唯一無二の②
「おいヘタレ。いい加減離れろ……討つぞ」
「蘭子さん、俺の気のせいだよね!?今、討伐するの討つじゃなくて、殴打の打つって事だよね!?」
騒ぐ将と蘭子にベッドの上で上体を起こした紗貴は苦笑を返すだけ。その腰回りに巻き付くようにしてピッタリ引っ付いて離れないのが緋岐、その人だ。
丁度、紗貴の腹部辺りに顔を押し付けたまま、腰に腕を回したまま微動だにしない。
紗貴は、そんな緋岐の頭を撫でながら柊からの診察を受けている状態だ。
「異常はありませんね。緋岐くん、キミの方が異常ですよ……そろそろ起きなさい」
「すみません。先生……多分、すごく頑張ったんだと思います。翠琉ちゃんもいたし……」
そんな会話を聞いて、蘭子は更に顔を顰める。
「なんだそれは。赤ちゃん返りか!このヘタレが!」
「ちょっと俺もそれは思ったけど、落ち着いて蘭子さん!!」
どうこう言いつつ、将と蘭子も息ぴったりである。
「特に異常はありませんが、大事を取って今日は一日安静にしていてください……いいですか?緋岐くん。紗貴さんは安静です……破れば問答無用で追い出します」
柊の言葉は、果たして紗貴に向けたものなのか、それとも緋岐に向けたものなのか……
ピクッと緋岐の肩が揺れるのを、将と蘭子は見逃さなかった。
「さっちゃんが無事で、ホントに良かったよ……改めて、おかえり」
「全く、今回も肝が冷えたぞ?よし兄もご立腹だ。後でしこたま怒られろ」
将に続けて蘭子が言ったその言葉に、今度は紗貴の肩がピクッと揺れた。
坂本 由樹……物腰も、物言いも柔らかい優しい兄貴分だ。が、怒らせては一番いけない人物もまた、坂本由樹なのだ。
「とにかく、覚悟しておけ?」
「まあ、さっちゃんが悪いよね」
トドメと言わんばかりに容赦なく責めてくる将と蘭子から、何か逃げる手立てはないかと考えて、ふと、気になった。
「ねえ、翠琉ちゃんは?」
今度は判りやすく緋岐の身体が動いた。のっそりと、身体を起こす。
「……まだ、目を覚まさない……」
そして、俯いたままそう応えた。
『しろ、がね!!!!しろがね!!嫌だッ……しろがねーーーー!!!』
4人の脳裏を過ぎるのは、砂のように崩れてゆく白銀の身体を繋ぎ止めようと、必死に掻き抱きながら泣き叫ぶ翠琉の姿。
重い沈黙を破ったのは、緋岐だった。
「何も……かける言葉が、見付からないんだ」
慰める、なんて烏滸がましい。
寄り添うなんて、そんな偽善じみた張りぼては意味が無いように感じで。
励ますなんて以ての外だ。
外見だけの、見せかけ……全てが嘘で塗り固められた、自分がとても陳腐な存在に思えてきて……
「俺に、翠琉の兄だっていう資格……ないよな……」
思わず零れ落ちた本音だった。
だからといって、もう二度と離れるつもりはない。見捨てるだなんて絶対にありえない。
それでも、考えずにはいられない。
情けなくて
歯がゆくて
タラレバを考えても仕方がないと判っていても、どうしても考えてしまう。
もっと早く、向き合ってきたら
もっと早く、翠琉を迎えに行っていたら
もっと早く、自分の力を受け入れていたら
そんな暗い空気を一掃したのは紗貴だった。
「良かったね、緋岐くん」
何が良かったのか、さっぱり判らず、緋岐、将、そして蘭子は紗貴を見る。
そこには、言葉とは裏腹に優しい微笑を浮かべた紗貴がいて、三人の視線を集めたまま言葉を続ける。
「だって、兄検定があったら失格だったってことでしょ?そんな検定ないんだもの。合格も、不合格もないのよ」
「紗貴、俺は今……」
―― そんな、とんち話をしたいんじゃくて、本気で悩んでるんだ
そう続くはずだった緋岐の言葉は、唇に当てられた紗貴の人差し指に封じられた。
「合格も不合格もないんなら、“ここから”始めればいいんだよ」
―― 試験じゃないんだから
「緋岐くんが思うように、好きなようにしていいんだよ?」
誰が、その行動に合否を付けるというのか
「“翠琉ちゃんの為”じゃなくて、“今”、“緋岐くん”は“どうしたい”の?」
ストンと、落ちて来た気がした。
「……翠琉の、傍にいたい……これ以上、泣かないでいいように守りたい」
“白銀と約束したから”でもなく
“翠琉の為になると思うから”でもなく
“兄としての責任”からでもない
ただ、“鴻儒緋岐”として、妹に対して思うことはただひとつ。
「一緒にいたいんだ」
そこには、先程までの情けない姿で俯いていた緋岐はいなかった。
緋岐の言葉にいち早く賛同したのは、なんと蘭子だった。
「よく言ったヘタレ」
無理もない。この中で一番正しく翠琉の裡側を理解しているのが蘭子だろう。
『あの子は、自分の“生”に対する執着が全く無い』
『死ぬ気だね。あの子は』
そう緋岐に告げたのも蘭子その人だ。
蘭子に答えるように、更に緋岐が口を開く。
「強く……なる。もっと、ちゃんと大事なもの守れるように……もう、何があっても、どんな事からも逃げない」
グッと握りしめた緋岐の拳に、紗貴はそっと手を添える。
「私も、強くなるわ……やられっぱなしは性に合わないの」
言いながら左手で示すのは、肩口までみじかく切り揃えれれた髪の毛。
実質上、切ったのは由貴だが、切らねばならない状態にまで追い込まれたのは自己責任だ。
だけど、緋岐と紗貴だけではなかった。
「俺も、もっと強くなりたい……強くなるよ」
「私もだ。悔しい思いをするのは、もう懲り懲りだからな」
将に続いて蘭子も頷く。そうして、4人で笑い合って、決意も新たにした所に来たのは、顔面蒼白の周だった。
嫌な予感しかしない。
「すみません、紗貴さんの所に緋岐兄様がいらっしゃると聞いたので……緋岐兄様、翠琉姉様がッ……どこにもいないんです!!」
その言葉を聞くなり、緋岐は病室を飛び出したのだった。
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