「……ッ………」
そこで、ハッと翠琉は目を覚ました。
「ゆ……め……?」
上体を起こして辺りを見回せば、そこには静寂が広がっていて。
鼻をつく薬品の臭いに顔を僅かに顰めた。
「大丈夫ですか?」
声が掛けられてハッと振り返ると、そこには深緑の髪を短く切りそろえた赤い瞳の青年が佇んでいて……
「お前は誰だ」
翠琉の問いに、青年はすっと頭を下げた。
「鴻儒 緋岐様を主様とし、契約を結びました……璃庵と申します」
そこまで聞くと、翠琉はベッドから立ち上がった。そして、自らの腕に繋がれている点滴の針を無造作に引き抜く。
「そうか……式神というのならば、主を守りたいだろう?それなら、お前はここから一歩も動くな。……それが、お前の主を守ることに繋がる……」
翠琉がそう淡々と告げれば、璃庵は微笑を浮かべて目礼で応える。
「畏まりました」
その返事を気にも留めず、翠琉は病室を後にしたのだった。
※※※※※
「それで、そのまま行かせたのか!!?」
事情を淡々と……微笑すら浮かべて説明する璃庵に、緋岐は思わず声を荒げた。
(失敗だったッ……)
洞窟で、泣き叫ぶ翠琉にいの一番に駆け寄ったのが璃庵だった。だからこそ、任せられると判断したのだ。翠琉の傍で、翠琉が目覚めるまで付き添って欲しいと、頼むことが出来たというのに……
周から知らせを受けて、まず緋岐たちが向かったのは翠琉に宛がわれた部屋。
そこに一人佇んでいたのが璃庵だった。
肝心な翠琉の姿が何処にもない。投与していたはずの点滴は外されていて。
その時だった。
トプンと、思考と奥底にと引きずり込まれた。
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(お前ッ何やってんだよ!!)
―― 主様より見ているように言付かったから、見ていただけだが?
(何で追いかけないんだ!!)
―― 何故、その必要が?
(頼まれたんだろ!?)
―― 一方的に押し付けられただけだ
(アルなんだぞ!?)
―― 魂が同じというだけで、別人だろう
(もういい変われ、俺がやる。お前じゃ足りねぇ。翠琉は“俺が”護るんだよ!!)
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「とにかく、捜しに……」
「やみくもに捜したところで、見付からんぞ」
出て行こうとする緋岐の肩を押しとどめたのは蘭子だ。
「とにかく、お兄達に連絡するよ」
スマートフォンを取り出して慌てて病室を出て行ったのは将だ。
「全く……何をしてるんだよ」
「本当に……その通りだ……」
くしゃりと前髪を掻き上げて苛立つように呟く緋岐にぼそりと応えたのは、まさかの璃庵。
「……え?」
「捜してまいります」
そして、問い質す間もなくその場から消え失せたのだった。
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